隻腕の剣士はVtuberとして英雄になる

里予木一

第1話:新たな人生

 ――人生の殆どを、剣に費やしてきた。


 天才と呼ばれるほどではなかったけれど、それでもこれからも剣に生き、多くの人を救うのだ。そう思っていた。


 そんな人生設計が崩れたのは一年前。冒険中の不慮の事故で利き腕を失った、その日のこと。


 あのときの絶望は、今でも心に残り続けている。


 右腕の肘から先を失って、さらに右足にも後遺症があり全力では走れない。顔にも残る傷を負った。それくらい、大きな怪我だった。


 命が助かって良かったと周りからは声を掛けられたが、失われた右手を見るたび、いっそ死んでいれば良かったと思う時さえある。


 一応、冒険者には保険というものがある。不慮の事故で仕事が続けられなくなったとき、命を落とした時に自身や家族にお金が入る仕組みだ。


 ただ、まだ未熟な俺に高額な保険に入る余裕があるわけもなく、入院代、治療費の補填で入ったお金は全てなくなってしまった。


 残ったのは、手足がまともに動かない、剣しか脳のない二十代の男だけ。


 読み書きくらいはできるが、利き腕がないから書類仕事もままならない。肉体労働なんてほぼ不可能で。


 冒険者協会からお情けで紹介された、本当に簡単な作業や街の掃除なんかをして、本当に少しのお金を稼ぎ、日々をなんとか生き延びている。


 片腕で必死にゴミを集め、汚れを拭き、引きずる足で集めたゴミを運んだ。休憩時間、地面に座り込み、街を歩く人々を眺める。


 楽しそうに両手を両親と繋ぎ歩く少女。仲睦まじく腕を組むカップル。物々しい装備に身を包み、仲間と笑い合う冒険者。


 全てが眩しい。


 ずっと、後悔し続けている。怪我を負ったのは自分の未熟さが原因だ。それでも、もう少し何か選択を間違えなければ。毎晩、そんな夢を見る。


 この世界には魔術がある。そして魔法がある。腕の再生を含めた傷を完治させること自体は、不可能ではない。だが、莫大なお金か強いコネがいる。どちらも俺にはないものだ。


 いっそ、山にでも向かい、魔物か獣に殺されてしまおうか。そんな発想が浮かんだとき、足元に、一枚の紙が落ちてきた。そこに大きく書かれていたのは。


「……なりたい自分で、生きていこう」


 そんな、妄言。


「宗教かなんかの勧誘か……?」


 呟き、チラシをめくる。裏には、『Vtuberオーディション開催! なりたい自分がある人は履歴書を持ってここに来てください』。という文言と共に、簡単な地図が書いてある。


「Vtuber? よくわからないけど……近所だな」


 なりたい自分。戻りたい自分。もちろんそれは明確に存在する。わかっている。こんなもの完全なる嘘で、期待を持っても騙されるだけで、絶望を突きつけられるだけで。……でも。


「動かなかったら、何も変わらない」


 死を選ぶのは、もう少し後でもできる。きっとこの生活を続ければ、肉体と精神は衰え、生きているとは言えない状況になるだろう。だから、せめて今。引きずりながらでも、足が動く、今。何かを、変えなければ。


「……行ってみよう。詐欺だったら、冒険者協会に通報したら報酬くらい貰えるかもしれないし」


 俺はその日の掃除をやり終えると、本当に少ない手持ちで、履歴書を買った。冒険者時代に使っていたボロボロのペンを使い、慣れない左手で書類を埋めていく。書けることは多くない。今までの人生、何をやってきたんだろうな、と少し落ち込んだ。でも。


「まだ、手のひら、固いんだな」


 ペンを持ちなれない、ゴツゴツとした左手の平をじっと見る。幼い頃、父の姿を真似て、大きな剣を握った日を思い出す。あの時感じた感動を胸に、剣を振るい続けてきた。


「……いやだ、終わらせたくない」


 才があったかと言われるとわからない。でもずっと、楽しかった。生きる喜びだった。失われてからもずっと、夢に見る。それがもし、もう一度手に入る機会があるのなら。新たな夢が見られるのなら。


「――どんなことだって、やってやる」


◆◇◆◇◆◇


 俺は翌日、チラシに書かれた地図の場所を訪れていた。


 別に綺麗ではない、三階建てくらいのやや年季の入った縦長の四角い建物だ。この町は異世界からの文化流入が多く、建築様式も他の町とは異なっている。


 建物に入り、受付にチラシを見せて履歴書を渡す。小さな部屋で少し待たされた後、奥の部屋に通された。ぽつんと置かれた椅子に座り、面接の開始を待つ。


 ガチャリ、とドアが開き入ってきたのは、黒い服に身を包んだ黒髪の少女だった。手には俺の書いたものであろう履歴書を持っている。彼女は一礼すると、俺の正面の椅子に座った。


「初めまして。私はツキノ。この企業の社長を務めております。――では、これより、ファルクスさんの面接を始めます。よろしくお願いします」


 ツキノさん、と名乗る十代後半の少女は、笑みを浮かべて話を始める。明らかにみすぼらしく、腕がない異様な風体の俺に対しても特に表情を変えることはなかった。


「よ、よろしくお願いします」


 よく考えれば、まともに他人と話すのは久しぶりだ。水浴びしたりできる範囲で清潔にはしているつもりだが、もう少し身だしなみを整えればよかった、と後悔した。


「まず――あなたの願い、なりたい自分、とは何ですか?」


「なりたい、自分……それは、元の、怪我をする前の、剣が振るえる自分です」


 夢にまでみた、あの頃の自分に、もう一度届くのであれば。


「なるほど。じゃあ、その姿になったあなたは、何をしたいですか?」


 剣を振るいたい、と答えそうになって、口をつぐんだ。これはきっと、そういうことじゃない。剣を手に取り、何を成し遂げたいのかという、願いを問われているのだ。


「俺は────」


 思い出す。初めて剣を手に取ったあのとき、目指していたものはなんなのか。願ったことはなんだったか。何に──憧れを抱いたのか。


「俺は、父のように、皆を守れる英雄になりたいです」


 いつもどこかへ出掛けていて、なかなか家にいなかった父に対して不満がなかったといえば嘘になる。けれど、たまに帰ってきた時に語られる夢のような冒険譚と、彼に救われたと言って家に訪れる様々な人たちの笑顔を見るのが好きだった。


 やがて父は、多くの人を助け、その代わりに命を落としてしまったけれど。


 そのことはとても悲しくて、涙は止まらなかったけれど。


 それでも、彼のことはずっと誇らしく、あんな風になりたいと、ずっと思い続けていた。


「なるほど。……そのためには、どんなことでもできますか?」


「──できます」


「本当に? 辛いことでも、恥ずべきことでも、醜態を晒すことも、『今の自分』でなくなることも。すべて、受け入れることができますか? ──その覚悟が、本当にありますか?」


 捲し立てるような、ツキコさんの言葉。恐怖を覚えないといえば嘘になる。でも。


「はい。──名前も、心も、命でも。俺が渡せるものはなんでも、差し出します。だから、どうか……!」


 あのときの願い、遠くへ行ってしまった父の背を、もう一度追いかけ、掴むための手足をください。


「なるほど……。あなたの覚悟は、受け取りました。いいでしょう、面接は合格です。では……さっそく、覚悟を試させてもらいます」


 ツキノさんはにやり、と笑みを浮かべる。


「はい、一体、何をすれば……?」


「そうですね、とりあえず……『新しい自分』を作って、自己紹介動画、取りましょうか。Vtuberの第一歩です」


「えっ?」


 ツキノさんの言っていることが何一つ理解できない。新しい自分を作る? 動画?


「あ、やめます?」


「いえ! ……何も、分からないですが……やります! 任せてください!」


 想像とは全く違う、何一つ理解できない。大変なのかもわからない。本当にもう一度剣が持てるのかすら不明だ。だけど。


 一筋でも、光が見えた。彼女はきっと、嘘はついていないと、そう思った。どうせ死んだような自分。あとはただ、まっすぐ進むだけだ。


 こうして、俺の、ファルクスの、新しい人生が始まった。

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