第35話

 カチャカチャと食器が触れ合う音が隣で響く。水希がデザートに頼んだプリンも間もなく食べ終わりそうだ。


「――そうだったんだね」


 柚希の話を聞き終わったミユが息を吐きながら呟いた。柚希は神妙な面持ちで「ほんとに、ごめんなさい」と頭を下げる。


「なんだよ、それ」


 パピが険しい表情で言う。


「もう覚えてないんだ? 一緒に遊んだこと」

「……ちょっとだけ覚えてるんだけど」

「ちょっとか」


 知砂が悲しそうに顔を俯かせる。時雨たちの座るテーブル席では、ただ水希がプリンを食べる食器の音だけが響いていた。


「ひとつ確認したいんだけど」


 ミユが軽く手を挙げながら口を開いた。柚希が視線を向けると「去年の年末くらいだったかな。カフェで待ち合わせしたよね? そのときに来たのは?」と聞いた。


「あー、それわたし」


 満足そうにスプーンを置きながら水希が口を開いた。彼女はミユからパピ、そして知砂へと視線を向けながら「ここ一年で三人の前に現れたの、多分ほとんど全部わたし」と続けた。


「柚希、病院と家の往復しかしてない引きこもりだったし」

「……じゃあ、わたしが声かけたのに無視したのも?」


 パピが水希を睨みながら言う。


「わたしだねー。ちなみに無視したわけじゃなくて、どう返事をしようかなぁと考えてたら通り過ぎてただけ」


 パピが眉を寄せて舌打ちをする。その様子を見ながら今度は知砂が口を開いた。


「ゲーセンでたまに見かけてたのは」

「それもわたし」

「なんで?」

「んー、偶然」


 水希はわずかに視線を逸らしながら言った。どうやら様子を見に行っていたということは内緒にしておきたいようだ。たしかに言ったところで知砂たちの機嫌が良くなるわけでもないだろう。続いて口を開いたのはミユだ。


「じゃあ、病院で見かけてたのは?」

「あー、それは……。半分わたしで半分柚希かな。たぶん」


 水希は首を傾げながら軽く笑った。


「病院はわたしも柚希を迎えに行くのによく行ってたし」


 ミユ、パピ、知砂はそれぞれ顔を見合わせ、そして脱力したように深くため息を吐いた。


「……あの、ごめんね? ほんとに」

「あー、謝らないでいいよ。つか、何回謝るつもり?」


 パピが軽く手を振りながら言った。その顔には呆れたような笑みが浮かんでいる。彼女は「まあ、腹が立たないっていったらウソだけどさ」と続けた。


「でも、それはユズがそんな大変な目に遭ってるのに一言も相談してくれなかったことに対してだから」

「え……?」

「それと、そんなユズのことを疑ってた自分にも腹が立つ」


 知砂がムスッとした表情で言う。


「ユズ、友達だって言ってくれたのに。わたしはそれを信じられてなかった」

「でも相談しなかったのはわたしだから」

「そうだね。だからユズが悪い」

「どっちだよ、優柔かよ」

「うるさい、パピ」

「まあまあまあ」


 ミユは二人を宥めながら「でも、こうして戻って来てくれたじゃない」と微笑んだ。


「普通はさ、ネットで繋がった縁ってすぐに切れるものなんでしょ? 所詮は他人。いてもいなくても構わない。そういう軽い存在」

「それは……」

「まあ」


 思い当たることがあったのだろう。パピと知砂は複雑そうな表情で頷く。ミユは笑みを浮かべたまま「それでも、こうして戻って来てくれた。会おうって言ってくれた。みんなもこうしてここに来てる。ステキなことだね」と嬉しそうに言った。

 パピと知砂は顔を見合わせ、そしてバツが悪そうな表情を浮かべながら揃ってジュースを飲み干す。


「――それで?」


 やがて口を開いたのはパピだった。


「あんたはどうしたいの? ユズ」

「え……」

「長い間、まったく連絡しなかったあんたがこうやって現れて事情を説明して。それで? それからあんたはどうしたいの」

「わたしは……」


 柚希は少し迷うように視線を彷徨わせたが、やがて背筋を伸ばすと「友達になりたいなって思ってるんだけど!」と前のめりになりながら言った。その隣で水希が静かに微笑んだのがわかった。

 柚希は返事を待つように知砂たちを見つめていた。しかし知砂は眉を寄せて「は? 友達?」と低い声で言った。


「ユズ、それ本気で言ってる?」

「え?」

「今のままじゃ無理」

「だなー。わたしも知砂に賛成」

「え、ちょっと二人とも?」


 慌てるミユを無視して知砂とパピの視線は時雨に向いた。


「あんたはどう思うわけ?」

「え、わたし?」

「シグだってあんなにユズのこと心配してた。それはもうなかったことにしたわけ?」


 珍しくも息ぴったりな二人のコンビに詰め寄られ、時雨は少し身体を引いて苦笑する。


「わたしはもう別に。また会えたし、こうしてちゃんと話もできたし」

「ダメだね、シグは」

「うん。シグはダメダメ」

「えー……」


 時雨は苦笑するしかない。隣では柚希が泣きそうな顔でオロオロしているが、その隣の水希は変わらず微笑んだまま楽しそうにパピと知砂を見ていた。


「あの、どうしたら……」

「どうしたらって、そりゃね。知砂?」

「だね」


 二人は顔を見合わせて頷くと「遊びに行かないと」と声を揃えて真剣な表情を柚希に向けた。


「え、あ、うん。行こう。えっと、どこへ?」

「内緒」

「そう簡単に教えてもらえると思うなよ?」

「え、なんで……。ねえ、シグ」


 ついにどうしたらいいのかわからなくなったのだろう。柚希が助けを求めてきた。


「まあ、言う通りにしたらいいんじゃない? みんなで行こう。遊びに」

「それはわたしも行ってもいいやつ?」


 水希が楽しそうな表情で言う。


「別にいいけど?」

「まあ、別に」

「あ、じゃあわたしも一人連れて行ってもいい? どこ行くのかわからないけど車出せるよ?」


 ミユの言葉にパピが「おー、そりゃ助かる」と頷いた。きっと涼花を連れてくる気なのだろう。


「それじゃ、日程はまた連絡するから楽しみにしときなよ。ユズ」


 パピはそう言うと知砂とニヤリと笑い合った。なんとなく二人がやろうとしていることが想像できて時雨は思わず微笑んでしまう。しかし柚希は不安そうに視線を彷徨わせるばかりだった。

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