第7話

 友達とはそんな簡単にできるものなのだろうか。一緒に遊べば友達。一緒にいて楽しければ友達。とてもそうは思えない。小学校の頃はみんなで遊ぼうと誘われたこともあった。それに付き合って遊びに行ったりもした。だが、結局はそれまでの関係だった。教室ではいつも一人。

 SNSのフォロワーとも、よくやりとりをしていた子と会ったことがある。その子とはファストフード店で一時間ほど会話をしてそれきりだ。SNS上でのやりとりすらなくなってしまった。その原因が自分にあることはよく分かっている。自分のリアルでの態度は他人を不快にさせる。よく、分かっているのだ。


「――上手く話せないのに」

「んー。なに?」


 気の利いた言葉が言えない。皮肉めいた口調でしか話せない。いつからそうなったのか。

 祖母がいなくなってからだろうか。祖母がいた頃は祖母が知砂の言葉を柔らかくしてくれていた。知砂のことをちゃんと見てくれる祖母がいてくれたから知砂もそれに応えようと頑張った。だが、祖母がいなくなって誰も知砂の言葉を聞いてくれなくなった。何をしても他人を不快にさせるだけ。

 それでも目の前の彼女はそんな知砂のことを友達だと言ってくれる。一緒にいて楽しいと。それを信じてみてもいいのだろうか。

 自分の気持ちを伝えてみてもいいのだろうか。


「わたしも――」

「あーっ! また落とした! すっげムカつくんだけど!」

「……ユズってけっこう口悪いよね」

「知砂にだけは言われたくない! てか、イラッとした! もっかいやる!」

「今日はこの機体にいくら貢ぐのかなー」

「うっさい! 見てろ! 次こそは――」

「ユズ、それ百円玉じゃなくてゲームのコイン」

「あー、もう! 間違えた!」

「はい百円」

「あとで返す!」


 ムキになってゲームに挑むユズの姿を見るのが好きだった。たまにその怒りの矛先が知砂に向かってきたりもしたが、それでも知砂が景品をとってやると声を上げて喜んでくれた。その頃のことを思い出すと楽しくて、とても幸せな気持ちになれる。

 知砂は微笑みながら「ユズ、UFOキャッチャー好きなくせに全然上達しなかったんだよね」とシグに言う。


「そうだったんですか。まあ、なんとなく予想はつきますけど」

「どんな?」

「すごくムキになってそう」


 シグの答えに知砂はククッと笑って「正解」と答えた。そしてもう一度プレイしようと硬貨を投入する。


「でも、楽しそうだった……」


 アームは目指した位置に到達し、イメージ通りにぬいぐるみのタグに引っかかる。そして安定した動きでぬいぐるみを運んできた。


「おお! たった二回ですごい!」


 知砂はぬいぐるみを取り出すと素直に驚いているシグにそれを押しつける。


「え?」

「あげる」

「え、でも知砂さんが取ったものだし」

「わたしいらないから」

「そうなんですか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 遠慮がちに言いながらもシグは嬉しそうにぬいぐるみを抱きしめている。


「あ、でもやっぱり悪いんでジュース奢りますよ。じつは喉渇いてて。ここまで走ってきたから」

「なんだ。やっぱり普通に遅刻だったんじゃん」


 知砂が言うとシグはハッとした表情を浮かべて「すみません」と小さく呟いた。


「ま、いいけど。わたしコーラ」

「ああ、はい。じゃ、さっきのベンチで待っててください。すぐ買ってきますから」


 言うが早いかシグはぬいぐるみを抱きかかえたまま走って行ってしまった。ジュースを買うのに邪魔になるだろうにと呆れながらその背中を見送る。

 どうやら彼女は思い立ったらそのまま突っ走っていってしまうようだ。深く考えるタイプではないのかもしれない。


「……やっぱりちょっと似てる。陽キャじゃないけど」


 笑みを浮かべながら知砂はベンチへ戻る。

 彼女は少しだけユズと似ているのだ。服のセンスはユズの方がいいし、顔立ちだってユズの方が美人だ。性格だってユズとはまるで違う。しかしなぜだろう。彼女から感じる雰囲気は少しだけユズに似ていた。

 同時に彼女は自分とも似ているような気がした。あの自分に自信がなさそうな表情や口調は心の奥底に閉じ込めた自分と同じ。言いたいことを言えない自分を見ているようで少し苛立ちも覚える。


 ――わたしも。


 あのとき彼女のように言えばよかったのだ。ユズは友達だ、と。それなのに言い出せなかったのは勇気がなかったから。

 あれから何度もそう言えるチャンスはあった。それなのに言えなかったのは……。


「お待たせしました」


 ベンチに座って数分も経たないうちにシグは走って戻って来た。胸にぬいぐるみを抱いたまま器用に両手にペットボトルを持っている。


「……走ったの?」

「はい。ちょっとこの持ち方、キツくて」

「炭酸買ったのに?」

「あ、大丈夫です。振ってませんよ」


 たぶん、と小さく付け足して彼女は言う。知砂は深くため息を吐いてコーラのペットボトルを受け取ると、その先端をシグの方に向けてキャップに手をかける。


「え、ちょ! 待ってください!」

「振ってないんでしょ?」

「いや、でも――」


 プシュッと大きな音を立てて蓋が開く。内部でブワッと泡が沸き上がったが溢れることなく消えていった。

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