第6話:VSワイバーン(再)
「――おおゆうしゃよ! しんでしまうとはなさけない!」
「……え?」
気が付くと、謎の座席に座らされていた。目の前には机。横にはツキコさん。……いや、なんで?
「はい! というわけで壮絶な死を迎えたレオンさん。いかがでしたか!?」
「え? ええと。……いや、判断ミスしましたね……これ何?」
よく見ると正面にカメラがある。あれ? ボス戦の開始時点に戻されるのでは? 何だろうこの個室。
「ちょっとレオンさんの戦いだけだと見てて疲れるかなーと思いまして、急遽リスポーン地点を変更してもらいました。毎回振り返りを少し挟もうかと。なので配信中です。レオンさんの枠なので、発言にはご注意を」
「なるほど……」
個人的には緊張感が途切れるというのはあるが、精神的に追い詰められなくて済む側面もあるかもしれない。
「で、続きですがお腹に穴開けられてましたねぇ。何がミスだったんです?」
「腕を惜しんで毒が全身に回ってしまいました。即座に切り捨てるべきだった」
判断の遅さが悔やまれる。だが、片腕での勝利はかなり難易度が高かっただろう。
「うーんモザイク案件。で、実際勝機はありそうなんですか?」
「まぁ、刃は通るし急所はあるんで。絶対に殺せます。近接戦闘を仕掛けてくるわけだし」
結局は、タイミングだ。剣を当てるチャンスがあるのなら勝機はある。
「さすがですね。作戦とか、あるんですか?」
「――まぁ、見ていてください。次は勝ちます。勝つだけなら、そんなに難しくはない」
そう宣言し、俺はボスとの戦闘へと向かう。『リトライダンジョン』の仕組みは理解した。冒険者に大事なのは、状況に合わせた戦術と戦略。――さぁ、俺の『Vtuber』としての力を見せてやろう。
◆◇◆◇◆◇
配信部屋を出るとすぐにボス戦だ。敵を視認する前に一旦壁を背にする。
すぐに上空からの殺気を感じる。ワイバーンだ。
「リベンジだ。――来いよ羽トカゲ」
こちらの声が聞こえたわけではないだろうが、ワイバーンがこちらを睨みつけた。竜のように高い知性はないが、気配には敏感だ。
この後の戦い方をシミュレーションする。――この『リトライダンジョン』は現在冒険者の訓練用に使われているということだったが、有用さと共に危うい側面もあると思う。
本来戦いにおいて、傷を負えばすぐには治らず、命を失えばそれで終わりだ。
代償を前提とした戦術は、未来と引き換えになる可能性がある。だがこのダンジョンにおいては元に戻る。つまり、命や傷に対するリスクの価値観を変えてしまいかねない。──天秤が、おかしくなってしまうのだ。
「結果的に、強さには繋がるかもしれないけどな」
傷や命を感情に入れなければ、取りうる選択肢は増える。少なくとも、勝率は上がるだろう。生存率は、下がるかもしれないが。
「──とはいえ、今の俺はそれを最大限利用させてもらう立場だ」
この場において、俺は剣士であり、配信者でもある。大事なのはエンターテイメント、すなわち勝利。自らの夢のため、使えるものはなんでも使わせてもらおう。
「結局のところ、剣を振るう手と、それを操る頭さえあれば、勝てるんだよな」
呟くと、上を見上げる。ワイバーンが降りてくる。爪で牽制の後、本命の毒針を刺してくるはず。盾でもあれば選択肢は増えるが、今できることは多くない。
「■■■■――――!!!!」
ワイバーンが咆哮する。壁を背にしたため攻撃される方向は絞られた。足に魔力を込め──跳ぶ。
ワイバーンとしても向かってくることは予想外だったのか、攻撃がワンテンポ遅れた。振るわれた爪を剣で受け止め、俺は笑う。
魔力が全身に巡っている。強化された各種器官が体感速度を遅延させる。空から落ちる刹那が無限のように引き延ばされた。
ワイバーンは切り札である毒針をこちらに突き刺そうとする。想定通り。体で受ければ即死。ならば盾を。
左手を毒針に叩きつける。ずぶり、と針が潜り込む感触。しっかりと手に突き刺さったことを確認し、俺は左手で毒針を決して離さないように握りしめた。間髪入れず、左腕を根本から切り落とす。赤い血のような魔力が断面から噴き出した。
「コレで、毒針は封じた」
こちらの狂気じみた行動にワイバーンの瞳に一瞬恐怖が宿る。どうも、野生動物よりは賢いらしい。
「終わりだ」
左手を切断したその勢いのまま、俺の剣がワイバーンの首へと迫る。だが、さすがにそのまま食らうようなことはなかった。風の魔術を使ったのか、ワイバーンが後方に向け移動し、剣は空を切った。もう俺の滞空時間はない。落ちる。その、寸前に。
「なら――奥の手だ」
体に込められた魔力を――自らの後方へ向け爆発させる。高く跳躍する手段の応用。ただ、制御も効かないうえ自身もダメージを受けるので基本的には使わない。
吹き飛ばされた身体はその勢いのままワイバーンへと突進する。さすがにワイバーンも急なことで反応が遅れた。剣を脳天に向け思い切り振り降ろし、込めた魔力を開放した。
ワイバーンの頭が吹き飛ぶ。同時に、俺も吹き飛ばされ、地面に向けて落下した。魔力の爆破の影響で、俺の身体はボロボロなうえ、左手はない。なすすべもなく足から地面に落下した。
「くそ……着地用の魔力がもう残ってなかった」
今ので足もボロボロだ。五体で満足な部位はない。まさに満身創痍。正直、実戦だったら相打ちに近い。
「――でも、このルールなら、勝ちだろ」
剣を支えに、破損した足を引きずりながら、階段へと向かう。魔力もほぼ空っぽで、正直このまま倒れてしまいたいくらいだ。でも。
「……見てる人がいるから。頑張らないと」
決して多くはないだろう。応援してくれているかもわからない。怖がられてさえいるかもしれない。
「――どうだった? みんな。全然、カッコ良くはなかったと思うけど、ボロボロだけど。それなりに頑張ってみたぞ」
どこにあるかもわからないカメラに届くように、声を上げた。
その瞬間――俺の真上に、魔力で作られたと思われる画面が現れた。そこには――。
『すごかった!』
『正直ちょっと怖かったわ』
『魔力の爆発すごいな。アレ便利だわやり方知りたい』
『配信者だから大したことないかと思ったけどやるじゃん。経験者?』
『おめでとー』
コメントという形で、様々な声が、届けられていた。
「――こんなに、見ててくれたんだな。ありがとう。ごめんな、ちょっとグロかったろ」
正直、驚いた。こんなに声を掛けてくれる人がいるなんて、思わなかったから。
『ちゃんと処理されてるから大丈夫』
『冒険者ならまぁこのくらい見るしな』
『正直何してたかわからんから振り返りしてほしい』
「そうだな。階段降りたら、ツキコさんいるかな? そしたらちょっと、振り返り、しようか」
――戦いは、孤独なものだと思っていた。
冒険者仲間はいたが、基本的には自分のために戦っていた。
でも、この配信というのは、見てる人を楽しませる。そういった、新しい喜びがあるんだな。
戦いを褒めてくれる人がいる。
教えを望む人がいる。
勝利を祝ってくれる人がいる。
その喜びは、今までになかったものだ。
ようやく、実感した。これが、『Vtuber』なんだと。
「――あぁ、楽しいな。配信」
そう呟き、歩を進める。先ほどより心なしか、足取りは軽かった。
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