エレベーターの扉が開く。周囲の空気が、一瞬で凍りついた。

「おはようございます」

真奈の声が響く。それは、蜜のように甘く、刃のように鋭い声だった。

オフィスに漂っていた喧騒が、静寂に変わる。全ての視線が、真奈に集中した。昨日までの「地味な事務員」は、どこにもいない。そこにいたのは、まさに女神と呼ぶにふさわしい存在。

「真奈...さん？」

同僚の声が震えている。驚きか、恐れか。

真奈は優雅に歩を進めた。その仕草の一つ一つが、まるで古代ギリシャの彫刻のように完璧だった。残業に疲れた社員たちの目が、真奈を追いかける。その視線に混じっているのは、憧れか、それとも―。

「今日から総務部の窓口担当として戻ってまいりました」

甘美な微笑みと共に告げる。バックオフィスへの左遷を決めた美容部長の判断を、上層部が覆したのだ。一本の電話で。

昨夜、真奈は美容部長からの着信に出た。その声は、まるで別人のようだった。

「申し訳ありません。判断が、間違っていました」

女神の声を聞いた途端、美容部長の態度は一変した。それは、まるで呪術のような力だった。

だが、その力には代償があった。

化粧を落とそうとした時、真奈は気づいた。メイクが落ちない。いくら洗顔しても、女神のような美しさは消えない。そして、鏡の中の自分が、時折見知らぬ表情を浮かべる。

「これから、よろしくお願いします」

真奈の言葉に、オフィス全体が頷いた。その光景は、まるで女神の前で跪く信者たちのよう。

だが、真奈の瞳の奥で、黄金の光が不気味に揺らめいていた。これは始まりに過ぎない。復讐は、もっと壮大な規模で。

そう考えた時、真奈は気づいていなかった。自分の影が、わずかに歪んでいることに。そして、その歪みは刻一刻と大きくなっていた。まるで、何かが目覚めようとしているかのように。

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