夕咲との生活3〜4話

3話


 今日ほどランニングをしていて良かったと思った日はなかった。


 おそらく、今後もこれ以上はないだろう。


 部屋の前まで来て、ドアの鍵を開けるために一旦夕咲を下ろす。


 見た感じ、立っているのもやっとという様子だ。


 ふらついてるし、呼吸も弱々しい。


 目もうつろだ。


 急いで部屋の鍵を開け、夕咲に肩を貸す。


 そのまま夕咲の部屋に入り、ベットに横にならせる。


「体温計取ってくるからそのまま横になってて」


 夕咲の口がかすかに動いている。


 返事をしてくれているようだが、なんと言っているかはわからない。


 俺は引き出しの下の方に埋まっていた体温計を見つけ出し、夕咲に渡す。


 だが、なかなか測り始めない。


 そこで俺は自分のミスに気がつく。


「あ、俺は外に出るからから、測り終わったら言って」


 そう、夕咲だって女の子なのである。


 目の前に会ってほぼ三日の名前くらいしか知らない男子高校生がいる状態で体温を測るわけがない。


 俺は部屋を飛び出しドアを閉める。


 それから少ししてピピピっという体温計の音が部屋から聞こえてくる。


「測れた?」


 だが、返事は返ってこない。


 というより、聞こえていないという方が正しいだろう。


 少し待ってからドアを開ける。


 夕咲の様子を見るに、無事体温は測れたようだ。


「何度だった?」


 そう聞くと夕咲は測り終えた体温計をこちらに向ける。


 そこには39.3度と表示されていた。


 予想はしていたが、かなりの高熱だ。


「結構だな。……、夕咲は安静にしてて。お粥作ってくる」


 流石にしんどいのか、今回は謝罪や反論をするわけでもなく、小さく頷くだけだった。


 部屋を出てキッチンに向かう。


 お粥は簡単なので流石に失敗はしないと思うが、久々なので慎重に作る。


 しかも、今回は自分が食べるわけではないので尚更だ。


 湯煎タイプのものはなかったので、一から作ることになってしまった。


 そのせいで、かなり時間がかかってしまったが、なんとか完成した。


 出来上がったお粥を持って夕咲の部屋に向かう。


 夕咲に声をかけてから部屋に入ると、夕咲はスースーと寝息を立てていた。


 寝ているのなら無理に起こす必要もない。


 なので、ベットの横のタンスにラップをかけたお粥を置き、書き置きを添えておく。


 残念ながら、我が家には冷却シートすらもなかったので、浴室から桶とタオルを持ってくる。


 かなり古典的な方法だが、これしかできないのだから仕方ない。


 タオルを冷たい水に浸し、しっかりと絞ってから夕咲のおでこに乗せる。


 起きないかと心配したがどうやら熟睡しているようだ。


 それからタオルが乾いたら湿らせて絞り、またおでこに乗せる、この繰り返し。


 三十回ほど繰り返し、手の平の感覚がなくなってきたところで俺の意識は途絶えた。


4話


 俺が眠りから覚めたのは翌朝の五時だった。


 まだはっきりとしない意識で周囲を確認する。


 すると、いつの間にか毛布がかけられていることに気がついた。


 確か、この毛布は夕咲にかけていたはずなのだが。


 俺が寝ているうちに起きてかけてくれたらしい。


 その証拠に昨日作ったお粥は綺麗になくなっており、俺が書いておいた書き置きの裏に綺麗な字で、


『お粥、ありがとうございました。とても美味しかったです』


 と書かれていた。


 味見は一応したが、口に合うか心配だったので、こうして伝えてくれるのはありがたい。


 ベットですやすやと眠っている夕咲のおでこを触ると昨日までの熱が嘘だったかのようになくなっていた。


 ひとまず、昨日から起きっぱなしだった桶とタオルを浴室に戻し、お粥を入れていた食器を片付ける。


 書き置きは、捨てるのは気が進まなかったので机の引き出しに入れておいた。


 片付けを終え、夕咲に部屋に戻るとすでに彼女は目を覚ましていた。


 目覚めたばかりだからなのか、まだ目は半分しか開いていない。


 こう言う姿を見ると夕咲も俺と同じ人間なんだと言う実感が湧いてくる。


 正直、夕咲は何を考えているのかわからないし、言葉も丁寧すぎるので、本当はロボットなのではないかと疑いたくなる。


「おはよう、夕咲。体はもう大丈夫?」


 すると夕咲はこちらに気づき、


「あ、おはようございます。おかげさまで体はもう大丈夫です。本当にありがとうございました」


 そう言って、夕咲はベットに座りながらではあるが深く礼をした。


「気にしないでよ。俺が夕咲のこと気にかけずに連れ回したのが原因なんだし」


 すると夕咲は何か言おうとしたようだが、


 グゥ〜〜〜


 という情けない音によってその言葉は遮られた。


 この音の発信源である夕咲はポッと頬を赤らめて下を向く。


 かわいい、なんて言葉がまた口から出かかったが今回はなんとか堪える。


 こんなことを思うことは今まであまりなかったので少しだけ胸がモヤモヤする。


「流石にお粥だけじゃお腹すくか。朝ご飯作ってくるからシャワーで汗ながして待ってて。あと、一応もう一回体温測っとこうか」


 夕咲は昨日よりかは少し大きく頷く。その顔はまだほんのり赤い。


「あ、あと着替えはないから、悪いけど制服着てくれる? タオルは昨日置いといたやつがそのまま置いてあるから」


「わ、わかりました。何から何までありがとうございます」


 そう言って、夕咲は制服を持ち、お風呂に駆けていった。


 そんなに恥ずかしがることもないと思うのだが。


 そんなことを思いながら俺はゆっくりキッチンへと向かう。


 朝食は簡単に白ご飯と目玉焼きですました。


 食器に盛り付けて机に運ぶ。


 いつもならこのまま食べ始めるのだが、今日からはそういうわけにはいかない。


 昨日は起きるのが遅かったので朝食を抜いてしまった。


 昼に関しては夕咲は食べなかったので、一緒に食事をするのはこれが初めてだ。


 少し緊張しながら夕咲が戻ってくるのを待つ。


 五分ほど待っていると風呂場の方から制服姿の夕咲が歩いてきた。


「あの、昨日着ていた服はどうしたらいいのでしょうか?」



「あぁ、適当に置いといてくれたらいいよ。洗濯するから。熱は?」


「わかりました。では置いてきます。熱は下がっていましたので大丈夫です」


「うん、ならよかった。戻ってきたらご飯だから」


「あ……はい。すぐにおいてきます」


 お腹がなったことをまた思い出したのか、夕咲の顔がまた少し赤くなった。


 小走りで戻ってきた夕咲が椅子に座る。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 こうしてスタートした朝食だが、双方話すことがなく、無言で進んでいく。


 これからも一緒に過ごしていくのなら、こういう時間は無くしていくべきなのだろうか。


(色々、聞いてみるか)


「夕咲は好きな食べ物とかある?」


「いえ、特に」


 会話終了。


 流石に早すぎないだろうか。


 だからと言って、ここから会話を広げるのは少し難しい。


(もう少し頑張ってみよう)


「そっか。えっと……じゃあ何かしたいこととかある? 昨日は俺が連れ回しただけだったし」


「それも特にありません」


 会話というのはこんなに難しいものだったのか。


 ハルと話していてる時とは違って全然会話が続かない。


 正直、中学時代からのブランクがあって、会話自体が苦手になってしまっているというのもあるのだが、こんなに下手になるものなのだろうか。


(会話ってどうやって始めてたっけ?)


 俺が何を話そうかと考えていると夕咲は俺が何をしようとしているか気づいたようで、


「無理に何か話していただく必要はありません。私は気にしませんので」


 と言われた。


 こうなってしまってはますます話しにくい。


 だが、この気まずい空気の中での食事は普通に嫌だ。


 色々考えてみたが、結局長く続きそうな会話は思いつかない。


 実のところあるにはあるのだが、聞いていいのか少々不安だ。


 しかし、これしかないのだから仕方がない。


 そう自分に言い聞かせて口を開く。


「夕咲はさ、高校って行ってみる気ある?」

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