第16話:秋風の調べ ~関西からの可愛い訪問者~
十月も終わりに近づき、植物園「花風」には深まる秋の気配が満ちていた。朝露が一層冷たく感じられる早暮れ、葉月は温室での作業に没頭していた。コスモスの花茎が、まるで秋の空を映すように、優美な曲線を描いている。
「おはよう、今日も頑張ってるのね」
葉月は一つ一つの株に優しく語りかけながら、支柱を丁寧に調整していく。特に、開花盛期のシュウメイギクには細心の注意を払う。秋の長雨に備えて、排水性の確認が欠かせない。
そんな静かな朝の空気を、突然の声が切り裂いた。
「うわぁ! めっちゃ素敵な場所やん!」
振り返ると、そこには派手な赤のワンピースを着た若い女性が立っていた。開園時間前というのに、どこから入ってきたのだろう。
「あ、すみません! 門に『準備中』って書いてあったんですけど、どうしても入りたくって!」
関西弁の饒舌な説明に、葉月は少し戸惑いながらも微笑んだ。
「ご案内しましょうか?」
「ほんま? ありがとうございます! あ、私、木下やよいです!」
やよいの明るい声が、朝の温室に響き渡る。
*
「へぇ、ここの植物園って二人で切り盛りしてはるんですか? すっごいなぁ!」
メインガーデンの案内中、やよいは絶え間なく質問を投げかけてくる。
「ええ、蓮華と二人で」
「蓮華さんって、恋人さんなんですか?」
唐突な質問に、葉月は思わず顔を赤らめた。
「あ、もしかして図星? めっちゃ可愛い反応やん!」
その時、蓮華が堆肥作りの道具を持って現れた。
「葉月さん、この落ち葉の発酵具合が……あら?」
「あ! 蓮華さんですか? めっちゃ素敵な方やん! 葉月さんの赤くなった顔、見てました?」
蓮華は状況を把握するのに少し時間がかかったようだ。
*
昼頃、三人は秋の花々の手入れに没頭していた。やよいも「手伝わせて!」と言って、エプロンを借りて加わっている。
「この根っこの張り方、めっちゃ綺麗ですね!」
やよいはキクの根系を観察しながら感嘆の声を上げる。
「ええ、根圏環境を整えることで、花の品質も向上するんです」
蓮華が専門的な説明を始めると、やよいは目を輝かせて聞き入った。
「へぇ?! 蓮華さん博識やなぁ。葉月さん、ええ人見つけましたなぁ」
また露骨な発言に、葉月は顔を赤らめる。
*
「実は、私も彼女おるんです」
昼食時、カフェで三人が談笑していると、やよいが突然切り出した。
「東京の美大で絵を描いてるんですけど、この植物園の噂聞いて、絵のモデルにしたいなって」
やよいの表情が、初めて少し物憂げになる。
「遠距離恋愛って、しんどいですよね」
「ええ、でも……」
葉月は蓮華の手を取った。
「離れていても、心は繋がっているものよ」
やよいの目に、涙が光ったように見えた。
*
午後、風の広場では紅葉の準備が始まっていた。
「イロハモミジの色づきが、今年は特に見事ね」
葉月は葉の状態を確認しながら、落ち葉を丁寧に集めていく。
「ほんまきれいやなあ~。彼女にも見せたかったわ」
やよいの声に、少しの寂しさが混じる。
「写真、撮りませんか?」
蓮華が提案すると、やよいの顔が明るくなった。
「ほんま? ありがとうございます!」
*
夕暮れ時、やよいは帰り支度をしていた。
「めっちゃ素敵な一日でした! また来てもええですか?」
「もちろんよ。その時は彼女も一緒に」
葉月の言葉に、やよいは飛びつくように抱きついた。
「ほんまに、ほんまにおおきに!」
見送る二人の前で、やよいは何度も手を振った。
*
「賑やかな一日だったわね」
葉月は蓮華の肩に寄りかかりながら言った。
「ええ。でも、素敵なお客様でした」
「私たちも、ああして出会って」
蓮華は葉月の唇を優しく塞いだ。
「今は、このままで」
二人の間に、深い愛情が流れる。秋の夕暮れが、その光景を優しく包み込んでいた。
*
その夜、星の温室で二人は明日の準備をしていた。
「やよいさん、きっとまた来てくれるわね」
葉月は鉢の配置を整えながら言った。
「ええ。その時は、きっと素敵な絵を描いてくれるでしょう」
蓮華は後ろから葉月を抱きしめ、その首筋にキスをした。
「今日は少し寂しかったでしょう?」
「え?」
「普段は二人きりだから……」
葉月は振り返り、蓮華の瞳をまっすぐ見つめた。
「でも、蓮華との時間は特別だから」
二人の唇が重なる。温室の植物たちが、その愛を静かに見守っているかのようだった。
*
翌朝、葉月は蓮華の腕の中で目を覚ました。
「おはよう。今日はまた静かな一日ね」
蓮華が葉月の髪を優しく撫でる。
「ええ。でも、昨日の賑やかさも、悪くなかったわ」
窓の外では、朝露に濡れた花々が新しい一日の始まりを告げている。コスモスの花が、まさに開こうとしていた。
二人は寄り添いながら、朝日に照らされる園内を見つめていた。時には賑やかな風が吹き込んでも、二人の絆はより一層深まっていく。それは、この植物園で育まれる、かけがえのない愛の形なのだ。
秋風が、そんな二人の想いを優しく包み込んでいた。
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