24. 未知の道具

 翌日。

 私はデストリア公爵家当主のユリウス様の来訪に備えて、応接室の準備を進めている。


 お店の準備はコニー達が進めてくれているものの、他にもすることがあるから、忙しいことに変わりない。

 本当は今すぐにでも人を雇いたいところなのだけど、ファンタム公爵家が糸を引いている人が来る可能性があるせいで、それは出来なかった。


(隠し事を見通せる魔法があれば楽なのに……)


 そんなことを考えながら応接室の掃除をしていると、扉がノックされた。

 すぐに廊下に出ると、ルイスと目が合う。


「セシル、デストリア公爵家の方がお見えになったよ」


「ありがとう。すぐに対応するわ」


 そう口にし、ルイスと共にお店の入口へと向かう。

 ここは三階だから少し時間がかかってしまったけれど、売り場で待っていたユリウス様は私の姿を認めると、笑顔を浮かべた。


「お待たせしてしまって申し訳ありませんわ」


「予定よりも早く着いてしまった私の責任です。貴女が謝ることはありません」


 ここからは商人と貴族の取引の場になるから、所作に気をつけながら頭を下げる。

 間を置いてから顔を上げると、ユリウス様も頭を下げていたことに気付いた。


 貴族が平民に向かって頭を下げることは殆ど無い。理由は単純で、貴族は平民を見下しているから、目下の人間に謝ろうともしないのよね。

 今の状況は、ユリウス様が私と対等な立場だと考えているということの表われで、困惑はしても嫌な感じはしない。


 彼の隣で一緒に頭を下げている家令と思わしき人も腹黒さは感じず好印象だ。

 家令が手にしている細長い物が気になるが、きっと大きな巻物だと思うから今は触れないでおく。


「謝罪し合っても何も進みませんので、そろそろ本題をお話しませんか?

 応接室の準備は出来ております」


 ユリウス様が頭を上げたタイミングで、ルイスがそう口にする。

 そうして私達は応接室に移動し、共同開発についてお話することになった。


 ユリウス様は家令と思わしき男性を伴っていて、彼は私達が腰を下ろすのを待ってから二枚の書類を差し出してきた。


「契約書の草案を作りましたので、これを元にお話を進めたいと思いますが、宜しいですか?」


「先に中を呼んでも宜しいでしょうか?」


 書類が事前に作られているということは、罠が仕組まれている可能性が高くなる。

 だから、まずは書類にしっかり目を通して、罠が無いと確信してからお話したかった。


「構いません」


 ユリウス様は快諾してくれたから、先に私が書類に目を通す。

 中身は……昨日お話した内容とほとんど同じ。アレクサンドラ公国の名前と大公陛下のサイン付きということには驚いたものの、私達に不利になりそうな内容は見当たらなくて、緊張が少しだけ和らいだ。


 私の隣で同じ書類を見ていたルイスも頷いて、私達は小声で少しだけ言葉を交わした。


「確認しました。この内容のままで問題ありません」


「助かります。同じ内容のものを合計で三つ用意してありますので、確認の上でサインをお願いします」


「畏まりました」


 頷いてから、私は契約書にサインを書く。

私が書き終えると、ユリウス様もサインを書いていき、これで取引は成立した。


契約書が三つあるのは、私とユリウス様、そしてアレクサンドラ公国の三者がそれぞれ保管することになるから。

どれか一つが失われても効力が残るから、契約を終える時には三者が揃わないといけないのが手間だけれど、逆に誰かが無効にしようと細工することは難しいから、狙われている身としては有難かった。


「――これから、良い関係を築いていけるように尽力いたしますわ」


「こちらこそ、貴女方に後悔させないよう、最善を尽くします。

 話は変わりますが、ファンタム公爵家についてお話することがあります」


 ユリウス様が家令に目配せをすると、布に包まれていた細長い物が取り出された。

 見慣れない物でも、無機質なそれは危険な雰囲気を漂わせている。


「こちらはファンタム公爵家が秘密裏に開発した対魔物用とされる、銃という兵器です。

 もっとも、今のところ人に対してのみ使用されているようですが」


「銃……ですか? どのような仕組みかは分かっていまして?」


「ここに火薬を詰め、弾丸を入れて使うようです。火薬が爆発すると、弾丸が目に見えない速さで飛び出し、魔物を貫通することで殺傷するようです」


「そうなると、傷は目立たないのですね」


「私もそう思っていましたが、弾丸が通り過ぎる時に身体を酷く破壊するようで、暗殺された人はかなり悲惨な状態だったと報告を受けました。

 これは使用前の弾丸なので、宜しければ手に取ってみてください」


 そう言われて差し出された銅色の物体を手にとると、思っていたよりもずっしりとした重みを感じた。弾丸は私の手をはみ出すほどの長さで、親指よりも二回りも太い。

 光の攻撃魔法にも傷が目立たないものがあるが、それよりも酷い傷になることは容易に想像できる。


 どの程度の速さか分からないけれど、防御魔法で防ぎきれるか疑問だわ。

 ルイスの剣撃でさえ私の防御魔法では防ぎきれないのだから、この銃に狙われたらと思うと恐ろしかった。


「ちなみに、私もこれに撃たれたことがあります。

 この魔道具のお陰で頭に瘤が出来た程度で済みましたが、かなり痛かったので相当な威力でしょう。あの時は頭が割れたかと思いましたよ」


 ……もっとも、その不安は不敵な笑みを浮かべているユリウス様の言葉で吹き飛んだ。

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