第19話
あと数日で春休みという心が穏やかな開放に向かう頃、私は『ピーターパン』を開いた。
「君、ピーターパンでしょ? ピーターパンだよね!」
私の肩の上で一緒に本を見ていたピーターは、私の問いかけに「ふん!」と苦笑いした。
「今から君をピーターと呼んで良い?!」
再びピーターは「ふん!」と笑った。
しかし否定はしなかった。
帽子も衣服もグリーンの出で立ちは明らかにピーターパンだ!
私は分からない文字や文の意味をママに聞きながら、夢中で『ピーターパン』を読んだ。
読み終えるとまた1ページ目から繰り返し読んだ。
そうやって無意識に字も覚え、文章の構成も学んでいった。
春休みは特別な連休である。
小学校に入ってから夏休みと冬休みの長い連休は経験している。
だが両方とも宿題と言う厄介なものが伴っていた。
春休みだけは宿題が無い。
それを知った時私は飛び上がって喜んだ。
季節も一年で一番心地良い時期だ。
新学期を待つ希望にも満ちている。
しかも、初めて後輩が出来るという誇らしい期待も有る。
もの凄く楽しみにしていた。
ただ、それ迄のように外遊びをすることには魅力を感じて居なかった。
ほんの少し『引きこもり猿』の気配が漂い始めていたのだ。
それ迄私は、湿疹の苦しみや常に包帯を巻いている状態の自分を
しかし、小学生になると手を使うことが非常に多くなる。
掃除当番になれば、雑巾がけの仕事も有り、私だけやらないわけにはいかない。
私は「出来ない」とか「したくない」とは決して言わなかった。
言いたく無かったのだ。
包帯をして雑巾がけをする時の痛さ痒さは尋常では無い。
雑巾を洗った後、狂ったように手を掻く私を思い出すと今でも涙が溢れそうになる。
猿の私には、一日中同じ包帯でも平気だった。
でも包帯の汚れが掻き傷から
ダンスの授業等で私と手を繋ぐのを嫌がる子さえ居た。
そんな時は、サンドバッグをスパーリングするボクサーのように、その子の手をスパーリングするピーターの姿をよく見かけた。
ピーターが居たから卑屈になることは最低限で
済んだと思う。
しかし全く卑屈にならなかったとは言い切れない。
持参する包帯の数は日毎に増えていったが、人前で包帯巻きをすることにも抵抗を感じるようになってきていた。
アグレッシブな猿の心は少しづつ内へ内へと向くようになった。
そうして思い出したのが『ピーターパン』の本だったのだ。
『ピーターパン』を入り口にして私はどんどん内面の世界、読書の世界に嵌り込んでいくことになる。
つづく
挿し絵です↓
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