少女との出会い 4〜6話

4話


想像以上に礼儀正しかったので最近の中学生は凄いなと少し感心する。


「ええ、まあ」


 ここで、はいそうですとは言いづらい。


 だからといって、良い返答も思いつかなかったので曖昧な返答になってしまう。


「そうでしたか。助けてくださり、本当にありがとうございました」


そう言って少女深々と頭を下げた。


 座りながらのお辞儀なのに、本当に綺麗なお辞儀だと思った。


 どこかのお嬢様なのだろうか。


 そう思ってしまうくらい、綺麗なお辞儀だった。


「いえいえ、こちらとしても、何事も無いようで安心しました」


 相手の礼儀正しさにつられて、こちらもついかしこまってしまう。


すると、そんな俺の思考を察したのか、


「私には敬語を使わないで大丈夫です」 


「あ……ごめん、気を遣わせちゃって」


 年下である中学生に気を遣われると、なんだか惨めな気分になってくる。


そして流れる沈黙。


 当然だ。


普段人と話さない俺に対初対面の中学生用の会話なんてあるはずがない。


(……気まずいし、そろそろ帰ろうかな)


「あの、俺そろそろ帰るよ。お大事に」


 短い別れの言葉を言って椅子から立ち上がり、この沈黙から逃げるように病室のドアに向かう。


しかし、


「待ってください!」


そう言って小さな白い手が俺の服の袖を掴んだ。


『待ってください!』


 そう言って俺の服に伸ばされた手の先には、先ほどまで座っていた少女が立っていた。


入院している人間とは思えないスピードだった。


だが、俺が少女の方へ体を向けると、


「……っ!」


 少女は少し苦しそうな顔を見せて、その手が服から離れる。


なんとか腕を掴み転倒には至らなかった。


どうやら、足を怪我しているらしい。


病衣とスリッパの間から包帯が見えている。


少女をベットに座らせて、自分も再び椅子に座る。


「待ってくれって、まだ何か用があるの?」


「まだお礼ができていません」


「お礼ならさっき言ってもらったけど」


「いえ、そうではなく」


 少女は言葉でなく行動として何かお礼をしたいらしい。


確かに病院の人も『お礼が』と言っていたような気がする。


だが、足を怪我した人に何かしてもらおうとは思えない。


さっき転倒しかけたことを踏まえると尚更だ。


なので、


「……そうだな、なら質問に答えてもらっていい?」


「そんなことでいいのですか?」


「うん、ずっと気になってたんだけど」


 そう前置きしてから心の中の一番の疑問を口に出す。


「どうしてあんなところにいたの?」


5話


 この質問に対して少女は特に嫌そうな顔をするわけではなく、きょとんとした表情を浮かべるだけだった。


「なぜ、とはどう言うことでしょうか?」


「え、いや、あんなに危ない場所で何してたのかなって。ほら、あそこは一ヶ月前に傷害事件とかもあった場所だし」


 そう言うと少女は驚いたような反応を見せて、


「そうだったのですか?」


 と言った。


テレビでもニュースになっていたので知らない可能性は低いと思うのだが。


「『そうだったのですか』って知らなかったの?」


「一時期あの場所が騒がしかったのはその傷害事件のせいだったのですね」


どうやら、本当に知らないらしい。


 家にテレビはないのだろうか。


もし、テレビが無かったとしても、最近ならスマホで知ることはできると思うのだが。


「なぜあんなところにいたのか、でしたね。理由と言われると困るのですが、強いて言うなら」


 少し間をおいて少女はこう答えた。


「あそこに住んでいるから、ですかね」


と。


 その返答に思わず、


「は?」


と声が出てしまった。


確かに、あんなところに住んでいるのならテレビもないし、スマホも持っていないだろう。


あの路地は縦に長いかつ割と入り組んでいるので、傷害事件について何も知らないということには一応合点がいく。


しかし、なぜこんな子があんな路地で暮らしているのか。


「それって本当? 親とかはどうしてるの?」


「はい、本当です。生活するようになったのは、中学を卒業してからです。親に関しては……いるにはいますが、訳あって今は親元を離れています」


 それからも質問をしてわかったのは、今回入院の原因になった事件の被害者になったのは、気が立っていた相手が偶然彼女を見つけてしまったから、ということ。


今回、入院した理由は暴行を受けた箇所の怪我と軽度の栄養失調だということ。


そして、一番驚いたのは、この少女が中学生ではなく、俺と同じ陽空第三高校の生徒だったということである。


しかも同じクラス。


いつも一つだけ空席があるなと思っていたが、まさかこの子だったとは。


クラスとの交流をほとんど持たない俺は全く気づかなかったらしい。


学費に関しては父方の祖父母が出しているそうだ。


言われてみればこの前、路地で着ていた服はうちの高校のブレザーだったような気もしなくはない。


まあ、同級生と分かったので、少し話しやすくなったのはありがたい。


「けど、なんで路地裏に住んでるの? その祖父母の家から通えばよかったんじゃ……」


 そう言うと少女の顔が少し曇った。


「それはできません。ただでさえ学費を払っていただいているのに……これ以上迷惑をかけることはできません」


 口ではそう言っているがそう言った少女の表情には恐怖心が張り付いているように見えた。


難しい家庭事情はさておき、この少女は退院してしまったら、またあの路地に戻るのだろうか。


今回のことで危険と分かったとしても、今まであんな場所に住んでいると言うことは、どこかで部屋を借りれるようなお金もないのだろう。


親のところに戻れなんて部外者の俺では言いにくい。


だが、きっとこのままだと少女はまたあの路地に戻ってしまうだろう。


それは避けたほうがいい。


今回は俺が偶然見つけたからよかったものの、次またああいう場面に遭遇してしまった時はどうなるかわからない。


(……それなら)


「あのさ、少し提案なんだけど……」


6話


 週が明け月曜日、俺は学校の机に突っ伏し、低く唸り声をあげていた。


(なんであんなこと言ったんだ? 俺)


 あの時の俺が何を考えていたのか知らない。


 が、まともじゃなかったことだけはわかる。


まさかあんなことを口走るなんて。


        ****


先週の土曜日


「あのさ、提案なんだけど、……入院期間が終わったらうちに来ない?」


「えっ?」


「ああいや、ごめん。ほら、あの路地で住んでたら何があるかわからないし、当てがあるわけじゃないのならどうかなって」


正直、自分でも何を言っているのかわからない。


まだあって一日もしないクラスメイトの女子を家に連れ込もうとしているのだ。


だが、


「いいのですか?」


(いや断れよ!)


警戒心というものがないのだろうか。


普通、今日初めて会った同級生に『家にくるか?』と聞かれて『いいのですか?』なんて返すだろうか。


誘った側の俺が言えたことではないが、この子も頭のネジが何本か外れているのではないだろうか。


だからと言って、こうなってしまった以上、もう後には引けない。

 

「そんなに広くないし、立地もいいわけじゃないけど、それでもいいなら」


「色々とご親切にありがとうございます。ですが少し考える時間をいただきたいです。来週の月曜日にまたいらしてください」


(ああ……まあ、そうだよな)


 どうやらこの子の頭は正常なようだ。


安心した。


だが、ここで断られるのは結構恥ずかしい。


最大限気を遣ってくれただけありがたいと思うが、なにか大きなものを失った気がする。


        ****


 今思い出しても恥ずかしい。


だが、今更後悔してもしょうがない。


今日の放課後、また俺があの病院に行くことは決定してしまっている。


俺が恥ずかしさで悶えていると、クラスの男子一人がこちらに近づいてきた。


「どうした夜凪? 今日はいつも以上に暗いな」


 話しかけてきたのはこの学校内で俺の数少ない友達のうちの一人。


「うるさいな、ちょっと考え事してたんだよ」


「へえ、珍しいな。普段から何も考えてないお前がか?」


「それはお前だろ」


とまあ、授業間の休憩時間はいつもこんな感じで絡んでくる。


彼、春谷はるたにじゅんは学年初めの席で隣になって以来、なにかと縁があり、自然と仲が深まった。


親友とまではまだいかないものの、俺の中では間違いなく一番の友達だ。


「で、何考えてたんだ?」


「ん? ああ、ちょっと色々……」


「また親関係か? それとも金か? まさか女か⁉︎」


 勝手に勘違いしてくれるのはありがたい。


いや、最後のは一応間違ってはいないのか。


が、あんなこと言えるわけがないので、ここは別のものに乗っかっておこう。


「女のわけないだろ。親関係だよ」


「ま、そうだよな。お前そればっかだし」


「ほっとけ」


 後の休憩時間は、ただただ駄弁って過ごす。


ハル(春谷)がグイグイ質問してくるような奴じゃなくて助かった。


休憩時間が終わり、チャイムが鳴ると、全員が慌てて席に着く。


四限目の授業は歴史。


歴史のような暗記教科はテスト前に暗記すればなんとかなるので、落書きをするなり、他の教科の提出物をやるなりで時間を潰す。


こういう時は後ろの席でよかったと思う。


先生の念仏で眠りに落ちる寸前で授業が終わり、昼休みに入る。


普段ならハルと屋上で昼食をとるのだが、今日は部活の友達と食べるらしいので俺はぼっち飯だ。


こういう時教室で一人で時間を潰すのは心が折れるので誰もいない駐輪場で過ごす。


何度か今回ようなことがあったので前に探しておいた場所だ。


一人の時間は嫌いではない。


強がりに聞こえるかもしれないが、引きこもり生活のおかげで一人でいる時間には慣れてしまった。


(親……か)


 さっきの会話でまた思い出してしまった。


行き場のない父親への怒りが脳内を駆け巡る。


独りでいる時は、暗いことばかりに思考が集中してしまう。


考えても無駄だとわかってはいるが、明度の下がった脳内ではそんな思考を繰り返してしまう。


こうして一人の昼休みは過ぎていく。

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