第4話

「マリューちゃんは?」

「早朝、お父様が迎えにいらっしゃいました。再び旅に出る事になったそうです」

「そう……」

 

 朝、起きてみると、ベリーは一人で寝ていた。起こしに来たカノンに真っ先に尋ねて、がっかりした。一日が悲しい気持ちでスタートしてしまった。


 マリューはいつも突然旅に出る。


「マリューちゃんのお父様のばかっ」

 

 カノンが部屋を出て行くと、眠い目をこすり、頬を叩いて気合を入れた。


「でも、マリューちゃんは頑張ってる。わたしも行動するべきだわ」

 

 落ち込んでいるのなんかわたしじゃない、と言い聞かせるように立ち上がり、最小限の身支度をと、さっさと着替えようとした。

 

 服装は、マリューが着ていたような地味な色の上着と動きやすそうなズボン、それにブーツを用意した……かったが、ベリーは一つも持っていなかった。

 

 町へ着て行く服は、簡素と言っても一応ドレス。せめて、スカートは避けたいと考えていると、壁際にある一着の服が目に入って来た。


「これなら、なんとかなるかしら?」

 

 お気に入りのやつが、まだ戻ってきてないから練習に行くのが嫌だったけど、今日は違う用途だからかまわない。

 

 ベリーが手にしたのは、乗馬用の上下だった。しかも、ブーツも乗馬用。


「ズボンはズボン。ブーツはブーツだもの」

 

 考えられないくらいの早業で用意をしていく。

 

 町に行くときに必要になってから、こっそり貯めたお金や宝石を、ななめがけの赤いバッグに詰め込み、寒いかもしれないからと、自分が持っている中で一番地味なケープを手に取った。フード付きの、もこもこ付きの、ポンポン付きの、厚くて長めの白いケープ。


「髪は二つに結んで。よしっ。あぁ、この櫛も持っていかなきゃ。どんな時でも身だしなみ、っと」

 

 そうして、ベリーは窓から家を出た。これが、考えた結果だった。

いつもより慎重に、けれども急いでクレイスへ。



「ちょっと、そこの兄ちゃん。若い女の子をその辺で見なかったかい?」

「えっ? 俺っすか?」

「髪の毛のふわふわしたお嬢ちゃんだよ」

「え……いや、見てないっすけど……」

 

 いきなり呼びとめられた男は狼狽しつつも、おかみの質問にはちゃんと答えていた。


「おかみさんが私を探してる。内緒で町に来てるのに毎回怒られるのは、きっと、おかみさんが話してるんだわ。今日の行動が、もうバレているのね」

 

 この町でゆっくりしてられないわ、と駆け出した。


「ちょっと、そこのお兄さん!」

 

 町道で馬を連れた青年を呼びとめた。

「たしか、おかみはそう言ってたわよね?」


「……何ぶつぶつ言ってるのかわかんないけど、俺に用かな?」


「ええっと。そう! その馬を譲ってくれないかしら?」

 

 栗毛の馬は興味無さそうに下を向いている。


「この国は馬の生産地だぜ? そんなことも知らないのか? ちゃんとしたところで買えばいい」

 

 青年は手綱を引き、歩き出した。


「そのくらい知ってるわよ。ただ、買えないのよっ」


「金が無いのか? それでよく譲ってほしいなんて言えたな」

 

 鼻で笑われたベリーは、イラついた気持ちを隠して微笑んだ。


「お金はあるのよ。私はその馬がいいの」

 牧場なんて行けない。絶対、屋敷の手がまわっている。


「悪いけど売る気はないよ。俺にもこの子は必要でね。長旅になりそうだからね」


「この先に行くの? じゃあ、王宮のある大きな街まで乗せて行ってくれないかしら?」

 

 この際、ぜいたくは言えない。誰だか知らない人について行ってはいけないと、アンやイリオから何度も言われていたけど。


「ふうーん。ブレイズリーまでねぇ。いいけどさ。自分が売られることとか考えないんだ?」


「売られるの? 私」

「…………」

 

 意地悪そうに言った少年の顔が、呆気にとられていた。


「乗れば?」

 颯爽と馬にまたがり、後ろを親指で示す。


「ありがとう」

 

 ベリーは、あきらめた少年の後ろにしがみつく形に驚きはしたが、とりあえず街まで行ける目処がついたのでホッとしていた。


「私、ベリーっていうの。あなたは?」

「……ランディ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る