少女との出会い 7〜9話
7話
昼休みが終わるとすぐに五限目の授業が始まる。
五限が終わると十分休憩を挟み六限目に入る。
六限を乗り越えると掃除に入る。
束の間の休息といったところだ。
掃除、七限を無事乗り越え学校を後にする。
これがいつものプラン。
だが、今日はそういうわけにはいかない。
学校から一番近いバス停で病院まで行くバスを待つ。
歩いて行くこともできるが、学校での疲れがあるのでバスで行くことにした。
五分ほど待つとバスが来た。
退勤時間には少し早いのでバスに乗っている人は少ない。
どうせすぐ降りるので座席には座らず、吊り革をつかむ。
学校から二駅分進むと病院に着く。
(二度も来るはずじゃなかったのに……)
過去の自分に説教しながら院内に入り、あの少女が待つ病室に向かう。
寝ているかもしれないので、なるべく静かに病室のドアを開け、奥まで進む。
意を決して右を向くと、綺麗な蒼い瞳がこちらに向けられていた。
「あ、起きてたんだ」
「今回は何時ごろに来るかわかっていましたので」
なんというか、機械的な話し方だ。
言葉に熱がこもっていないというか、とても淡白な話し方だ。
「わざわざお時間を取っていただきありがとうございます。先日の提案のことですが……」
ありもしない雑談で少し時間を稼ごうと思っていたのだが、すぐに本題に入られた。
(うっ、心の準備が……)
胃が痛くなったきた。
「先日の提案、お願いしてもよろしいでしょうか?」
そう言った時、一瞬彼女の瞳が光ったような気が、いや、そんなことはどうでもいい。
(今なんて言った⁉︎ お願いしますって言った⁉︎)
もしかすると俺の聞き間違いかもしれない。
「えっと……、ほんとに?」
「はい、あなたがおっしゃったようにあの路地は危険です。なので、いつまでもあの場所にいるのはやめた方がいいと思いました。迷惑でないのなら、お世話になります」
そういって彼女は深く礼をした。
どうしよう、それが率直な感想だ。
しかし、今更無理だなんて言えない。
もうひたすら過去の自分を呪うしかなかった。
8話
翌日、起床してすぐにこれからのことを考える。
彼女の退院は今週の金曜日、幸いバイトは入っていないので、迎えに行くことはできる。
が、そう言う問題ではない。
金銭的には人一人増えるくらい問題ないくらいの貯蓄はあるはずだ。
しかし、同い年の女子と一つ屋根の下で暮らすなんて、考えるだけで頭がどうにかなりそうだ。
とにかく家中の掃除はしなくてはならない。
物置になっている部屋を片付けなければ彼女が泊まる部屋がない。
ベッドか布団も買わなければならないし、思わずため息が出る。
考える時間はもっと欲しいが非情にも時間は過ぎて行く。
朝食をとり、持ち物を確認して学校へ向かう。
登校はいつも一人なので考え事をするには丁度いい。
といっても、なにから考えるべきかもわからないのだが。
とりあえずハルにこのことは言わないでおこう。
絶対引かれるし、会わせて欲しいなんていい出したら彼女に迷惑だろう。
そういえばあの子の名前を聞いてなかった。
俺も自己紹介してないし。
次会った時に聞かなければ。
あと多少貯蓄があるとはいえ、バイトのシフトを増やした方がいいかもしれない。
女子の出費がどれくらいのものなのかわからないので少し不安だ。
聞く当てがないわけではないのだが、あいつは少し苦手なのでできれば聞きたくない。
やはり本人と直接話し合った方がよさそうだ。
退院までは今日を含めて三日ある。
掃除を終わらせることくらいはできるだろう。
退院までの三日間は想像以上に慌ただしくなった。
朝起きて学校に行き、帰ってきたらすぐバイト、バイトが終わると家の掃除。
思っていた以上に時間がなかった。
ベッドもかなり高かったし、財布の中身の悲惨なことになっている。
なんとか掃除は終えたが、正直疲労は最高潮だ。
しかし、今日はもう金曜日。
今日の学校が終わると病院に彼女を迎えに行かなくてはならない。
休むのはもう少し先になりそうだ。
普段とても長く感じる学校が今日はあっという間に過ぎたいく。
今回は何時に行くとは伝えていないので、心の準備をする時間は確保できる。
しかし、遅くなりすぎると変な心配をかけてしまうかもしれない。
バス停で10分ほど考え、腹を括った。
病院行きのバスを待っているとポケットの中のスマホが騒がしく鳴った。
『再来週の遠足の班分けどうする?』
『わたし、〇〇さんと一緒の班がいい!』
『⬜︎⬜︎、俺と組もうぜ!』
そういえばもうそんな時期か。
ホームルームで担任が話していた気がする。
だが、グループチャットで班決めというのは俺みたいな陰キャには酷なものだ。
(遠足……か)
中学の時は楽しみだったが、今はそうでもない。
ハルと同じ班に入れたらいいのだが。
ハルの仲良しグループと組まされて、実質一人で回るみたいなのはきつすぎる。
そうなったら多分行かない。
バスが来たのでグループチャットの通知をオフにして病院に向かう。
今はまだ四時半なので家には6時までには帰れるだろう。
帰ってからが問題なのだが。
そんなことを考えているうちに病院についてしまった。
前は短かったはずの病室までの廊下が長く感じる。
病室の扉もいつもより重く感じる。
扉をゆっくり開けるとすでに彼女は病室の窓辺に立ち、外を眺めていた。
9話
すでに病衣からは着替えており、うちの高校の制服を着ている。
病院で洗濯してもらったのだろうか。
路地で見た時には分からなかったうちの高校の校章が見える。
こちらに気付いたその少女は前とは違う、光ある蒼い瞳をこちらに向けた。
「お待ちしておりました」
そういっていつも通り綺麗なお辞儀をする。
「ごめん、ちょっと遅くなった」
「いえ、お気になさらず」
(ハハ、否定はしないんだ……)
「長居するのは良くないし、とりあえず、行こうか」
少女はコクリと頷きこちらに近づいてきた。
特に大きな荷物はないようだ。
路地に住んでたのだから当たり前か。
無言のままエレベーターで一階まで降りると、
「入院費を払ってきますので、少々お待ちください」
「ああうん。わかった」
少女を見送り、近くの椅子に座る。
一週間の入院費とはいくらくらいになるのだろうか。
そう思い、スマホで調べてみる。
(だいたい……じゅ、十万円以上⁉︎)
こんな大金、あの子は払えるのだろうか。
心配になってくる。
だが、その心配は杞憂に終わり、少女はすんなりと戻ってきた。
「お金、大丈夫だった?」
失礼かもしれないが、聞かずにはいられなかった。
「はい。少し前に自分の口座から引き出しましたので。今はもう一文なしですが」
「そ、そう。大丈夫ならよかった」
バイトをしていない高校生の口座から十万円という大金が出てくるものだろうか。
お小遣いやお年玉を一度も使っていないのなら可能なのだろうか。
疑問は残るが、そろそろ行かなくてはならない。
「行こうか。そろそろバスが来るはずだから」
病院の前のバス停には家の近くまで行くバスが停まる。
なので、とりあえずそこに向かう。
運の良いことにバスはすでに停まっており、待っている人もいなかったので、スムーズに乗ることができた。
空いている席に座り、隣に座った少女に声をかける。
「そうだ、今更なんだけど自己紹介してい
い? まだやってなかったと思うし」
少女はまたコクリと頷く。
とにかく、許しはもらったのでさっさと始める。
といっても何を言えばよいのだろうか。
冒頭の自己紹介からもわかるように、俺の自己紹介レベルは1もない
「えっと、俺は
少女のことをなんと呼べばいいのかわからなかったので『きみ』と呼んだが、少しキモかっただろうか。
「夜凪さんですね。素敵な名前だと思います」
「ああ、ありがとう」
そこまでいい名前だと思ったことはないのだが、褒められるとやはり嬉しい。
淡白な話し方なので本心かどうかは分からないが。
「じゃあ、次はそっちの番」
「承知しました。何を言えばいいのでしょう?」
「そうだな……、名前と……あと趣味とかかな」
「承知しました。私は
呼び方に困ったことはバレていたようだ。
だからといって、呼び捨てするのにはまだ会って期が短い気がしないでもない。
「わかった。えと、夕咲も俺のことも呼び捨てでいいから。あと敬語も使わなくていいよ」
だが、許してもらえるのなら呼び捨てで呼ばせてもらおう。
それに同年代で、ましてや、これから同じ家で過ごす人間なのなら、ずっと敬語というのは少し堅苦しい気がする。
「敬語については癖になってしまっているので少し難しいかもしれません」
敬語が癖になるというのはどうゆうことだろうか。
礼儀作法にかなり厳しい家だったのかもしれない。
「それなら無理にタメ口じゃなくても…」
そう言いかけたとき、
「あと……」
「ん? どうかした?」
まだ何かあったのだろうか。
夕咲は少し下を向いて口を開く。
「あ、いえ、敬語が抜けないのでさん付けで呼んでしまうと思います」
「う、うん。わかった。無理強いはしないよ」
そんなことかと思ったが、今までのような淡白な話し方ではなく、少し慌てた様子で話したので少し新鮮だった。
夕咲は人と話すのは得意ではないのかもしれない。
緊張からか、はたまた夕日のせいなのか、話し終わった夕咲の耳が少し赤くなっているような気がした。
話に集中していてまったく気が付かなかったが、バスはすでに家の近くまで来ていた。
「夕咲、次の駅で降りるから」
それから間も無く、バスの車内アナウンスが流れたのでボタンを押して椅子から立ち上がる。
すると、
「あの……」
と、夕咲が申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。
「どうかした?」
「すみません。お金が足りないようでして」
「あぁ、じゃあ俺が出すよ。退院したばっかなんだし、気にしないで」
入院費を払ったことで、先ほどの言葉通りに一文無しになってしまったらしい。
学校に行かないの金銭的な都合だったのだろうか。
もしかすると、夕咲もほんとは学校に行きたいのかもしれない。
二人分の運賃を払いバスから降りる。
そこから徒歩3分ほどで俺の住んでるマンションに着く。
エレベーターに乗り、自分の部屋のある階のボタンを押す。
うちのマンションは、安い分、少し安全性に欠ける。
各部屋に鍵はあるがそこだけだ。
エントランスには鍵などが必要になるものはない。
部屋の鍵を開け、中に入る。
「ようこそ我が家へ、狭いけど自由にくつろいで。廊下の右側の部屋は夕咲のだから自由に使って」
ひと通り説明してしまおうと思っていたが、夕咲に方を見ると、
「ふぁ〜……」
と、小さくあくびをしていた。
きっと疲れているのだろう。
退院してまだ一時間も経っていないのだから当たり前だ。
「今日はもう寝よっか。夕咲も疲れてるだろうし」
「お気遣いありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「部屋の説明とかは明日にするよ。トイレは夕咲の部屋の隣だから、じゃあ…」
(この言葉を言うのも久しぶりだな)
家族とあまり関わらなくなってから言っていなかった気がする。
いざ口にするとなると気恥ずかしい。
「じゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
そう言って部屋に入っていく彼女の顔は少し笑っていたような気がした。
その小さな笑顔はなぜか俺の頭からなかなか離れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます