第38話 背水の「陣」なんて無かった?
「コウちゃん、うちね――」
深夜の公園、当たり前の静寂、だけど今はいつも以上に静かに思えた。まるで私とミズキさんのいるところだけが世界から切り取られたような――、周囲のモノからも音からも遮断された感じ。
私の注意はミズキさんの口元に向かっていた。唇が動くのが怖い。次に発せられる言葉が怖い。耳に入れるその言葉を理解するのが怖い!
「聞いて、コウちゃん? うち――、福岡へ帰る予定なんよ」
その声は私の心に関係なく耳に飛び込み、私の脳はそれをきちんと理解した。「どうして?」と尋ねる前にミズキさんは、その続きを話し始めた。
「大学いけんかったのやっぱり心残りでの、お金貯めとったんよ。お仕事の合間縫うて勉強もしてたん」
ミズキさんは高卒で就いた仕事を辞めて今はアルバイトで生計を立てているそうだ。その理由は、受験勉強をして大学へ通うため。どうやらその決戦の日は目前にまで迫っているらしい。
「言うたやろ? コウちゃんはもううちの『友達』やけん、きちんと伝えておきたかったとよ」
さらにミズキさんは続けた。休学して家に引き籠っている私、そんな私の心の支えに自分がなっているなら――、いなくなる前に話しておきたかった、と……。
ああ、なんてことだ。せっかく――、せっかく陰鬱でくすんだ日々に日が射し込んだと思っていたのに、私が期待した途端にそれは取り上げられてしまうんだ。
やっぱりだ。高く高く登って行くと落とされる。落ちた衝撃は高ければ高いほど強くて痛い。だから、もう上には登りたくない。期待なんかしたくないんだ。期待すればするほど、失った衝撃が痛過ぎる。それに私は耐えられない。
ミズキさんが私になにか問い掛けている。けど、私の耳にはそれが「声」じゃなくって「音」としか認識できていない。頭がその言葉の理解を拒んでいるんだ。
もう嫌だ。今の生活で見つけたわずかな光明、それを失ったら私はどうしればいいのか。また、真っ暗な部屋で日付も曜日も時刻すらも無意味な時を過ごしていくのか?
そうか――、ミズキさんが受験に落ちれば、ここに残ってくれるのでは?
いよいよ、ゴミ屑と化したか私。憧れて、「友達」と言ってくれた人の不幸を願うようになるなんて、もはや「人」として終わっている。
ああ、そうか……。もうずっと前から実は終わっていたのかもしれない。崖っぷちにいるつもりが、とうの昔に落ちていたのかも。今は長い長い落下中に見ている走馬灯なのか?
私の意識はミズキさんの話じゃなく、明後日の方向を向いていた。そんな私をここへ引き戻したのは――、とても心地よい温もりだった。
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