第5話 朝のひと時

「おはようございます!」


 一日というものは、朝の挨拶から始まる。

 ふわふわとしたレースのついたカーテンを開けると、明るい世界が窓の外に広がっているのが見える。


 部屋の中に降り注ぐ光。それを浴びると、一日が始まったと実感できるんだ。


「ンゴーー……!」



 綺麗な朝の景色なのだけれども。

 朝の静寂の中に響く、豪快ないびき。


 ほんと、ふざけるなよ……。


「おい……。起きろよ、舞白っ! 朝だぞっ!」


 二つ並べられたベッドの窓側に、舞白は寝ている。私のベッドとくっついて隣り合っているベッド。

 昨年までは、私と柊お姉様が寝ていたのだけれども、柊お姉様が部屋を移ったから代わりに舞白が寝ている。


 一年生のころに私がしてもらったことを、後輩にもしていくのが寮の決まりだ。

 先輩からの教えられた伝統をしっかりと後輩へと受け継いでいく。淑女らしさを身に着けてもらうというのが、この学園の伝統なのだ。


 こんな奴だけれども、一日経ってみたら、もしかしたら気が変わるかもと。昨日の振る舞いは嘘だったのだということがあるかもしれないと思っていたけれども。

 そんなことを信じてみたけれども。実際にやってしまった私がバカだったかもしれない。絶対に起きないな、これ……。


 舞白を起こすのは諦めて、別のルーティンに移ろう。

 お嬢様の朝は、優雅に紅茶を入れるのだ。これも、柊お姉様に教えてもらったこと。

 紅茶の香りが部屋の中を満たしていく。


 余裕をもって、この匂いを楽しむのが良い。そのくらいの余裕が無いと振る舞いに優雅さが出てこないから。


「ンガ……。んんーっ……」


 舞白がベッドから起き上がったようだった。

 昨日は色々と詰め込み過ぎてしまったから拒否反応が出ていたのかもしれない。いきなりお嬢様らしく振舞うなんて、難しいに決まっているものね。


 朝の紅茶でも飲めば気分も変わるかもしれない。


「舞白、おはよう。朝の紅茶でもいかがですか?」


 紅茶をティーカップへと注ぎ入れて、舞白へと差し出してみる。

 これは、私も一年生の時にやってもらったことだ。柊お姉様が優しく教えてくれた紅茶の入れ方。一年間紅茶を入れ続けて、私も美味しく入れられるやり方を身につけることができたと自負している。

 こんなに美味しそうな香りが沸き立つにはコツがいるのだ。お湯の温度、時間、注ぎ方。そんなところを毎日繰り返し繰り返し入れては試しに飲んできたのだ。この紅茶が美味しくない訳が……。


「くっさーーーっ!!」


「はあああーーっっ?!」



 ついつい大声が出てしまう。

 ヤバいと思った時には遅かったようだった。



 ――ダッダッダ。


 廊下に慌てて走る足音が聞こえる。



 ――コンコン。


「千鶴さん、大丈夫かしら? 入るわよ!」


 部屋に入ってきたのは、柊お姉様だった。

 私は取り繕うように、ティーカップを持ち上げて優雅に口元へと近付けて一口飲んだ。

 相変わらず美味しい紅茶。


 一息ついてから答える。


「……なにかございましたか?」


「えっとー、この部屋から大きな声が聞こえたような気がしたもので……。大丈夫だったかしら?」



「はい。私の入れた紅茶が美味し過ぎたようでして。舞白さんから大きな声が出てしまったようですわね。気を付けないといけないですわよ?」


 柊お姉様から見えないように、舞白へ向かってウィンクをする。「お前が、臭いとか言うからだろ!」とロパクで舞白に伝える。しっかり、柊お姉様にしろ!」



「……柊お姉様。おはようございます。この紅茶、すごく美味しいですわ」


 舞白は、しっかりと演じてくれているようだった。

 昨日、私と約束したのだ。私以外に接するときは、お嬢様らしくしておけと。そうしないと、学園を追い出されることに繋がるっていうことを教えてあげた。


「大丈夫そうなら、良かったですわ。私のお気に入りの紅茶なのです。楽しんでくださいね」


 柊お姉様は、「ごきげんよう」と言って、部屋を出ていった。



「はぁー……。朝起きるだけで、こんなにトラブルが起きるなんて、あんた本当になんなのよ……」


「いやだって、そんな臭いものを私に出すんだから、そりゃそうなるでしょ。考えたらすぐわかるでしょ。バカじゃないの?」


 相変わらず鼻に着く言い方をする。

 こいつに何かを教えるっていうのは、絶望的かもしれいない。やっぱり諦めるしかないのかな。

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