第35話
3年生は、当然2学期から部活動をしなくなっていた。
でも雪野先輩だけは時々一人で、練習と言うより息抜きにサックスを楽しんでいた。
そんな時にはジャズやポップスが多かった。
勿論その頃私はまだジャズもポップスもあまり詳しく無かったが、もの凄くお洒落に感じたことを覚えている。
特に雪野先輩がジャズを奏でる時の、身体全体でリズムをとる姿が堪らなく好きだった。
気が遠くなる程メロメロになったものだ。
私が人生で初めてプラトニックを超えた感情を知った瞬間だったかもしれない。
ピーターはそんな私をよく難しい顔で見つめていた。
でも、ピーターはジャズやポップスが気に入っていたようで、雪野先輩の演奏を聴きながらピーター自身もリズムをとっていた。
飛びながらメロディを口ずさんでいたり、飛び方がジャズのリズムだったりもした。
ピーターにもクラッシックよりジャズやポップスがよく似合っている。
私もジャズが好きだ。
たぶんピーターも。
ママもよくジャズを口ずさんでいたことを思い出す。
その頃ママが無意識に口ずさんでいた『Fly Me To The Moon』や『It’s Only a Paper Moon』などは、私の頭、と言うか魂にこびり付いていて今でも通しで歌える。
尤も歌詞の意味を理解したのは大人になってからだが。
どちらも月がテーマの曲なのは笑える。
演劇部の発表は、シェイクスピアのアレンジにしようということになったのだが、ハムレットやマクベスは難し過ぎるので『ロミオとジュリエット』の現代版に決まった。
図書館で戯曲本を借り、夏休み中の殆どを費やして部員達皆のアレンジでシナリオを作った。
構成や演出、キャストも大まかに決めた。
キャスティングは全員のオーディション的なやり方で顧問の先生方にお願いした。
その結果、ロミオは部長の2年生、ジュリエットは何故か私に決まった。
他のメンバーも皆役が付き、人数不足のため一人二役をこなす者が殆どだった。
ロミオとジュリエットだけは、出番が多いので一役に集中ということになった。
夏休みを終えて、いよいよ文化祭迄2か月ちょっととなった。
その短期間で全て仕上げなければならない。
夏休みの後半は劇団の練習にも参加していたが、事情を説明して2学期の参加は文化祭以降になる了承を得た。
そちらも3週間弱で仕上げなければならない。
私は初めて、忙しさと焦りに心地良い充実感を感じていた。
私はジュリエット役を仰せつかってラッキーだったと言える。
ジュリエットに自分を置き換えればやすやすと演技が出来たからだ。
実際この時ジュリエットの台詞を一番リアルに語れたのは私だったろうと思う。
かの有名な台詞「ロミオロミオ……どうして貴方はロミオなの……」だって、自分の気持ちとしてスラスラと出てくる。
毎回「美月美月……どうして貴方は美月なの……」と心の中で言っていた。
うっかり「みづ」まで言いかけたことも有る。
慌てて咳払いをしながら誤魔化した私を見て、チカとピーターが笑いこけていた。
私の演技があまりに臨場感溢れているので、先輩達には驚かれ、ようやく私がジュリエット役をキャスティングされたことに納得してもらえたようだった。
先輩としては、新入りの私がいきなり主役に抜擢されたことを単純に喜べて無いだろうと感じる空気も有ったので、私もホッとした。
チカだってそうだろう。
演劇部に誘ったのはチカの方だし。
そのへんチカはまだなかなか自己主張し切れない部分が残っていたので、私に対しても嫉妬心を剥き出しにしたりはせず、ただニコニコしていたけれど、内心は引っかかるものが有った筈だ。
自分でも気づかなかったかもしれないが。
私はジュリエット役を貰い、そんな空気を払拭したい気持ちで精一杯演技にエネルギーを注いだことは確かだ。
でもそれ以上に、雪野先輩への想いが演技に生きたことも事実だ。
私の演技を確認して部の空気も変わり、私はジュリエット役に没頭出来るようになった。
そうすることで雪野先輩への抑え切れない激情を吐き出し、多少は楽になっていた気もする。
流石2年生は
「アイラ恋愛中でしょ!」
「アイちゃん恋してるよね!」
「アイラの生々しい演技は実体験無しでは有り得ない」
と常時ニヤニヤしていた。
そんな時チカは吹き出さないよう口を押さえて顔を真っ赤にしていたし、ピーターも私にしか見えない聞こえないのを良いことに空中で転がり回り大声で笑いこけていた。
つづく
挿し絵です↓
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