第15話:星月夜の誓い ~秋空に輝く永遠の愛~

 九月も終わりに近づき、植物園「花風」には秋の気配が色濃く漂っていた。朝露が一層冷たく感じられる早暮れ、葉月は温室での作業に没頭していた。ナデシコの花茎が、まるで秋の空に向かって伸びていくかのように、しなやかな曲線を描いている。


「おはよう、今日も頑張っているのね」


 葉月は一つ一つの株に優しく語りかけながら、支柱を丁寧に調整していく。特に、開花直前のリンドウには細心の注意を払う。秋の長雨による茎の倒伏を防ぐため, 朝一番の見回りが欠かせない。


「また植物たちと密談ですか?」


 蓮華の声に、葉月は振り返る。その姿は朝もやに包まれ、まるで幻のように美しい。


「ええ。今朝は特に、みんなの声がよく聞こえるの」


 蓮華は後ろから葉月を抱きしめ、その首筋に優しくキスをした。


「今夜は星がよく見えそうですよ」


「本当? じゃあ……」


「ええ、天体観測に行きましょう」


 二人の吐息が、澄んだ朝の空気に溶けていく。



 午前中、二人はフジバカマの手入れに取り掛かっていた。アサギマダラを待つ花々が、秋風に揺られている。


「この茎の伸び方、理想的ね」


 葉月は花序の状態を確認しながら、支柱を調整していく。


「ええ。適度な日照と水分で、生育が順調です」


 蓮華は専門家らしい視点で観察を続ける。その真剣な横顔に、葉月は思わず見とれてしまう。


「また見てる」


 蓮華は葉月の視線に気付き、少し照れたように目を逸らした。


「だって、蓮華の美しさに魅せられちゃうんだもの」


 その言葉に、蓮華の頬が薔薇色に染まる。



 昼下がり、せせらぎの小径では珍しい発見があった。


「葉月さん、こちらです!」


 蓮華の声に、葉月は足を向けた。小川のほとりで、サワギキョウの群生を見つけたのだ。


「まあ、こんなところに……」


 葉月は慎重に膝をつき、青紫色の花を観察する。


「花弁の形成が完璧ですね。土壌のpHと水分条件が絶妙だったのでしょう」


 蓮華は専門的な解説を加える。


「自然の力って、本当に素晴らしいわね」


「ええ。私たちにできることは、この環境を守り続けることだけです」


 小川では、アカハラサンショウウオの幼生が静かに泳いでいた。すでに変態の時期を迎え、鰓が徐々に退化し始めている。



 午後、風の広場では秋の七草の管理が行われていた。


「オミナエシの開花が見事ね」


 葉月は花穂の状態を確認しながら、枯れ茎を丁寧に取り除いていく。


「ええ。日照条件と温度較差が、花芽分化を促進したんでしょう」


 蓮華は土壌の状態を確認しながら答える。その手つきには無駄がない。


「ねえ、蓮華」


「はい?」


「今夜は、月見亭で星を見ましょう」


 蓮華は作業の手を止め、葉月を見つめた。


「素敵な提案です。秋の星座をゆっくり眺めましょう」



 夕暮れ時、二人は月見亭での夜を前に準備を整えていた。


「温かい飲み物も用意したわ」


 葉月は魔法瓶にハーブティーを詰めながら言った。


「毛布も持って行きましょう。夜は冷えますから」


 蓮華の気遣いに、葉月は優しく微笑む。


「蓮華の腕の中なら、寒くないわ」


「でも、風邪を引かれたら大変です」


 二人は微笑み合いながら、夜の準備を進めていく。



 その夜、月見亭は星々の輝きに包まれていた。


「見て、秋の大四辺形がくっきりと見えるわ」


 葉月は蓮華の腕の中で、夜空を指さす。


「ペガスス座ですね。その左下に見えるのが、アンドロメダ座」


 蓮華は葉月の肩を抱きながら、星座の解説を続ける。


「ねえ、蓮華」


「はい?」


「私たちの愛も、あの星々のように永遠に輝いていくのかしら」


 蓮華は葉月の顎に指を添え、その顔を自分の方へ向けた。


「いいえ、きっとそれ以上です」


 二人の唇が重なる。長く、深いキスが交わされる。星々が、その永遠の誓いを見守っているかのようだった。


 秋風が二人の髪を優しく撫でていく。遠くでフクロウの声が響き、夜の静けさにさらなる深みを与えている。


「蓮華……」


「はい?」


「もっと、キスして」


 蓮華は葉月の願いに応えるように、再び唇を重ねた。今度はさらに深く、情熱的に。星々の瞬きが、二人の愛を祝福するように輝いている。



 翌朝、葉月は蓮華の腕の中で目を覚ました。二人は月見亭で夜を明かしていた。


「おはよう。少し寒くなかった?」


 蓮華が葉月の髪を優しく撫でる。


「ううん、蓮華が隣にいてくれたから」


 窓の外では、朝露に濡れた花々が新しい一日の始まりを告げている。アキアカネが風に乗って飛び始め、秋の深まりを感じさせる。


 二人は寄り添いながら、朝日に照らされる里山を見つめていた。昨夜の星空での誓いが、心の中でさらに確かなものとなっていく。これからも二人で、この庭園と、そしてお互いの愛を育んでいくのだ。


 秋風が、そんな二人の決意を優しく包み込んでいた。

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