第4話

翌朝、時雨は誰もいない食卓で朝食を取っていた。父は単身赴任中でいない。母は夜勤だったので帰宅するのは十時前くらいだろう。

 静かな家。時雨が小学生だった頃は父も家にいて賑やかだった。それがこんなにも静かになったのは時雨が中学に上がった頃。母が仕事に復帰してからだ。

 決して家族仲が悪いわけではない。ただ時雨が幼い頃と比べて環境が変わり、日常がすれ違っているだけ。


「……いってきます」


 食事を終え、誰もいない家に呟いてから玄関を出る。マンションからバス停へ向かう途中、良い香りが漂ってきた。どこかの家で家族仲良く朝食を取っているのかもしれない。楽しくお喋りなんてしながら。少しの苛立ちと羨ましさが沸き起こっては消えていく。

 何を期待したところで自分の今の生活が変わるわけでもない。学校へ行っても放課後まで一人で過ごす。入学した最初の一ヶ月で友達作りに失敗すれば高校生活の三年間に影響する。話しかければ誰でも笑顔で会話をしてくれるが用件が終わればそれまでだ。会話は続かない。今日も一人で昼食を終え、ぼんやりと動画を見ながら昼休憩が終わるの待つ。

 学校で孤立しているのかと言われるとそうでもないと言えるし、そうだとも言える。SNSの中で友人を求めても相手は結局知らない他人だ。


 ――仲良くなれたと思ったのに。


 ユズとだけは仲良くなれた。そう思っていたのに彼女は消えてしまった。結局、時雨はリアルでもネットでも居場所がないまま。

 きっともうあのメンバーと会うこともないのだろう。それどころかユズが戻ってこない限り、誰も時雨に関心など持たないだろう。

 そう思っていたそのとき、スマホの画面にDMの通知が表示された。相手の名前を見て時雨は少し目を見開く。


 ――知砂さん?


 そういえば昨日、リプを送ったきりだった。その返事をわざわざDMでしてくれたのだろうか。不思議に思いながらメッセージを開く。


『わたしが降りた駅にあるゲーセン、知ってる?』


 昨日のリプに対する返信ではない。その唐突な質問はSNSでの彼女らしくはない。しかしリアルでの彼女らしい言葉だ。


「ゲーセン……」


 呟きながら記憶を探ってみる。知砂が降りた駅には何度か行ったことがある。たしか駅ビルの最上階フロアがゲームセンターになっていたような気がする。


『駅ビルにあるやつですよね? 行ったことはないですけど』

『明日、十時。UFOキャッチャーコーナー横のベンチ』

『え、待ち合わせってことですか?』


 しかしそれきり返信はなかった。こちらの都合も聞かない一方的な約束だ。時雨はため息を吐いてスマホを収めると窓の外に視線を向けた。

 天気は下り坂のようだ。朝は晴天だった空がどんよりとした雲に覆われている。


 ――よくわからないな。


 知砂の言動はよくわからない。

 SNS上では愛想が良く、会話を盛り上げることのできる人気者。アップする画像も綺麗な風景や美味しそうなスイーツ、とくに風景の画像はとてもスマホで撮ったとは思えないほど綺麗でセンスのあるものばかりですごいと思っていた。しかし実際に会った彼女はそのイメージとは正反対だ。自分と少し似ているような気がする。同時にまるで気が合いそうにないとも思う。


 ――どうして。


 もしかして一緒に遊びたいのだろうか。だが、こんな自分と遊んだところで楽しいとは思えない。

考えていると予鈴がなった。教室の空気が緩やかに動き出す。


 ――もう少し話をしてみたらわかるのかな。


 SNSとは違う彼女のことを。どうして時雨と会う気になったのかということも。そして彼女がユズと会いたいと思う理由も。

 考えながら時雨は電車の時間を調べ始めた。

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