エピローグ 1話〜3話

1話


 遠足が終わった次の日の朝。


 その日は珍しく、俺と夕咲は家でまったりすることはなく、河川敷を歩いていた。


「夕咲、そろそろ走らない?」


「う、すみません。筋肉痛が痛くて」


「はは、夕咲、日本語おかしいよ」


 そう、今日は夕咲が家に来てから初めて、ランニングをしに来ている。


 のだが、


「うぅ、痛いです……」


 夕咲は昨日の遠足で走り回ったせいか、重度の筋肉痛に襲われている。


「夜凪さんは走ってもらって大丈夫ですよ。私はあそこのベンチで座っていますから」


「一応、2人の運動不足対策としてのランニングなんだけど」


「ですが……、う、やっぱり痛いです」


「はぁ、まあ、しょうがないか。じゃあ、俺は走ってくるから、ちょっと待ってて」


 ペンギンのようなよちよち歩きでベンチに向かう夕咲を見届けてから、俺は走り出す。


2話


 遠足から1日経って、私の足はどうかしてしまったようだ。


 夜凪さんからこの痛みは筋肉痛だ、と説明を受けたが、ここまで痛いのは初めてだ。


 こんなに痛くなるのなら、路地裏に住んでいた頃に軽い運動をしておくんだった。


 夜凪さんが走り始めてまだ3分くらいしか経っていないが、とても孤独を感じる。


(遠足、楽しかったです)


 昨日のイルカショーを見る前に夜凪さんに好きだと伝えた。


 断れたらどうしよう、とても不安だったが、結果的には言ってよかった。


 まさか、夜凪さんも私のことを好いていてくれていたなんて。


 今、思い出しても、あれは夢だったのではないかと思う。


 あれを機に私と夜凪さんは『付き合うことを前提とした友達』になった。


 普通の友達とどう違うのかは、まだよくわからない。


 ただの友達よりは仲が良くて、付き合った状態ほどではないと考えれば良いだろうか。


 あの後は、楽しくイルカショーをみて、秋川さんたちとも楽しくおしゃべりしながら帰った。


 夜凪さんが可愛いと言ってくれた服も買うことができたし。


「えへへ」


 思わずニヤけてしまう。


 秋川さんはもう1セット選んでくれているので、帰ったら着てみても良いかもしれない。


 また夜凪さんは可愛いと言ってくれるだろうか。


「ふふ」


 言われたわけでもないのに笑ってしまう。


 でも、楽しんでばかりもいられない。


 学校がまた始まればテストも返ってくるし、それに、私と夜凪さんが付き合うためにはお互いのことをもっと知る必要がある。


 つまり、いつか私の昔のことを話さなければいけないということだ。


 やっぱり怖い。


 夜凪さんならしっかり聞いてくれるだろうし、だからなんだ、と言ってくれるかもしれない。


 私が心配なのは、私自身がその話をしっかり話せるか、ということだ。


「はぁ」


 無意識に口から出たため息。


 だが、そのため息をもたらした暗い思考はすぐに消え去ることになった。


3話

 

「夕咲? 大丈夫?」


 コースを走り終え、夕咲のところへ戻ると、夕咲はベンチに座り、悲しそうな表情を浮かべている。


「や、夜凪さん! いえ、なんでもありません」


「本当に? こういう時の夕咲は大抵、なんか悩んでる時だと思うけど」


「……正解です。ですが、このことだけはまだ話せません。心の準備がまだなので」


「そっか。なら、無理には訊かないよ。そろそろ帰ろっか」


「はい、ありがとうございます」


「いいよ、別に。その代わり、俺も一つ心の準備が必要な話があるから。まあ、俺が言うまで待ってて」


「はい。もちろんです」


「ありがとう。じゃ、今度こそ帰ろっか」


「はい。うぅ」


 立ちあがろうとした夕咲だったが、またベンチに座ってしまう。


「夕咲?」


「や、夜凪さん」


「どうかした?」


「足が、、足が」


「足……、ああ、筋肉痛か」


「なんだかさっきよりも痛いような気がします」


「あー、そう言う時あるかも。……仕方ないか」


 そう言って俺は、夕咲に背を向けて、膝をつく。


「おぶっていくよ。歩くの辛いだろうし」


「い、いえ。そこまでしていただく必要は」


「いいから、いいから。困った時はお互い様だから。それに……将来的に付き合うなら、これくらいはさせてよ」


「! で、では、お言葉に甘えて」


(カップルが本当にこんなことをするのかは知らないけど)


 少し恥ずかしい発言だったが、今更気にしてもしょうがない。


 夕咲の頑固に勝つにはこれくらい言わないといけないのだ。


 夕咲がしっかり乗ったのを確認してから、ゆっくり立ち上がる。


「夕咲が来たばっかりの時、一回おぶったこと覚えてる?」


「はい。覚えています」


「あの時、俺さ、他の人みられたくないって、そんなんばっか考えてたんだ」


「……そう、だったんですね」


「けど! けど、今はそんなこと全然思わないや。なんなら、嬉しいまであるかも」


「! ふふ、それは、私も嬉しいです」


「えっと、ごめんね。急に」


「いえ、お気になさらず。では私も1つ、急ですが」


「何?」


「本当に会ってすぐの時のことなのですが……」


「うん」


「私が退院した日。実は1つお願いがあったんです」


「そうだったんだ。ならその時に……」


「いえ、あの時では早過ぎたと思うので」


「早過ぎた?」


ゆうさん」


「!」


「こう呼んでもいいか、聞こうと思っていました」


「あはは、下の名前か。確かにあのタイミングなら早かったかも。うん、もちろんいいよ、


「! や、夜凪さん! そ、それは、えっと」


「あはは、慌て過ぎ。ダメだった?」


「ダメ、ではないですが……2人でいる時だけにしてください」


「いいけど、ちなみになんで?」


「なんといいいますか、顔が熱くなってしまうので」


「確かに。じゃあ下の名前呼びは2人きりの時限定で」


「はい」


 これは一応、関係の進展なのだろうか。


 ハルとかの前でこの呼び方をするのは付き合ってからということにしよう。


 その後は、家に帰り、ただただまったり。


 夕咲に簡単なマッサージを教えたくらいだ。


 マッサージといっても素人がネットを見て知ったものなので、効果があるかはわからない。


 あと、俺が翌日、筋肉痛に悩まされることになったのはここだけの話。

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