第14話

「――だから謝りたくてさ。まだわたしはユズちゃんに何もお返しができてない」


 ひとしきり話し終えて葉月は自嘲する。


「わたしは大人なのにね。全然余裕もなくてユズちゃんに頼りきりだった。だから今度はわたしが頼られたいのに……」


 それなのに今のユズは頼ってくれるどころか話もしてくれない。葉月は小さく息を吐くとシグに視線を向けた。


「だからわたしはユズちゃんの友達ってわけでもないんだ。どちらかというとお世話になった人、みたいな」

「……あの、彼女さんは」


 心配そうなシグの表情に葉月は笑みを向ける。


「大丈夫。もう意識も戻ってね。あと少しで退院できるんだってさ。今は絶賛リハビリ中」

「そうなんですか。良かった」


 そう言って微笑んだシグの姿がユズと重なる。

 彼女に涼花の意識が戻ったことを告げたのもこの場所だった。それからは忙しくなってあまり会えなくなったが、それでもSNSやLINEでのやりとりはそれなりに続いていた。

 涼花の意識が戻ってから二人で話し合い、彼女の両親には自分たちの関係を告げた。そして両親に受け入れてもらえたこともユズは自分のことのように喜んでくれた。それが今年の一月のこと。みんなで遊園地に遊びに行った直後だ。そのやりとりを最後にユズとは疎遠になってしまった。


「……ユズちゃんね、よくシグちゃんのこと話してたんだよ」


 連絡が取れなくなる直前まで彼女はよくシグのことを話していた。具体的に何を話していたというわけではない。ただ話題のどこかには必ずシグのことがあった。


「今度みんなで遊ぶときはシグちゃんの行きたいところにしようって言ってた」

「え、どうして……?」


 シグは怪訝そうに首を傾げた。


「遊園地に行ったときはシグちゃんの意見を聞くの忘れてたからって」

「……別にわたしはどこでもよかったのに」

「うん。でもきっと、シグちゃんのことを知りたかったんじゃないかな。ユズちゃんは」

「わたしのこと……。じゃあ、どうして」


 言ってシグは黙り込んでしまった。彼女の言いたいことは分かる。葉月はスマホを開いて既読になったメッセージを見つめる。送ったメッセージは時間はかかっても必ず既読になる。だが、返事はない。


「ユズ、何かの病気なんでしょうか。それで通院してるとか」

「どうだろう。わたしの前ではいつも元気だったから」


 元気そうに振る舞っていただけなのかもしれない。考えていると「もう、ここには来ないのかな」と寂しそうにシグが言った。


「……わからない」

「なんで聞かなかったんですか? ユズがどうして病院に来てるのか」

「……うん。ごめんね」


 返す言葉もない。聞かなかったのではない。聞こうという気持ちすらなかったのだ。あんなに励ましてくれた恩人が毎日のように病院に来ている理由を。


「ミユさんにとって、ユズは友達じゃないんですか?」


 葉月は顔を上げてシグを見る。彼女は無表情に葉月のことを見ていた。責めるわけでもなく、怒るわけでもない。ただ無感情に。


「どうなんだろうね」

「じゃあ、わたしたちは?」


 シグはわずかに首を傾げた。葉月は彼女を見つめ返して考える。そして申し訳なく思いながら笑みを浮かべる。


「ごめんね。わからないや……」

「そうですか」


 シグは俯きがちに頷くと立ち上がった。


「でも少なくともユズにとってミユさんは友達だったんじゃないかなってわたしは思います。ただの知り合い相手に、そんな親身になって励ましたりできないですよ」

「……そうだね」


 本当にその通りだと思う。葉月は目を伏せてスマホを握りしめた。


「あの、もしまたユズから連絡があったら――」

「うん。もちろんすぐにシグちゃんにも連絡するから」

「ありがとうございます。あ、ジュースごちそうさまでした」


 シグは軽く頭を下げるとその場から去って行く。その後ろ姿を見つめながら葉月は深く息を吐いた。

 葉月にとってのシグはどういう関係になるのだろう。知り合いか、友達か。あるいはただのSNSでの顔見知り。よくわからない。考えたこともなかった。同時にシグにとっての葉月はどういう関係なのだろう。

 ただの知り合いなら、こうして人との繋がりのことで諭してくれたりはしないだろう。かといって友達と思われているような気はしない。


「なんで凹んでるの?」


 ふいに声をかけられて顔を上げる。するとすぐ目の前に愛しい顔があった。

 葉月は自然と笑みを浮かべながら「涼花、なんでいるの?」と首を傾げて、さっきまでシグが座っていたところをポンポンと叩いた。涼花はそこに座ると「だって、もう病院着いたって連絡あったのに全然部屋にこないからさ」と少し頬を膨らませた。


「喉も渇いたし、ジュース買いがてら探しに来た」

「あ、ごめん。ジュース買ったよ。はい」

「――飲みかけじゃん。しかもぬるい」


 呆れた表情で言いながらも涼花は葉月が差し出したペットボトルを受け取ってごくごくと飲み始める。本当に喉が渇いてたようだ。


「で、どうしたの?」

「うん」


 葉月は涼花の肩に寄りかかりながら「人との関係って難しいなぁと思って」と呟く。


「ユズちゃんのこと?」

「それもあるけど、まあ、うん。そう」

「あんた、人並み以上に苦手だもんね。人との距離を縮めるの」

「涼花なら上手く関係も築けるんだろうね」

「まあね。でもいつか会わせてくれるんでしょ? 葉月のネットの友達に」


 うん、と頷いてから葉月は再びため息を吐いた。


 ――友達、か。


 涼花にとってユズやシグは葉月のネットの友達という位置づけのようだ。ネットの友達とリアルでの友達はどう違うのだろう。葉月は涼花の肩にもたれながらスマホを見る。


「気になるなら毎日でも送ればいいんだよ。内容なんてなんでもいいじゃん。そしたらウザくなって何か反応あるって」


 ぼんやりと画面を見つめていると何でもないことのように涼花が言った。葉月は思わず声を出して笑ってしまう。


「ブロックされたらどうすんの」

「少なくともちゃんと反応してくれたことを喜ぶ。SNSなら新しくアカウント作ってフォローしなおしちゃえばいいんだから」

「ウザいなぁ、それ」


 葉月は笑いながら「でも、うん」と頷いた。


「そうしようかな」


 ――きっとそうしないと、お礼すらも言えないまま関係が途切れてしまうから。


「なんて送ろうかな……」


 呟きながらメッセージを打ち始める。そうだ。シグにもメッセージを送ろう。涼花の言う通り内容なんて何でもいい。SNSで、ユズのおかげで繋がれた縁を無駄になんてしたくない。


「――友達になれたらいいな」

「なれるよ、絶対。葉月がそうなりたいって思うのなら」


 根拠もない涼花の言葉は力強い。葉月は笑って「そうだね」と頷いた。

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