第2話 熊肉

 巫女寮には食堂がある。

 食事は時間が決まっていて見習いである日菜たちは一番最後になる。

 食堂は台所役という女王府の食事事情全体を取り仕切る役職の巫女たちが管理しており、まず最初に女王日巫女の下に食事が運ばれる。日巫女の下に食事が運ばれるとその時一緒に女王補佐や護衛も共に食事をとる。

 日巫女たちの食事が終わると次は各神々を祀る巫女たちのところへ食事を届け、その後に巫女寮の巫女見習いたちの元へ台所役が行く、という仕組みになっている。

 その食堂で日菜と月詩は食事を取っていた。

 今は夕方なのでわりと豪華だった。

 献立は基本的に台所役が決めるので誰も選べない。唯一選択権があるのが女王日巫女であるナミくらいだ。

 机に並んでる食事は米、アユの塩焼に焼いたしいたけを添えたものだった。

「美味しい?」

 月詩と日菜が食事をしていると不意に誰かが話しかけてきた。声がした方に日菜は視線を向けるとそこにいたのは二人と仲の良いあさりだった。あさりは豊穣神を祀る巫女だ。豊穣神を祀る巫女は露出度の高い服装をしていることが多いがあさりはそんなに露出の高い服ではない。といっても肩出しで短い腰布スカートなので他の巫女と比べると露出度は高い。さらに豊穣の巫女では珍しく今まで一度も男女ともに肉体関係を結んだことはない。

「ええ、美味しいわ」

「なら良かったわ」

 豊穣神を祀る巫女は農作物の無事と美味しくなるように神々の加護を付与することができる。それには数人で歌い舞う。

「私も美味しい」

「ありがとツクシ、それなら良かったわ」

 月詩がお礼を言うとあさりが嬉しそうに言った。

「あさりも手伝ったのね」

「うん」

 日菜が聞くとあさりが答えた。

「二人とも明日は暇?」

「自習だけど、なにかあるの?」

「私も自習」

 あさりの問いに日菜と月詩が言った。

「一緒に修練しない?」

「いいよ」

「私も大丈夫」

 あさりが提案すると日菜も月詩も賛成した。

「ありがと!」

 快く受け入れた月詩と日菜にあさりが礼を言う。

「でも何の修行するの? あたしたち巫女の種類も分野も違うけど」

 日菜が言った。

 日菜は太陽神を祀る巫女、月詩は戦巫女、あさりは豊穣の巫女で微妙に分野が分かれていた。

 日菜とあさりは神々からの加護、宣託を告げるなどの支援系の職の巫女で、月詩は戦闘系だった。

「わたしたちの得意分野をそれぞれ一個ずつ三人でやるとかどう?」

「つまりヒナとあさりも攻撃系の術の修行をするってこと?」

「そういうこと」

 月詩の質問にあさりは頷いた。

「いい案だね」

「私もいいと思う」

 日菜が賛成し、月詩も頷いた。


 翌日。

 月詩と日菜、あさりの三人はあまり草木が生えていない平原にいた。

「まずは何をやるの?」

 日菜が聞く。

「最初は三人で出来ることにしましょうよ」

「というと?」

 月詩が問う。

「魔物狩り」

『ええ~』

 嫌そうな顔で月詩と日菜が抗議する。

「なんでそんな嫌そうなのよ」

「だって……」

「あたし祟られたくない」

 魔物とは魔道に堕ちた獣や鬼、黄泉の民などである。普通の獣とはわけが違う。

「わたしたちは巫女でしょう、祟り神を恐れてたら仕事ができないわよ」

「でもさすがに危なくない?」

 日菜が言い、月詩が頷く。

「大丈夫よ、きっと」

「楽天的過ぎない?」

 嫌そうに日菜は目を細めた。


 幸運なことに森の中に入ったからといって魔物は遭遇しなかった。いやそんな簡単に遭遇しても困るだろうけど。

 猪や熊はいたが。

 特に熊は怪物級のデカさだった。

 ぶっちゃけ魔物と変わらない。

 でその熊と今現在対峙中だった。

「グガアアアアアアアアッッッ!!」

 大熊が咆哮を上げてこちらへ突進してきた。

「ヒナ、支援お願い!」

「了解! あさり、一緒にツキを援護するよ」

「……」

 ヒナが言うが、あさりは体が萎縮して動けずにいた。

「あさり!!」

 そんなあさりを日菜が大声で呼ぶ。

「えっ」

「ぼさっとしないで! 死にたいの!? ツキを援護するよ!」

「ええ……」

「大丈夫、心配しないで、相手はただの獣よ。魔物の方がよっぽど危険なんだから」

 日菜がそう言うとあさりも少し落ち着いたのか震えていた手も止まってきていた。

「大丈夫?」

「うん!」

 日菜に聞かれてあさりが力強く答えた。

「行くよ」

「ええ」

 日菜は月詩に厄除けの加護を付与した。

 あさりは呪力を用いて水の精霊に働きかける。水の精霊は答えてくれたようで水滴が上へ溜まっていき、やがて大きな球体となった。

 月詩は身体強化の術を用いて突進する大熊に剣で立ち向かう。

 大熊が大きな腕を振り上げ、月詩を襲った。

 それを月詩はかわす。月詩がいたところに大熊の腕が刺さった。大熊が腕を引いた後には大きな穴が出来ていた。

 一瞬動きが止まったところであさりが球体を放った。球体が二つ大熊に直撃。

「グガアアアアッッッ!!」

 大熊が苦痛で咆哮しながらやたらめったらと大腕を振り回す。

 月詩が大熊の懐に飛び込み、そのまま胸元に剣を突き刺した。

「グガアアアアアアアアッッ!!」

 大熊は大声で怒り狂い咆哮を上げるが、暫くするとおとなしくなった。

 息絶えた大熊がドサッと月詩に覆いかぶさってきた。

「ぐえっ」

 月詩が苦し気に唸った。

 あさりと日菜は月詩を慌てて救出した。


 倒した大熊は月詩とあさりが解体する。

 日菜は獣を捌いたりはできない。

 捌いた大熊を三人で分けて運び女王府へ持って行く。

 女王府へ大熊の肉を持ち帰ると歓声が上がった。

 巫女たちは皆喜んだが―

「ヒナ、ツクシ、あさり」

 三人の目の前には能面のような目が笑っていない笑顔を浮かべるナミがいた。

『はい』

 顔を青くして日菜、月詩、あさりは怯えていた。

「見習いとはいえ呪術も精霊術も扱える巫女です、狩りをするなとは言いません。でも自らの命を危険に晒すようなことは絶対に駄目です」

『はい』

「戦う相手は選んでください。命あっての物種ですよ。その辺わかってますか?」

『ごめんなさい』

 日菜も月詩も別に狩りや戦を舐めていたわけではない。あさりはちょっと、いや結構舐めていたが、今回の件でしっかりと身に染みたのだった。

「あなたたち三人がもしも黄泉へ行ったりなんかしたらわたくしは悲しいですから」

 ナミへそう言われると月詩と日菜、あさりももしもあの大熊に襲われて死んでいたらナミを悲しませてしまうことになった、と思うとさすがに反省するのだった。

『もうしわけございませんでした』

「今後気を付けるのですよ」

『はい!』

「それにしてもかなりの大物ですね」

 木板の上に置かれた熊肉を見てナミが言った。

「これは今日は熊鍋ですね」

「急ですね……」

 ナミが言うと台所役の巫女が微妙な表情で言った。既に夕方である、既に食事ができていてもおかしくない。

「もうなにか作ってしまいましたか?」

「いえこれからですが」

「なら構わないでしょう?」

「……そうですね、わかりました、今日は熊鍋にしましょう」

「せっかくなので外でみんなで食べましょうよ」

「さすがにそれはどうかと……」

「王たる者、人との交わりは大切だと思いますが?」

「それは……」

 ナミが言うと台所役は困ったように女王の護衛巫女へ視線を向けた。しかし、女王ナミと最も近しい立場である彼女は首を振り、

「諦めなさい」

 そう言った。

「はあ……」

 台所役はため息を吐いたのち「わかりました」と返事をした。

 こうして今日の夕飯はナミと巫女たち全員で食卓を囲むことになったのだった。

 台所司たちが熊肉を山菜や野菜などを入れて竈で煮た。

 竈は複数あり巫女たち全員に行き渡るのには余裕だが、いつもは時間をずらして食事を提供していたので少し待たされる娘たちがいた。

 鍋が出来て広場に戻ってくると本来一番最初に食事を提供されるはずのナミが杓を手に取って巫女たちに提供していた。

「ちょっなにしてるんですか!?」

 台所役が驚愕して叫んだ。

「上に立つ者は常に臣たちと交わりを大切にしなければと思いませんか?」

「それはそうですけど、女王様自らがやることはないでしょう!?」

 驚愕する台所役を見て月詩や日菜は苦笑していた。

 家臣たちと親交を深めようと身分などを気にせずに誰とでも話すナミの良いところであり、ヤマト国民に慕われてる理由だった。

 熊肉は意外と臭みがなく脂がのっていて美味しかった。

 量があまりに多かったので鉄板などを使って焼肉としても食べた。そちらも美味かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る