第11話

 彼らは、門が開くと同時に外に飛び出していった。まだ、火ぶたは切って落とされていない。

 

 どうしても気になってしまうので、門から出ない位置でいいからと、こっそり戦況を見に来てしまったベリーは、ユールの落胆した声を聴いた。


「ばれたら、絶対俺が怒られる……」


「あなたの国の王子様は我々の手の内なんですがね?」

 誰かに向かって言っているハリーの声が聴こえた。


「我らの王子は、そのようなこと構わないでしょう。彼は命令を出した。止められるのも彼のみです」


「少年が好かれているのか、嫌われているのか、分からない発言だね」

「充分、大切な方ですよ」


 何百人もいる兵の先頭の敵将は、白髪の老人に見えた。だが、イナじいさんとはずいぶん違う。がっちりしていて、絶対に「よっこらしょ」とは言わない気がする。


「では、行かせてもらいましょう」

 

 戦いに慣れているのだろう。楽しそうにも見える。

 

 争いのある国。それに慣れていく国。


 ……わかる。


 守らなければいけないものがある。そのためには、戦う事もあるかもしれない。


 ……だけど。


 喚声と共に驚くべきこと。どれくらい時間が経過したのか麻痺した戦場は、倒れている兵士で一杯になっていた。身体からは血が流れていないことから、死んでいるわけではなく気絶させられているだけなのだと思うのだけれど。


 違いすぎる。


 リザノイドと呼ばれる人たちが、どれほど強いか。スピードも力も、全てにおいて超越している。


 武器を持つのは兵の方で、彼らは何も持っていない。なのに、次々と倒されて行くのは兵士ばかり。リザノイドには、かすり傷ひとつないのではないかと思う。


 ベリーは徐々に自分が前進していることに気付かなかった。それは、生まれたばかりのユールも同じだった。


「ベアトリス様!」

「ベリー!」

 

 キースとミラの声が響き、同時に、彼ら自身が目の前にいた。

 

 兵士がベリーの横から襲いかかって来ていた。腕を目の前にかざすしかベリーには対処できなかった。

 

 目を閉じるのも忘れ構えていたが、なんの衝撃もなかった。


「キース、あなた、鈍ってるんじゃないの?」

 ミラは兵士を投げた後、出遅れたキースに向かって言った。


「……そのようだ」


「やだ……ミラ、あなた……強いのね」

「碧い星の子供ですもの」

 投げ飛ばした兵士を見て、ベリーが感嘆のため息をつく。


「街で助けなくてもよかったの……」


「勇気あるあなたの行動には感謝してるわよ? でないと、資格を持つあなたを見つけられなかったもの」

 

 ミラは大げさに、ベリーに抱きついた。


「わたしも国に帰ったら、武道を習うわ」

「やあね。あなたには必要ないでしょう? ユールがいるんですもの」

「当てになりそうもないわ」

「今はね。半年後見違えるわよ?」

 ユールを見ると、なぜかキースに励まされていた。


 さすがに人数が多いせいか、兵が門に近づいている。


「さぁ、奥に入っててね」

 ミラに背中を押された。


「ランディ!」

 入れ替わるようにランディは飛び出し、キース相手に戦いを挑んでいた。

 

 どうすればいい? ベリーは自分に出来る事を考えた。

 

 いきなり戦場に走り込む。危険だと思う。だが……。ランディとキースの間に割って入る。

 

 あらん限りの大声で叫ぶ。


「さがりなさい! 自国を守るため? あなた方がしている行為は、開戦準備をしているアルドニアとどう違うというの?」


「何も知らないくせに、偉そうなこと言うな!」


「同じじゃない! リザノイドの力を無理矢理得て、準備をしようとしてた。手に入らないとわかったら、攻撃するなんて。星の一族は、なんの関係もないのにあなたたちに攻められてるのよ? 王子という立場が泣いてるわ」


「……くっ。何なんだよお前! 偉そうに、偉そうに言いやがって。お前なんかに俺の立場がわかるかよ!」


「わかりたくないわ! けど、残念ながらわかるのよ」

 

 呼吸を整え、背筋を伸ばす。


「わたくしは、ブレイズリー公国第一皇女ベアトリス・フロレイア・オークリー。上に立つ者は、立場をわきまえなければなりません。力を借りたいのなら、まず、お願いをするべきでしょう? 話を聞いてもらうべきでしょう?」


 戦場は一気に静まり返った。


「ブレイズリー公国皇女……お前が? ふん。所詮、平和な国に生まれたお嬢ちゃんだよな。偽善でしかないね」

 

 ランディは吐き捨てる。


「わたしが偽善者であったとして、あなたに迷惑をかけたかしら? 国を守りたいと思うのなら、民が傷つかないようにするのが、わたしたちの役目じゃないの? 平和を願って、争いを嫌って、心からそれを想う気持ちに、とやかく言われたくないわ! とげを残してはいけなの。だから、何度でも言うわよ。あなたは間違ってる。愛が平和への道だと思ってもいいじゃない!」

 

 ベリーは、真っ直ぐランディを見据える。


『ねぇ、かあさま。キラキラきれいねぇ』

『ベアトリスには、このお星さまが見えるのね』

『うん』

『これはね、お守りなの。この国がずっと愛で溢れ、平和でありますようにって、お願いをしてるのよ』

『じゃあ、わたしもおねがいする』

『一緒にしましょう。あなたはこの国の皇女ですもの。でもね、これは皆には見えないものなのよ。だから、これは、私とあなただけの秘密よ?』

『とうさまにも?』

『ええ、かあさまとベアトリスだけの秘密』

『うん。あいとへいわでありますように』

 

 お母様がなぜ秘密にしているのかも、いや、愛や平和の意味さえ知らなかった。誰にも話せないから、忘れていた想い出だった。


「わたしは星の形を知っていたのね」


「大丈夫か?」

 ユールが肩に手を置いた。

「大丈夫」

 にっこりほほ笑んだベリーは、続けて言う。


「こんなところまで大勢の兵を集められるくらいなら、自国でなにかしらの対策ができたでしょうに」


 なぜか同じように笑みを浮かべた敵将は、自国の王子に声をかけた。


「王子。我々の負けのようです。いや、もちろん貴方が戦えとおっしゃるなら、我らは最後の一人に、いえ、誰もいなくなっても戦いますがね」

 

 剣を肩に乗せる仕草は、ちょっとかっこいいかもとベリーは思った。


「ですが、あなた様が悪名高くなられるのは構いませんが、私は悪名高い将にはなりたくないです。潔く国に帰り、他の手立てを考えましょう。傷つけるものがないように」


「今更、よく言うよ」


「皇女様にはぜひ、我が国に一度来ていただきたいものですな」

 好々爺然と笑う。


「やめとけ」

 ランディは冗談じゃないと言った。

「こっちだって、御断りだわ」

 ベリーは心の中で舌を出した。


「仕方ない。だが、勝てない以上、最終手段として、リザノイドを諦めはしないからな」

 

 背を向け歩き出すランディに、ハリーが声をかけた。


「私が噂を流しましよう。隣国に、あなたの国にリザノイドが付いた、と。もちろん、噂の代金はいただきます」


「噂で戦意喪失できるなら、安いもんだね。幾らか知らないけど」


「交渉次第ですよ。少年」

 

 ハリーは、一緒にタイシュバイン王国へ行くようだ。


「先に言っておきますけど、あなた方が攻める立場になった時、当方としては相手方に付くことになりますので」


「わかってるさ。俺の国を守れれば、それでいい」

 ランディは、将に言った。


「撤退を」

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