エピローグ 5話〜6話

5話


「どうでしょうか?」


 少し緊張した面持ちで夜奈が尋ねてくる。


「夜奈」


「は、はい」


「すごいじゃん! 全部7割は取ってるし。歴史に至っては88点なんて。俺より高いし」


「本当ですか? よかったです!」


「けど、なんで数Aだけ出てないの?」


 机には綺麗にテストが並べられているが、数学のAだけが出ていない。


「う、えっと……申し上げにくいのですが、実は……」


 夜奈が観念したかのようにカバンからテストの答案を裏向きで取り出す。


「見ていい?」


 夜奈は下を向きながら小さく頷く。


 テストの表面には赤字で45点と書かれていた。


「すみません。夕さん。精一杯頑張ったのですが、その……難しくって、あの……」


 夜奈はまた泣き出しそうになっている。


「夜奈」


「……はい」


「よく頑張ったよ。えらいえらい」


 俺は優しく夜奈の頭を撫でる。


「ふぇ? いいんですか? 怒ったりしないんですか?」


「そんなことしないよ。夜奈は周りより勉強量も少ないんだし、前知識も少なかったんだから。普通、そんな人なら全教科赤点になると思うよ」


 確かに、45という点数は決して高くはない。


 だが、あんな状態だった夜奈がこの点数となるとかなりの高得点と言っても問題ない、と俺は思う。


「夜奈はずっと頑張ってたし。1つくらいこういう教科はあっても問題ないよ。まだ中間だし」


「うぅ、よかったです」


「けど、さっき聞いた時は低いのはないって言ってなかったけ?」


「う、……あれは、まだ心の準備ができてなくって……すみません」


「ああいや、責めたわけじゃないから。夜奈はよくやった」


 そう言ってもう一度頭を撫でる。


「えへへ、実はこれが家まで待ってもらった理由なんです」


「え、これが?」


「秋川さんや春谷さんの前では難しいと思いましたので」


「ああ、確かに」


「ということで、今日はもう少しこのままでお願いしていいですか?」


「うん。まあ、これくらいならいくらでも」


「ありがとうごじゃ、ありがとうございます」


「……今噛んだ?」


「……もっと撫でてください」


 夜奈の顔が赤くなる。


(可愛いかよ)


 なんとその日はその後、30分も撫で続けることになった。


「ああ、流石に疲れた」


 30分撫で続けるのは腕と精神が疲れる。


「すぅー、すぅー」


 夜奈は撫で終わると同時に眠ってしまった。


 部屋から毛布を取ってきて寝ている夜奈にかけてやる。


 ここ最近を振り返るとかなり慌ただしい日々だった。


 正直もうクタクタだ。


 しかし、まだ弱音を吐く訳には行かない。


 ここから一番近い行事は文化祭。


 夏休み明けなのでまだ猶予はあるが、夜奈と一緒ならすぐな気がする。


 現に出会ってから今日までも一瞬だった。


 その後は、体育祭、球技大会と続いて、もちろん行事の合間には定期テストがある。


 なんなら夏休み前にも期末テストが控えている。


 夜奈の学習の基礎を固めて、並行してテスト対策もしなければならない。


 なかなかゆっくりはできなさそうだ。


 親のことも夜奈には話しておいた方がいいのだろうか。


 まあ、付き合うためには話さなくてはならないのだから、早い方がいいとは思う。


 そんなことは置いといて、夏休みには一度実家に帰った方がいいかもしれない。


 話す前に家族、特に母親には謝っておきたいことがたくさんある。


 その時は夜奈も連れて行くことになるし、上手い説明を考えておかないとおけない。


 付き合えるのは一体いつになるのだろうか。


 夜奈について知りたいのはやっぱり昔のことだが、夜奈自身はあまりこの話をしたがらないので気長に待つしかない。


 あまり暗い話でないといいのだが。


(ダメだ、考えてたら眠くなってきた)


 これからも忙しい日々が続きそうだが、楽しい日々にはなりそうだ。


(楽しみ、、だな)


 ここで俺は眠りに落ちた。


6話

 そして目覚めたのは夜の7時。


 時計を見て流石にビビった。


 夜奈はまだ寝ていたので、書き置きだけして晩御飯の買い出しに行く。


 流石のコンビニにも大したものは残っていなかった。


 晩御飯を買うなら夜奈を起こしてくるんだった。


 遠足中にも思ったが、やはり、夜奈にもスマホを持たせておいた方がいい。


 こういう時もチャットで聞けるし、前みたいにお互いが迷子になることもない。


(直近の目標は夜奈のスマホをどうにかすることにするか)


 そんなことを考えているとコンビニの自動ドアが開き、なんと息を切らした夜奈が入ってきた。


「夜奈⁉︎ どうしたの? 書き置きは残してきたはずだけど」


「はい、はぁ。読みましたよ、はぁ。だから、けほっけほっ」


「夜奈、落ち着いてからでいいから」


 そして待つこと1、2分。


「ふぅ。もう大丈夫です」


「で、どしたの?」


「晩御飯を選びたいと思ったのと……あとは、少し寂しかったので」


「あはは、秋川の言うとおり、夜奈は甘えん坊かもね」


「甘えん坊、ですか?」


「ま、そのうちわかるよ」


「むぅ」


「で、何にする?」


「あ、そうですね。では、これでお願いします」


「お、今日は早いね」


「私も成長していますから」


 夜奈の後ろに『えっへん』という4文字が見える。


 それくらい、堂々としていて、可愛いドヤ顔を拝み、会計を済まして部屋に戻る。


 食後はやっぱりプリン。


 夜奈はよっぽどプリンが気に入ったようで、視界に入るたびに『いいですか?』と顔を少し赤らめ頼んでくる。


 そんなふうに言われたら、断れるわけがないのでつい買ってしまう。


 家計簿を作るなら食費と分けてプリンという項目を作った方が良さそうだ。


「はい。夜奈の分」


「ありがとうございます。いただきます」


「本当好きだね。プリン」


「美味しいですから」


 テンションはかなり高いようだ。


 発言の後ろに音符マークが見える。


 いつも通り俺がひと口、ふた口食べたところで夜奈は食べ切ってしまう。


 そして、夜奈は寂しそうな眼差しで空になった器を眺める。


「夜奈、俺の分、ひと口いる?」


「! はい! あ、でも無理はなさらず」


「大丈夫だから」


 この時夜奈は、こちらがプリンの器を差し出しても、口を開けて待っている。


 初回で教えなかったのは間違いだったかもしれない。


「はぁ、はい。あーん」


「はーむっ。おいひいです〜」


(かわい、いや)


「夜奈」


「ひゃぃ! 、……はい」


「可愛いよ」


「! あわ、あの、、その、、、」


「あはは、慌てすぎ、夜奈」


「ゆ、夕さんが急に『可愛い』なんて言うからですよ」


「いやぁ、ごめん。……もし将来的に付き合うなら、しっかり伝えた方が、いいかなって」


「! そ、そうですか」


 俺の顔も熱いが、夜奈はそれ以上のようで、顔から湯気が上がっている。


「それなら、夕さんも、か、かっこ、かっこいい……ですよ」


「! あ、あはは。あ、ありが、ありがとう」


「ふふっ、あはは。夕さんも慌ててるじゃないですか」


「うぅ、面と向かって言われるとこんなに恥ずかしいなんて」


 両者痛み分けと言った感じだ。


 とにかく顔が熱い。


 そして、2人とも風呂に入り、


「そろそろ寝よっか」


「そうですね。明日も学校ですから」


「じゃあ、おやすみ。夜奈」


「はい、おやすみなさい。夕さん……」


 部屋に入ろうとすると、


「夜凪さん!」


「うわっと、何? 夕咲?」


 夜奈が俺の服の袖を掴む。


「……これからも、よろしくお願いしますね」


 少し顔は赤いが、とてもいい笑顔。


とても可愛い笑顔。


「はは、俺も言おうと思ってた。勇気は夕咲の方があるみたい」


「えへへ。あと、なんで夕咲呼びなんですか?」


「それは夜奈が『夜凪さん』って呼ぶから」


「あれ、本当ですか? すみません」


「謝らないでよ。てか、まだ無意識だとあっちの呼び方が出るのか」


「すぐに慣れてみせます」


「そっか、じゃあ」


「「おやすみ……あ」」


「あはは、被っちゃいましたね」


「あはは、そうだね」


「じゃあ、今度こそ、おやすみ。夜奈」


「はい。おやすみなさい。……夕」


「え、今、なんて……」


「おやすみなさい!」


 夜奈はバタンと勢いよく扉をしめる。


(もお、マジで、可愛いかよーー!)


 俺はその日はなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。

 

 第一巻 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る