本心 6〜8話

6話


 俺たちは授業終了後、速やかに帰り支度を済ませ帰路に着く。


 最近では、流石にあの路地は通れないので、商店街の中を通っている。


 商店街にはバイトに行く時くらい、つまり、ほとんど夜にしか入ったことがないので、昼間に入るのは新鮮だ。


 今までは人が多そう、という勝手な思い込みで入るのを避けていたが、実際はそこまででもない。


 これからは安心して中を通れそうだ。


「ねー、夜凪ー。ここで話しちゃダメなのー?」


「ダメ。家に着いたら飲み物くらい出すから我慢してよ」


 先ほど、人は多くないと言ったが、ちらほらうちの高校の生徒らしき人達が見える。


 ここで話し始めて聞かれてしまうと、ここまでバレないように動いてきたのが無駄になってしまう。


「てか部活は? 終わってからじゃなかったっけ?」


「サボった。早く聞きたかったし」


「えぇ、ハルも?」


「ああ、由奈が休むんならな」


「バカップルめ。まあいいや。あ、あれだよ、俺の家」


「おー。夜凪の家ってマンションだったのか」


「あそっか。初めてか」


 ハルの家も秋川の家も俺の家とは別方向なので見るのは初めてになる。


 もちろん俺も二人の家は見たことがない。


 ハルの家は普通の一軒家らしいが、秋川の家はハル曰く、かなりの豪邸らしいので一度見て見たいとは思う。


 マンション内に入り、部屋の鍵を開け中に入る。


「いらっしゃい。飲み物なにがいい? て言ってもお茶か水かコーヒーくらいだけど」


「私はコーヒーで」


「じゃあ俺も」


「わかった。夕咲は?」


「お茶で大丈夫です」


「了解」


 三人をリビングに案内し、俺は注文通りの飲み物を入れる。


「夜凪、トイレ借りていいか?」


「どうぞ、玄関から一番近いドアのとこ」


「わかった。サンキュー」


 三人分の飲み物を入れ、自分は何にしようかと悩んだが、面倒くさくなって結局お茶にした。


 俺が飲み物を運び終わったくらいにハルがトイレから戻ってきた。


「なあ夜凪、お前の部屋ってどれだ?」


「こっから一番近いドアの部屋。なんで?」


「いや、少しチェックをだな」


「なんのチェック? いいからさっさと座って」


「へいへい」


 これで全員集まった。


 いよいよ本当のことを話す時が来たのだ。


 このことを話して、今後に影響が出ないといいのだが。


 正直、自分でもかなりキモいことをしているのは自覚している。


 信用はしているが、引かれないか心配だ。


「ええと、じゃあ早速本題に入るけど……」


「「うん/おう」」


「まずはごめん。前言ったこと、全部が本当じゃないんだ」


「それはわかってるよ。で? 本当はどんな関係なんだよ? やっぱ付き合ってんのか?」


 どうしてそうなる。


 せっかく忘れかけていたところなのに、蒸し返すのはやめてほしい。


「はぁ、友達ってのは本当。けど、同じマンションに住んでるってだけじゃない」


「どうゆうこと?」


「そうだな……、順を追って話すよ」


 そして俺は先々週の金曜日から今にかけて起こったことを全て(恥ずかしいところは除いて)話した。


 夕咲との出会いや、今は一緒に生活をしていること。


 また、その経緯などなど。


 そして、それを聞いた二人の反応は、


「「……」」


 沈黙だった。


 まあ、それが正常な反応だろう。


 出会い方については、正直信じる方が珍しいし、家に連れ込んだのは、ほとんど犯罪のようなものだし。


「やっぱり引いた?」


「いや……、驚いたよ。俺は」


「私も」


「驚いたか、まあ、そうだよな……」


 ストレートに『キモい』やら『変態』やら色々言われると思っていたが、二人の優しさが心にしみる。


「あぁ、いや、悪い意味じゃない」


「え?」


「そうそう。普段他人のこと考えてない夜凪が夕咲ちゃんのこと助けたんだから、ちょっとは驚くって」


「俺は縁切られる覚悟だったんだけど」


「なんでだよ。確かに家に連れ込んだとこは若干いや、結構引いたけど」


「はは……、やっぱりそうだよね」


「ですが、それは私のことを考えてくれた結果で……」


「わかってるよ、夕咲ちゃん。縁切るなんてことはないから、安心して」


「ありがとう、ハル、秋川。隠してたのは本当にごめん」


「いいって。別に悪いことしてるんじゃないし、多分。夕咲さんも納得の上だろ?」


「はい。もちろんです」


「ならいいだろ。な、由奈」


「うん! あ、もしかしてコーディネートのやつって……」


「ああ、うん。夕咲は自分の服持ってないから。俺のをずっと着せるのは流石に可哀想だし」


「あー、確かにねー。女の子が夜凪のファッションセンスじゃ可哀想だね」


「ぐぅ……、なにも言い返せない」


 そこからバイトに行く時間まではすぐだった。


 隠し事も無くなってスッキリした影響か、会話が弾み、体感、10分も経っていないような気がする。


「あ、そろそろバイトだから今日はここまでで」


「そなの? なら帰ろ、潤」


「そうだな。じゃあな、夜凪」


「うん。じゃあ」


「今日はありがとうございました。これからもよろしくお願いします」


 そう言って夕咲は深い礼をする。


 俺に礼儀正しく接っする理由はわからなくはないとしても、ハルや秋川にそこまでする理由はないと思うのだが。


 こう思うのは嫉妬になるのだろうか。


「もちろん。夜凪になんかされたらすぐ言ってね。代わりに叩いてあげるから」


「あはは……念のため、覚えておきます」


「夕咲、覚えなくていい」


「夜凪、付き合ったらすぐ言えよ」


「はぁ、もうさっさと帰ってよ」


 最後まで余計なことを言いながら2人は帰っていった。


7話


「よし、じゃあ俺たちも行こっか……、夕咲?」


 2人を見送り、振り返ると顔を両手で覆った夕咲が立っていた。


「どうかした?」


「いえ、なんでもありません。行きましょう」


「顔を覆ってる手をどけてからいってほしいけど……、まあいいや。行こっか」


 バイトに必要なものを持ち、部屋を出る。


 顔が赤かった理由はわからないが、聞こえてなかっただけで前みたいにお腹が鳴ったのかも知れない。


 こう考えるのは失礼か。


 今日は人がいる間に通ったことで、夜の人通りの少なさと静けさがより際立つ。


「よかった、なにもなくて」


「そうですね」


 夕咲も色々とスッキリしたようで、表情は明るい。


 そういう俺も今は結構気分がいい。


 たった二言で終わってしまった会話も気にならないくらいに。


 今日のバイトも夕咲と俺と店長の3人だけ。


 客はいつも通り少ない。


 なので、仕事の合間に、メニューに書かれている料理の作り方を夕咲に教えることにした。


 一昨日のバイトの時にも感じたが夕咲は料理が上手い。


「夕咲って料理経験あるよね?」


「はい、家にいた頃は自分で作っていましたので初めてではありません」


 家にいた頃というと、夕咲はまだ小学生だろうか。


 両親共働きならなくはないのだろうが。


(どんな子供時代を過ごしてきたんだか)


 疑問は深まるばかりだ。


 そして、夕咲はその日のうちになんと、メニューの1ページ分くらいは作れるようになってしまった。


物覚えも早いし、一つ一つの工程が丁寧なので店長も大喜びだ。


「2人ともお疲れ様。今日はもう帰ってくれていいよ。店は僕が閉めとくから」


「「ありがとうございます」」


 2人で店長にお礼を言って店を出る。


ここから夕食を食べて、勉強して、風呂に入って、そして寝る。


スケジュール的にはかなりハードだ。


 まあ、夕咲がうちに来るまではこのスケジュールをこなしていたのだから大丈夫だろう。


 前と同じコンビニで弁当を買い、家に戻る。


「今日は晩ご飯食べたらすぐ勉強だけど、やっときたい教科とかある?」


「そうですね……記憶力には自信がありますので社会や英語は大丈夫だと思います。なので数学と化学がしたいです」


「そっか。なら俺と一緒だ」


 同じ教科をしたいのならこちらとしてもありがたい。


 俺も勉強しながら教えることができるし、頭がこんがらがることもなさそうだ。


 社会は言わずもがな、うちの高校は英語もほとんど問題集の答えを暗記するだけで解けるので心配はない。


 だが、問題は数学だ。


 それなりにレベルの高い高校なだけあってもちろん数学のレベルも高い。


 この1週間で一番力を入れなければいけないのは、おそらく数学だ。


 化学にも多少の計算はあるが数が少ないし解き方の種類も少ないのでそこまで深刻ではない。


 家に帰り夕食を取るとすぐに部屋から学校に指定された問題集を持ってくる。


 昨日と同じ役割分担で皿洗いと風呂掃除を終わらせ夕咲の隣に座る。


「じゃ、はじめよっか。俺は問題ずっと解いとくから、わからないとこがあったら言って」


「わかりました。ですが、その、すみません。1問目から教えてほしいのですが」


「あ、そっか。それはね……」


 それから1時間半ほど勉強し夕咲は化学と数学の問題集の合わせて見開き3ページ分も終わらせた。


 教えることで俺もかなり理解を深められたのでよかった。


「夕咲、今日はこれくらいにしとこうか。明日も学校だから」


「はい、わかりました。……ん〜〜〜!」


 大きく伸びをする夕咲。を見ないようにすぐに目を逸らし、怪しまれないように伸びが終わったタイミングで向き直る。


「今日はどうする? 夕咲が先に入る?」


「……今日はそうします。このままでは寝てしまいそうなので」


「うん、わかった。着替えは夕咲が来て2日目のと同じの置いとくから」


「はい。ありがとうございます」


 夕咲が風呂に入ったのを確認して着替えを置き、勉強で使った教材を片付ける。


 今日教えた感じでは、テストに関してはあまり問題はないのかも知れない。


 化学は多少詰まるところがあったが、数学は一度教えただけですらすらと問題を解いていた。


 この高校に入っただけはある、ということだ。


 暗記系の教科は学校で提出物をやる過程で覚えればいけるはずだ。


 夕咲も勉強に対する意欲は高いし、問題を解いている時の表情はどことなく楽しそうだった。


 普通の人なら嫌なことでも夕咲にとっては違う。


 夕咲には勉強は当たり前のことではなく特別なことというのがわかっている。


 だからなのか、学習に対する真剣さは人一倍はあるようだ。


 俺も1回目のテストでは点を取っておきたい。


 これからのテストを楽にするためにも。


 それに、俺の面子めんつを守るためにも、まだ、夕咲には負けたくない。


「上がりました。夜凪さん、どうぞ」


「あ、うん。ありがと」


「あと……お風呂を上がってからでいいのですが1つ質問があります」


「質問? まあ、うん。わかった」


 考え込んでいる間に割と時間が経っていたようだ。


 それにしても質問とはなんだろう。


 先ほどの勉強の時間に何かわからないことでもあったのだろうか。


もしくはバイトのことか。


まあ、考えてもわからないので、さっさとお風呂から出て聞けばいいか。


 質問が気になるので、いつもよりほんの少し早めに風呂から上がり、ソファーに座っている夕咲の隣に座る。


「お待たせ。で、質問って?」


「ああ、たいしたことではないのですが、その……」


「? どうかした?」


「いえ、その……、夜凪さんは『好き』とは何か知っていますか?」


「へ?」


8話


 今のは聞き間違いではないか。


『好きとは何か』……どういうことだろうか。


 なぜ今そんなことを聞いてくるのかもわからない。


「えっと、まずは……なんで?」


「すみません急に。最初に学校に行った時の昼休みに秋川さんと話しまして……」


****


「そっか。あいつ、もうしょうもないこと吹き込んでたのか」


 夕咲から話を聞いて、質問の理由は分かった。


 だが、この問いに対して、俺はなんと答えれば正解なのだろうか。


「夜凪さんならわかると思ったのですが……」


「えーと、わからなくはないけど……」


 顔がどんどん熱くなるのを感じる。


 好きという意味はなんとなくはわかるが、いざ口に出すとなると恥ずかしい。


「好きっていうのは……、なんていうんだろう? その人を見てたらドキドキするとか、気づいたらその人のことを考えているとか」


「そうなのですね。……ありがとうございます。なら……ですね」


「え、今なんか言った?」


「いえ、なんでもありません。私はもう寝ますね」


「そう? まあ、いいか。おやすみ、夕咲」


「はい。おやすみなさい、夜凪さん」


 俺は夕咲が何か言っていたような気がするのだが、眠すぎて言及できるような状態じゃないので諦める。


 リビングの電気を消し自分の部屋のベットに横になる。


(『好き』か……まさかね)


 変な想像をしてはいけない。


 先ほど夕咲に言ったことは今の自分と重なるような気がしないでもない。


 ドキドキするということは時々しかないが、最近ではほとんどの思考に夕咲が関わっている。


 夕咲が家に来たばかりというのもあると思うが、やはり考えすぎかも知れない。


 きっとハルが余計なことを言うせいで変な気が起こっているだけだ。


(今日はもう寝よう)


 俺はいまだに人と関わることが苦手で、ハルや秋川、夕咲くらいしかまともに話せる人はいない。


 それに、夕咲と出会ってまだ10日ほどしか経っていない。


(俺は、夕咲のことが……、いや、やめやめ)


 その日は眠気に身を任せ、何も考えないようにしてに眠りについた。

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