第6話

「いえ、あまり」

「ふーん」

「知砂さんはよく来るんですか?」

「よく来てた」


 移動しながら知砂は答える。その隣に追いついてきたシグは「来てたって、過去形ですか」と不思議そうな表情を浮かべている。知砂はそれには答えず、前方に見えてきたUFOキャッチャーを指差す。


「あれやろ」

「あ、はい」

「シグ、先にやる?」

「ああ、いえ。わたしやったことなくて。とりあえず見学してます」

「そう」


 知砂は頷くと財布を取り出して硬貨を入れる。景品は最近流行っている、ゆるアニメのキャラクターのぬいぐるみだ。


「……ユズ、UFOキャッチャー好きだったんだよね」


 平和でのんびりとした音楽と共に動いていくアームの位置を調整しながら知砂は呟く。


「ユズと一緒に来てたんですか」

「うん。ここでよく会ってた」

「ユズってゲーム上手だったんですか?」


 シグの質問に知砂は思わず息を吐いて笑った。


「ぜんぜん。ものすっごい下手だった」


 笑ったせいでアームの位置がずれてしまった。アームはぬいぐるみを掠めて宙を掴み、戻っていく。


『あー、またスカッた!』


 耳の奥でそんな悔しそうな言葉が聞こえて知砂はさらに笑みを深める。

 ユズと初めて会ったのは、あの一方的なメッセージを送りつけた日の翌日。彼女は当然のようにここに現れて何も本人だとわかるヒントも与えていないのに知砂を見つけ出した。


 ――あんな一方的な要求を真に受けるなんてどうかしてる。


 知砂のことを見つけて嬉しそうだったユズへの第一声がそれだった。しかしユズは「約束は守らないとダメでしょ」と笑った。

 その後は会話をしながらゲームで遊び、小遣いを使い果たしてお互いに苦笑しながら帰った。まるで友達みたいに。

 不思議だった。きっと知砂はSNSでのやりとりのように上手く会話はできていなかったはず。気の利いた言葉だって返せていなかったはず。もしかすると嫌味しか言ってなかったかもしれない。それでもユズは楽しそうに笑って遊んでくれた。

 もしかすると彼女が物事をあまり深く考えないタイプだったのかもしれない。しかし、そんな彼女と過ごした時間が生まれて初めて誰かと一緒にいて楽しいと思える時間だったことは確かだ。きっとこれが生きているということなのだろうと実感ができた。

 それからはユズから誘われたり、知砂から誘ったりして月に二度ほどこのゲームセンターで会うようになっていた。

 どこに住んでいるのか聞いたことはない。家族のことも聞いたことがない。それどころか彼女が何歳なのかということも聞いたことはなかったし、ユズもまた聞いてくることはなかった。


「ねえ、知砂! あれ取ってよ!」

「え、やだ。ユズ、自分で取らないと意味ないって前に言ってたじゃん」

「そうなんだけど全然取れないんだもん! 金欠のわたしに、あといくら貢げと?」

「言い方……」


 呆れながら知砂はため息を吐き、そして「しょうがないな」と硬貨を入れてユズが欲しがっていたぬいぐるみを取ってやる。ユズが自力でいい位置まで移動させたのだ。あと一息で取れる。そういうところでいつもユズは知砂に取ってくれと泣きついてくる。それが本心からの願いだったのか、それとも知砂への気遣いだったのか今となってはわからない。


「ねー、知砂。学校の友達とは来ないの?」


 何度目かに会ったとき、ユズはUFOキャッチャーで苦戦しながらそんなことを聞いてきた。


「来ない」

「なんで?」


 まだプレイ中だというのにユズはボタンから手を離して知砂を見た。アームは何もない位置で止まり、何もない場所を掴んで戻ってくる。


「もったいない」


 思わず呟いた知砂の言葉を無視してユズは「遊ばないの? 友達と」と続けた。


「……いない」

「あー、ぼっちか」


 痛いところを突かれ、知砂は「そっちこそ!」とユズを睨む。


「こんなわたしと遊んでるんだから友達いないんじゃないの?」

「そうだよー」


 恥じるわけでもなく怒るわけでもなく彼女は言った。


「だからここにいるんだけど?」

「……嘘つき」

「え、なにが」

「ユズ、どう見ても陽キャじゃん。学校とかでも友達多いタイプ」

「えー、そう見える?」


 彼女はなぜか少し困ったような笑みを浮かべた。そして「まあ、そう見えるか」と頷く。


「いや、見えるも何もそうでしょ」


 しかしユズは「そうかもねー」と肯定とも否定ともとれない返事をしてくる。彼女はUFOキャッチャーに硬貨を入れてアームを動かしながら「陽キャだからって友達が多いとは限らないんじゃないかな」と言った。


「陽キャでぼっちな人は見たことがない。そもそも陽キャがぼっちだったら、それはもう陽キャじゃない」


 知砂が言うと彼女は「たしかに」と笑う。アームは動き続けたままだ。何に狙いを定めているのかもわからない。もうすぐ制限時間が過ぎてしまう。


「でもさ、人は変わるでしょ。陽キャだった人が陰キャになったとき、その人の友達だった人たちはそれでも友達でいてくれるのかな」


 制限時間が過ぎてアームは何もない場所で空気を掴んで戻っていく。ユズはそのアームの動きを見つめていた。彼女らしくもない空虚な瞳で。


「ユズ……?」


 そんな彼女の表情を見るのは初めてで何か言ってはいけないことを言ってしまったのだろうかと不安になる。だが、すぐに彼女はニッと笑みを浮かべた。


「まあ、わたしが陽キャってのは間違いないか。友達いないけどいるし」

「はあ?」


 知砂が眉を寄せると彼女は「そこにいるじゃん。わたしの友達」と知砂の方を指差した。知砂は後ろを振り返る。だが、そこには誰もいない。


「いや、どんな王道ボケしてんのよ」

「誰がボケたの。ユズ?」

「……マジで言ってる?」

「は?」

「え?」


 二人の視線が合い、そして一瞬の沈黙の後に知砂は自分のことを言われたのだと理解した。知砂はさらに眉を寄せる。


「本気で言ってんの? わたし、他人じゃん。ユズの本名も知らないし」

「え、でも一緒に遊んでるじゃん。何度も」

「だから?」

「友達じゃん」


 その理屈が一般的なのだろうかと一瞬考える。普通に考えて、友達とは少なくとも互いの本名くらい知っているものではないだろうか。それとも自分の常識が間違っているのか。首を傾げて考えているとユズは「知砂とは」と続けた。


「何度も一緒に遊んでるし、一緒にいて楽しいから友達」


 彼女は無邪気にそう言って笑うと再びUFOキャッチャーに硬貨を入れた。そんな彼女を見つめながら知砂は言うべき言葉を探す。

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