シグと知砂
第2話
外に出ると冷たい空気が身体を包み込む。十一月でもさすがに深夜になると気温は低い。
「寒いねー。みんなはどうやって帰るの?」
ミユがリュックから何やら分厚い手袋を取り出しながら言った。
「わたしはタクシー拾う。電車とかダルいし。じゃ、お疲れ」
パピはそう言うとさっさとタクシー乗り場に行ってしまった。高校生がそう気軽にタクシーに乗れるものだろうか。少なくとも時雨は一人で乗ったことはないが。そんなことを思っていると「二人はどうする?」とミユが言った。時雨は知砂に視線を向ける。彼女は「電車」と短く答えた。
「あ、わたしも電車で」
「そっか。じゃあ終電も近いから早く行かないとね」
「ミユさんは?」
「あー、わたしはアレで」
彼女はそう言うとファミレスの駐輪場を指差した。そこには大きな黒いバイクが停められている。
「バイク乗るんですね」
「似合わないよねー」
ミユは苦笑いを浮かべる。時雨は慌てて「いえ、そういうことじゃなくて」と手を振った。
「周りに乗ってる人いなくて珍しかっただけで」
「……そうだね。わたしもそうだったな」
ミユはバイクを見つめながら呟くと「じゃあ、寒いし風邪引かないようにね」と時雨と知砂に手を振って駐輪場へ向かっていく。
「シグ」
「はい?」
「どっち方面? 電車」
言いながら知砂が駅へと歩き出したので時雨もその隣に並ぶ。
「下りですね」
「そう。わたしも」
それきり会話もなく二人は駅へと歩く。そうしながら時雨は心の中でため息を吐いた。
――居心地が悪い。
隣を歩く知砂に視線を向ける。彼女とリアルで会ったのはこれで二回目だ。以前は彼女も今のような無表情ではなく笑顔を見せていたような気がする。
パピ、知砂、ミユ、そして時雨。本名は知らない。どこに住んでいるのかも学校も職業も、何も知らないSNSでの知り合いだ。時雨のアカウント名はシグ。SNSでの自分はフォロワーも少なく、ただ日常の愚痴を呟く程度のちっぽけな存在。そんな自分と知砂たち三人を引き合わせたのはユズだった。
「……なんで来なかったのかな、ユズ」
改札への階段を上りながら知砂がスマホを見つめたまま呟く。時雨は答える言葉も見つからず、無言のまま改札を通り抜けた。
ユズというアカウントをいつフォローしたのか覚えてはいない。いつの間にかリプを送り合うようになり、いつの間にか会う約束をして初めてリアルで会ったのは去年の九月だっただろうか。
ユズは時雨と同い年の少女だった。SNS上での彼女のイメージそのままの明るくて優しくて可愛い子だった。そんな彼女のフォロワーであったパピ、知砂、ミユの三人ともいつしかやりとりするようになり、話が盛り上がってみんなで遊びに行ったことがある。それは彼女と初めて会ってから四ヶ月後のこと。
遊園地に遊びに行って、あのファミレスで夕飯を食べてから解散した。全員が楽しそうな笑みで「またね」と手を振っていたのを覚えている。しかし、それきり彼女はSNSから姿を消した。
理由はわからない。ポストもない。リプを送っても反応はない。もちろんリアルで会うこともない。そんな状況で彼女から突然DMが届いたのだ。みんなで会わないか、と。しかし彼女は来なかった。
所詮はネットでの繋がり。繋がるきっかけが軽ければ縁が切れるのも呆気ないものだろう。しかしあんなに楽しそうに笑っていたユズが何も言わず縁を切るとは思えない。だからこそ、急な彼女の言葉にみんな集まったのだ。
――それなのに。
「……なんでなんだろうね」
ホームで電車を待ちながら時雨は呟く。隣で知砂が不思議そうに顔を上げたのがわかったが、すぐに興味を失ったのかスマホに視線を戻した。彼女の画面にはSNSのタイムラインが表示されている。
「知砂さん、フォロワーさん多いですよね」
「シグが少なすぎるだけ」
「それは否定できないですけど」
それにしても一般人のアカウントで数千のフォロワーがいるのは凄いと思う。
「何をしたらフォロワーって増えるんですか?」
「適当にリプ送って会話でもしとけば増えるでしょ」
「適当に……」
それが時雨にとっては難易度が高い。しかしたしかに知砂はSNS上では饒舌で、自ら会話を進めて楽しむタイプに見えた。ところが実際の彼女は無愛想で口下手。初めて会ったときはイメージと違いすぎて驚いたものだ。
「なに」
じっと見つめていたことに気づいたのか、知砂は不愉快そうに眉を寄せた。時雨は「いえ、なんでも」と笑って誤魔化す。ちょうどそのときホームに電車が滑り込んできた。車内は暖房が効いており、冷えた身体が再び温度を取り戻していく。
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