第19話

 ――夏休みって書いて、“じごく”って読むようなものよ


 夏休みに入った頃、休憩室でパートの女の人が話していたのを思い出す。

 話をしていたのは、小学生のこどもがいるらしいママさんパートの人たち。夏休みに入ると当然学校は休み。学童にお世話になるから、お弁当の準備で早起き。土日はともかく、平日休みの日には一日家にいるから、お昼ご飯の準備もあるし、宿題させなきゃいけないし……。

 そんな会話で盛り上がっている横で、母親は大変だ…と、かつてその世話になった碧は申し訳なく思ったのだったか。

(お盆と書いて、“いくさ”と読む……)

 碧は、汗を拭いながら、山のように積まれた飲料の箱を見据え、ぼんやりとそんな事を考える。

 昨年同様、目が回るような忙しさだ。お盆の間は戦争みたいなもんだよ、と広瀬が言っ去年ていた意味を、碧は今年も痛感していた。

 よくテレビなどで○○商戦というような言葉を聞くが、このお盆商戦はまさに戦だ。忙しさだけでなく、夏の暑さとの戦いも相まって、戦レベルは一年で最も高いような気さえした。

 けれど、そんな永遠に続くのではないかというような忙しさも、終わってみれば一瞬で。お盆が終わる頃には、仕事の合間に談笑できるぐらいの余裕は戻っていた。


「今年も忙しそうにしてたな」

 久しぶりに友人四人で近くのファーストフードに集まったのは、そんなお盆の忙しさが過ぎた後。メッセージのやりとりや、誰かと二人で会う機会はあったが、こうして四人で集まるのは八月になってはじめてだった。

 ポテトをつまみながら、正面に座っていた雄太が碧に話を振る。

「お盆に親戚来てた時買い物行ったけど、めっちゃ忙しそうにしてるなーって」

 忙しかっただろ、と言う雄太に、碧はうんと頷いた。

「めっ…ちゃ忙しかった。てか、声かけてくれたらいいのに」

「いやー、邪魔になるかと思って?」

 そんなことない…と言いかけて、結果声を掛けられても挨拶程度で終わっただろうな、と思い、口を閉じる。

「俺も行ったけど、碧には遭遇してないな。てか、探そうとも思わなかった」

 隣で圭一郎が言い、雄太が「だよな」と同意した。

 碧はそんな会話を聞きながら、お気に入りのバーガーに齧り付く。

 バイトをはじめた一昨年はわざわざ探して声を掛けてきたくせに。

 そんな言葉が喉をついて出そうになったのを、バーガーをもう一口齧ることで飲み込んだ。

 仕事が忙しいのを理解したからこそなのだとは思うが、二年経ってそれなりに余裕もある。多少声を掛けられたくらいで慌てるようなことは無い。挨拶程度になろうとも、友人の顔を見るだけで嬉しくなる事だってあるのだ。

 そんな碧の心の内を知ってか知らずか。三人はポテトをつまみ、ジュースを飲みながら、もう既に夏休み中の違う話題で盛り上がっていた。

 何かあればメッセージを送りあったりはしていたものの、やはりこうして会話するほうが楽しい。けれど、話の内容がどうしても楽しくないものになってしまうのは、高校三年の夏だからか。

「てか、部活ないと、何していいかわかんなくて」

「わかる。朝起きて…部活ないんだ…ってなって、もう一回寝る」

「だよなー」

 ともに、サッカー部と陸上部を引退した圭一郎と雄太が呟くのに、そこは起きろよ、と真人が笑う。

「朝の方が勉強はかどらない?」

「「ないな」」

「ハモらなくてもいいじゃん」

「俺たちに、朝から勉強なんて言葉はないんだよ、真人。おまえもだろ、碧」

 圭一郎に話を振られて、碧は咀嚼していたポテトをごくりと飲み込んだ。

「俺?」

「そう。碧はほら、バイトもしてたし。な」

 同調を求めてくるその声に、碧は「あー…」と少しだけ視線を逸らす。

「まさか、」

「んー、バイト無い日は、朝から課題やってた…」

「裏切り者」

「何だよー。やらなきゃバイト行けないから、頑張ってたの!」

 それは、バイトを夏休みにも続けたいと言った時に親と約束したことだ。破るわけにはいかない。広瀬にだって、そこはメリハリをつけてきちんとやると、宣言している。

「だから、過去一課題終わらせるスピード速かったと思う」

「まじかー」

 俺まだ終わってないよ、と雄太がぼやいた。

「課題だけで手いっぱいで、他の事ほぼできてない」

 去年までのように、課題を終わらせたからそこで終了といかないのが、この夏だ。受験対策にと、参考書や問題集との睨めっこが待っている。

 涼しい部屋に集まって、だらだらとゲームをしたり漫画を読んでいた去年の夏が、遙か遠いもののようにすら感じられて、最早懐かしい。

「終わるなー、夏!」

 突然少し大きめの声でそう言った圭一郎に、残りの三人が驚く。ジュースを飲んでいた真人は、むせそうになったらしく、小さくケホケホと咳き込んだ。

「何だよ、いきなり……」

 碧が問えば、圭一郎は言葉のままだよ、と苦笑した。 

「夏、まだ終わるなーって。部活引退したから、今年の夏は長く感じるかなとか思ってたんだけど……全然だな。まだ終わって欲しくない。課題がどうとかじゃなくて、単純に。高校最後の夏の思い出、何も無しじゃつまらない」

 圭一郎の最後のひと言に、碧も、残りの二人もハッとしたように顔を上げ、視線を交わした。

「……夏の思い出…そうかも」

 雄太が呟く。

 去年までは、休みが合えば一緒に出かけたり、誰かの家にみんなで泊まったり。そこで、バーベキューや花火なんかをして楽しんだが、今年はまったくだ。

 雄太と圭一郎の部活もないし、碧もバイトも日数を減らしているから会える時間は今年の方が確実に多かったはず。けれど、どうしても「遊ぼう」というひと言を告げることに、気後れしてしまう。

 それはきっと、碧だけでなくほかの三人も一緒で。

 だからこそ、いまの圭一郎のひと言が、ずんと重く響いてしまって。

「……夏の思い出、作ろうか。どっかでパーッと一日」

 ぽつ、とそう最初に言ったのは、まさかの真人だった。

「何も考えずに、一日。電車かなんかでちょっと遠出して」

「いいね」

 真人の言葉に、碧が頷いた。

「夏休み終わるまで後二週間…。予定合わせて、行こう、遊びに」

「よし、なら俺は速攻で課題終わらせる」

 雄太が宣言し、圭一郎も「俺も」と後に続く。

「じゃあ、いつにしよう。バイト休みなのが……」

 そうと決まれば、だ。碧はスマホを開いて、カレンダーを表示させた。


 そこから小一時間ほどしゃべって、店を出る。

 店に集まったときも久々で嬉しかったが、出るときの方が心が弾んでいるような気がした。

 遊び予定の詳細をまた連絡し合うことを約束して、それぞれ帰路につく。

 これから本屋に寄るという真人と、ついでに参考書でも見てこようかなという圭一郎とは店の前で別れて、碧は雄太と自転車置き場に向かった。

 炎天下に止めているから、自転車のハンドルもサドルも熱を帯びて熱い。さらに熱くなっているヘルメットをかぶるのが嫌で、二人は自転車を押して日陰になっている歩道を歩くことにした。

「暑いなー…まじで」

「ほんとなー…。店から出たくなかったな」

「確かに」

 ジリジリと痛めつけてくるような暑さに辟易しながら、ゆっくりと歩き始める。

 小さい頃は、暑さなんか気にせず外で走り回っていたような気がするが、今はこうして炎天下歩くだけで体力が消耗してしまう。

 歩きながら今度の予定のことを話していると、ふと、雄太が思い出したように「話変わるけど」と碧を見た。

「さっき店で聞きそびれたんだけど…バイト…続けるって?」

 少しだけ心配そうな声音で問われて、碧はその話か…と思いながら、はっきりと「うん」と頷く。

「そのつもり。ていうか、そうする」

「マジで…」

 雄太が立ち止まったのに、碧もあわせて足を止めた。

 振り返って雄太を見れば、顔に大丈夫なのかと書いてあるのが見て取れるようだった。

 心配をしてくれているのがわかるから、少し複雑な心地になる。けれど、この決心はそう簡単に変えるつもりはない。

 「…週に2回とかだし」

 碧は「息抜き程度だよ」と静かに笑って言うと、それ以上何も聞かれないように…と、急いで自転車を押しながら歩き始めた。

 本当はそんな単純な理由ではないが、これ以上話をしてしまうと、何か察せられるような気がして。

 そこからもう少し歩き、 分かれ道にさしかかったところで、二人足を止める。

「じゃあ、また連絡するから」

 言いながら、碧は自転車のサドルに触れる。熱もそこそこ収まっているから、ここからは乗って帰ろうと、自転車に跨がろうとした時だった。

「碧」

 わずかばかりトーンを落とした雄太の声。何、と視線を向ければ、いつになく真剣そうな雄太の顔がそこにあった。

 バイトの話だろうな、と聞かずともわかる。何を言われても、決心を変えるつもりはないと返事をするつもりで雄太を見た碧に、

「あのさ。バイト続けるのってさ、ほんとに息抜きだけ?」

 まっすぐに碧を見据えて、そう雄太が問うた。

「……え?」

 想像していなかったその言葉に、碧はどきりとして、小さく喉を鳴らす。

「それ、どういう…」

「んー、なんとなく?さっき、息抜きだって言ってたけど……目がなんか違う気がしたから」

 けど、小遣い稼ぎって感じでもなかったから、何かほかに理由があるのかなって思って。と、雄太が続けて言うのを、碧は目を見開いて聞く。

「雄太、すごいな」

 はは、っと碧は笑い、雄太を見た。

 それが肯定の意味であることは、雄太にも伝わっただろう。

 けれど今ここで言葉にできるような軽い理由でもなく、それを伝えるにはまだ至っていない。

「また、話聞いてもらうかも」

 言った碧に、雄太は少しだけ眉を寄せ、れから静かに笑った。

「ん、わかった」

 雄太はそれ以上何も聞かず、じゃあな、と自転車に跨がると、家の方向に向かって自転車を走らせた。

 その後ろ姿を見送りながら、碧はふーっと大きな息を吐いた。

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