第7話


 静寂に瑠亥の笑い声が響き渡った。

 その誰も動くことが出来ない空間に乱入者が現れた。

 全身黒の装備に身を包んだ4人組だ。


 「動くな!!東堂瑠亥!!」


 瑠亥の後方に突如出現した4人組は、今だ楽しそうに笑い続ける瑠亥にそう叫ぶ。


 瑠亥はその声に、のそりと振り替り4人を観察する。


 全員が顔をすべて覆うマスクで隠しているから人相や表情は分からない。装備も統一されていて分かりずらいが、骨格からして男2女2、それに女2のほうは保有魔力や立ち位置的に支援、もしくは後衛タイプ、ということは男2が前衛だろう。それにその周囲の警戒の仕方や立ち振る舞いには私にも覚えがある。探索者だ。それもかなり上位の。やはり洗練されていくとどこか似てくるのだろう。


 瑠亥はそう思考を巡らしながら声をかけてきた男に目線を合わせる。


 男から息を飲む気配がしたがそれも一瞬、すぐに話し始めた。


 「そのまま動くな、殺人犯を見逃すことは出来ない」


 瑠亥は体ごと4人に向き直った。


「それで?どうするの?」


「拘束したのち警察に引き渡させてもらう」


 4人と相対しても余裕を崩さない瑠亥に全員が固唾を飲んでその返答を待つ。


「いやよ」


 明確な拒絶に場が緊張に包まれる。4人がそれぞれ瑠亥を拘束するため動き出そうとしたその時、


「待ってください!!」


 声のした方にその場の全員の視線が向く、そこには肩で息をしている萩谷千景はぎやちかげ五十嵐勤いがらしつとむがいた。応接室からここまで走って追いついたようだ。

 五十嵐は息を整えながら最初に4人組に声をかけた。


「ありがとうございました。ここからは私が引き継ぎます。」


 それを聞いた4人は瑠亥から視線は切らず、警戒したまま五十嵐の後ろに下がった。


「東堂瑠亥さん、どうか一度中に戻ってはくれませんか。ここでは落ち着いて話もできませんし」


 五十嵐は今だにカメラを向けている群衆の方を見ながら瑠亥に問いかけた。


「それで警察に捕まれって?いやよ、従うわけないでしょう?」


五十嵐は一度逡巡したが、一拍おき覚悟を決めたように話し始めた。


「この件で警察に差し出すようなことはしません。お約束します。どうか一度中にお戻りください」


 その殺しを肯定するかのような発言に辺りがどよめく。

 しかしそれも当たり前の反応だ、五十嵐が支部長と知らなくとも、制服でギルドの職員だという事は一目瞭然。ましてやここには少なくない群衆とマスコミのカメラもある。そんな場所で公的機関の人間が犯罪を見逃すような発言をしたのだ。


 戸惑い、混乱していた者たちが徐々に落ち着きを取り戻し、五十嵐のその言葉の意味を理解し始めたとき、最初に反応したのは瑠亥ではなく、ダンジョン保護連合の者達だった。


「ふざけるな!そいつは明美さんを殺したんだぞ!!」


「犯罪者を見逃すのか!!」


 一人が声を上げると堰を切ったように怒号が飛び交い始めた。そしてそれは止まることなく勢いを増していく。


「それはダンジョン協会としての発言ですか!!」


「親を殺すなんて信じられない!!」


「この人殺しが!!」


 マスコミも混ざり、最初は五十嵐への批判だったものがその矛先が瑠亥へも向かい始めた。

 瑠亥は鬱陶しそうに振り返り群衆のほうを見つめる。


 関係ないから無視していたが、いい加減に鬱陶しくなってきたな。

 こいつらも殺すか?


瑠亥の動きに不穏なものを感じた五十嵐は、焦りながらも落ち着いて声をかけた。


「瑠亥さん、お気持ちは分かりますが落ち着いてください。これ以上何かされては流石に庇いきれません。今ならまだ身内内の事なのでどうにでも出来るのです」


 五十嵐はこの怒号の中なら不要な群衆には聞かれることはないだろうと、瑠亥の説得の為に内情も吐露しながら諫めようとした。


 一度五十嵐の方に視線を戻しながら考える。確かにこの人数を殺すと一気に私への警戒度が上がってしまう。それは面倒なことになる。まだ本当に殺したい奴は残っているのだからここは五十嵐に従っておくか。


 そう結論を出そうとしたが、改めてもう一度群衆のほうを見た、そいつらは落ち着くどころかどんどんヒートアップしている、先ほど目の前で人が殺されたことなどを忘れてしまったかのように、いやまさか自分にその牙が向くことなど考えてすらいないのだろう。


 自分でもなぜか分からないが無性に腹が立つ。


 何も知らないくせに私を責め立てるダンジョン保護連合に?


 いや違う。


 勝手に撮影しているマスコミに?


 それも違う。


 ああ、そうか。


 まだ周りの事を気にしている自分自身にだ。


 その考えに行き着くと、頭の中のもやもやがすっと晴れたように思考がクリアになった。そうだ私は何の為に強くなった。何の為にダンジョンをでた。あの日、初めてダンジョンに入り、初めてモンスターを殺したとき、私は何を思った。


 「なら誰よりも何よりも強くなればいい。他の探索者よりも警察よりも軍よりも国よりも‼そうだ、そうすれば私はこの世で1番自由になれる‼」


 そうだ。私の最初の願い。最初の目標。ずっとその為にダンジョンを進んできたんじゃない。

 久しぶりに人と話したからかそれとも母を見たからか、いつの間にか少し昔の思考に引っ張られてしまっていたみたいだ。

 

 確かにここは一度引くのが最良の選択なのでしょうね。


 だけどそれじゃあ


 「自由じゃないでしょう?」


 そう言った直後、瑠亥は五十嵐の後ろにいた探索者四人を半球状の炎のドームで覆った。


 「っ!!瑠亥さん!!やめてください!!」


そう叫ぶがもう瑠亥は止まらない。


「四人共無事ですか!!そのドームを破れますか!!」


「無理だ!!スキルも通じないし俺の剣も溶けやがった!!信じられない密度だ!!」


 五十嵐は何とか瑠亥を止めようとするが打つ手がない。前方にいるダンジョン保護連合とマスコミは困惑し動きが止まっているが、後方にいる者たちは何が起きているのか分からず相変わらず怒号を飛ばしている。


「さようなら」


瑠亥が群衆のほうに翳した手から放射状に炎が噴き出した。その炎は群衆をすべての飲み込み燃え上がった。


「ああああああああああああ!!」


「熱い!!熱い!!熱い!!熱い!!」


「やだ!!何で!!ああああああああああ!!」


 数十人の絶叫が響き渡る空間はまさに地獄のようであったが、それも十秒にも満たない時間で収まり、後に残されたのは黒いしみだけでダンジョン保護連合もマスコミも等しく灰になり消えてしまった。


「噓だろ....みんな殺しやがった........」


 だがまだ残っているものがいた。群衆の少し後ろにいたマスコミの中継車だ。屋根の上のカメラを操作していた青年が呆然と呟くが誰もその声に答える者はいない。


 瑠亥はマスコミの中継車に一足飛びで向かうと、青年の横に着地した。


 「それ、生放送?」


 瑠亥が世間話をするかのように普通に声をかけた。その先ほどまでの事を何とも思っていないような振る舞いに恐怖を覚えながらも青年は何とか声を絞り出して答える。


「は、はい、生放送です」


そう、と答えながら瑠亥はカメラに向かい話し始めた。


「よく聞いて。私は誰の命令も聞かない。何者にも従わない。私が気に入らなければ殺すし。私の邪魔をすれば殺す。よく考えて行動してくださいね」


瑠亥はそう宣言すると、トンッと軽やかに中継車の上から飛び降りた。


「ありがとうね、お兄さん」


「あ、い、いえ。お気になさらず」


 カメラマンの青年は体に染みついているのか、中継車から飛び降りた瑠亥をしっかりとカメラで追い、笑顔でお礼を言う瑠亥を捉えていた。


「それじゃあ、さようなら」


次の瞬間、他にも残っていたすべての中継車を炎が包み込んだ。


「え?」


呆然としたカメラマンの呟きを残してそこには黒いしみだけが残った。


今度こそすべてを焼き尽くし辺りにはもう何も残っていなかった。

 


 




 


 

 




 


 

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