第20話
そんな私の為に両親は毎月一冊づつ物語の単行本を取り寄せてくれるようになった。
ある日私は風邪をひいて寝ていた。
その日はたまたま本屋さんが私の本を届けてくれる日だった。
届いたのはアレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』を児童用に編集した『
ママは私の様子を見ながら掃除や洗濯をしていたが、『巌窟王』が届くと私の所へ持ってきた。
私は装丁のイラストを見るなりママに読んでくれとせがんだ。
あまりにも冒険心をくすぐるイラストだったのだ。
心が内へ向き出したとは言え、元来猿の私が『冒険』の魅力を忘れるわけが無い。
ママは満足そうに笑いながら『巌窟王』を読み始めた。
時々洗濯物を干したり、郵便屋さんに対応したり、電話に出たりしながら。
私は一瞬にして『巌窟王』にのめり込んだ。
特に主人公が遺体入れの袋に隠れて海に投げてもらい牢獄から脱出するシーンは私を大いにときめかせ、想像力を掻き立てた。
ママが用事で時々読むのを中断することも、空想の世界を
ママが用事を済ませる迄の
「ごめんごめん」
ママは必ずそう言いながら続きを読む体勢に戻ったが、ママが謝る必要なんて無かったのだ。
ママが意識的に空想の時間を与えてくれたのかもと思うことが有るくらい、絶妙なタイミングだったから。
ピーターも夢中で『巌窟王』の物語に食い付いていた。
ピーターも『冒険』で生きているような存在なのだから当然だ。
ママがページをめくる時、ピーターがその手伝いをしていたことなどママは知るよしも無い。
ママの親指と人差し指の脇で、ピーターが小さな両手でせっせとページをめくる姿がありありと目に浮かぶ。
ピーターも私と同じように物語の先へ先へと気が
ピーターのその愛らしい姿は、ピーターの思いに対する私の共感と、その時私が包まれていたピンクとエメラルドグリーンの大胆なチェック柄毛布の温もり、そしてママの柔らかい笑顔と共に忘れられない記憶である。
そして『巌窟王』から私は、大人の人間関係の機微も少しだけ学んだ。
つづく
挿し絵です↓
https://kakuyomu.jp/users/mritw-u/news/16818622170408538711
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