第39話 体感の加速は世界の停止
私はミズキさんの腕の中に包まれていた。とても心地よい、溶けていきそうな温もり。そして、落ち着く。いい香りもする。
「簡単に会えんくなってもコウちゃんとは友達――、でも、今のコウちゃんはちょっと心配」
意識が引き戻されたことで、ミズキさんの声が「言葉」として耳に響いてくる。
ホントなら今この瞬間は、私の16年ちょっとの人生で最高の時かもしれない。けど、今はその前に聞いた話のダメージが大き過ぎてそう思えない自分がいる。
ミズキさんがここからいなくなってしまうならいっそ、ずっとこのままでいたかった……。
「ねえ、コウちゃん。うちはコウちゃんじゃないけん、辛さも苦しさも寂しさもわかってあげられん。でもね、自分のことだけは嫌いにならんとって?」
ミズキさんの言葉はいつもよりずっとゆっくりで、諭すようで、じわじわと耳から身体に染み入ってくるようだった。
「いろいろ不得手や苦手があるかもしれん、どうして自分だけ? ――って思うかこともあるやもしれん。でもね、コウちゃんは『うちが好きになったコウちゃん』やけ。それは否定せんでな?」
私は「私」が嫌いだ。小さい頃から好きじゃない。みんなができることを自分だけできなくって――、周りと合わせられなくって――、ついには向き合うことからも逃げた自分が大嫌いだ。
でも、でもでも――、ミズキさんのことは好きだ。大好きだ。
だったら? ミズキさんが「好きな私」のことは?
「――ミズキさんは変です……。私にいいところなんて全然ない。ひとつもない」
「お店で聞いたじゃろ? コウちゃんはうちの『推し』なんやけ、贔屓目に見るのは当然じゃ」
贔屓目――、そうか、そうだった。「贔屓」なんだ。私を正当に評価しているわけじゃなくて贔屓。自分でもそう納得していたじゃないか。ミズキさんは私を贔屓してるんだ。それが逆に清々しくって……。
「でもね、『推し』への評価は甘々でも、もっと輝いてほしいって気持ちもあんねよ。自分を否定せずに、ちゃんと向き合ったら大丈夫じゃてうちは思とる。だって――、うちを助けてくれたんは、誰にもできることじゃなかけんな?」
みんなができることをいつまでもできなかった私。でも、ミズキさんのためなら、ほんの少しだけ勇気を振り絞れる、なにかをできる私になれる……?
時が止まってほしかった。けど、止まらなかった。ミズキさんと話していた時間はとても長く感じられた。でも、実際の時間はそれほど長くなかった。
私はこの日、ミズキさんとの別れ際にひとつ約束を交わした。そして胸にある決心を刻むのだった。
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