第39話
劇団公演は市報等にも乗っていたが、通りのあちこちや各学校、会社等にもポスターが貼られていた。
当然私達の中学校にも私の手で貼らせて頂いた。
職員室前の掲示板や体育館、各所の廊下、正門前の掲示板等数ヶ所、チカの協力も得て貼り付けた。
ポスターには出演者全員の名前が乗っている。
当然『村の子A』として私の名前もだ。
チカは
「雪野先輩がサックスやってた場所にも貼っておいたら?!」
と提案してくれたけれど、私的にはあまり物欲しそうで気が引けた。
それに、もうあの場所でサックスを吹く姿を見なくなっていたし。
そして、いよいよ本番到来!
中学演劇部と本格的な劇団の違いは数限りないが、本番で取り敢えず緊張させる際立った要素はホールの違いからくる。
中学校演劇部の舞台は大抵体育館が代用され、ライティングもせいぜいステージ天井の照明くらい。
あとは時間帯が殆ど日中だから健康的かつ二次元的な天然光だ。
当然音響設備など皆無なのだから、音声は否応無しに平べったくなる。
しかし劇団の舞台は、文化会館での公演である。
プロのアーティストが有料で公演する場所なのだから、当然設備もそれなりに整っている。
会場内は、闇からライティングによって様々な光を創り出す。
スポットライトなども当てられる。
初めて一人だけスポットライトを浴びた時の恥ずかしさったら!
『スポットライトは、少し馴れてくると大勢の人の中に居てその全員に見られているにも関わらず、スポットライトの中に閉じ込められたような感覚にさせる。
閉塞感に襲われ孤独にさえなる。
その時期を越えれば、光の中だけが生きているように感じてくる』と言っていた俳優も居たが、私は未だ閉所恐怖に陥る。
と言うか、その時期を越える程の舞台経験が無いのだが。
加えて音響効果のパワーにも圧倒される。
私は一時期ミキシングをやりたいと思っていた。
音を自在に編集して舞台に命を与えることに魅了されたのだ。
結局それは叶わなかったけれど、兎に角本格的な舞台が3Dなら、学校演劇の舞台は2Dと言えるだろう。
2Dには2Dの魅力が有るが。
私は、舞台演劇の出だしに両方体験出来たことを宝だと思っている。
1シーン1台詞の役どころとはいえ、劇団の恥にならないよう、シビアで情熱的な大人の世界に精一杯エネルギーを注いだ。
当日はポスターを見て初めて劇団公演に私が出ることを知った演劇部の先輩達や顧問の先生方がチカに誘われて来ていた。
文化会館使用の公演は、会館の使用料を払わなければならないので、劇団の舞台も当然僅かながら有料だったが、お陰さまで満席だった。
私は舞台の袖から観客席を見てチカ達の所在を確認した。
すると、ピーターが盛んにグルグル回っている箇所が有った。
私が覗いていることに気づくと、ピーターは両手で一つのシートを指差しながら何かを私に伝えようとしている。
なんと!雪野先輩が其処に!
「雪野先輩………」
私がそう呟くと、ピーターが口にチャックする仕草をした。
思わず私は大きな声を出したようだ。
雪野先輩も何となく周囲を気にしている。
私の声が届いても不思議では無い距離に雪野先輩は座っていたのだ。
動き的にも音響的にもベストな位置である。
しっかり観る為の選択だと感じられる場所だ。
一人で来たようだ。 雪野先輩らしい。
演劇に興味があるのだろうか?
演劇部の発表で見せた雪野先輩の反応を考えれば興味はありそうだ。
私がこの公演に出演することは知っているのか?………
様々な妄想に翻弄されて緊張が高まった。
それでも兎に角素直に嬉しかった。
たいへんな時期にわざわざ来てくれたのだ!
ーーーーー流石 雪野先輩、余裕っすね!ーーーーー
アドリブを入れるわけにはいかないが、少しでも雪野美月に感動してもらえる演技をするという目標に燃え出した。
役者は、自分の舞台、自分の演技を観てほしいと切実に望む存在の為なら『火事場の馬鹿力』的な力を出せるのだろうとつくづく納得した。
そして私は、そんな自分のパワーを信じることにした。
演劇部発表の本番を顧みれば『できる』気がする。
つづく
挿し絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/mritw-u/news/16818792435920692909
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます