第32話 遊具
午前七時、僕らはアサヤケ公園中央部を目指して、歩みを再開していた。
丈の低い草原から、茶色い土の大地の景色へと景観が代わり、遠目には点々と聳える遊具の姿が目視できている。
「遊具が見えるってことはボクたち、もう中央付近に侵入しているってことですよね……?」
湖身が緊張した面持ちでつぶやく。
無理もなかった。
つい今しがたレベル四の魔物が六体も同時に出現したところなのだ。
いよいよ、やばいところへ来たという雰囲気が上昇青葉冒険者部にもようやく纏わりつき始めていた。
「二位之先輩」
レベル四の魔物の死骸の前で、かがみ込んでいた真白が僕を見上げて来る。
「昨日は一体だけでも、あんなに苦戦してたのに、どうして今日はレベル四の魔物をこんなに沢山あっさりと倒せたんですか?」
「コツが分かったからだよ。元々僕がこれ相手に、手間取ってたのは攻撃が通らなかったからだし、それさえ改善されればまあこうなって当然だね」
と僕は魔物の死骸に目線を落とす。
巻尺を手に湖身が素材回収を開始していた。
「……どうやったらわたしもこんな……」
「それには、まずレベル一の魔物を倒せるようにならないといけないんじゃないかな?」
「そう、ですよね」
真白は戦闘に関してほぼど素人と言っていい、それなのにプロになった後の己の姿しか瞳には映していない。
現実とのギャップに苦しんでいるようだ。
ふと目を向けると、不治野が無言で僕を睨んでいた。
「ああ、僕の実力に嫉妬したんだね? いいね、もっとその視線、浴びせかけて見てよ。受け止め慣れてるからさー」
僕は両手を広げて見せた。
「っぐるせえ! クソ野郎が……っ」
不治野は歯軋りをした。
「俺様はな、治癒師なんだよ! てめえとは争う場所がちげえんだ! ……それにだ!」
朝焼けに声が響き渡る。
「てめえが強けりゃ、今回の冒険の成功率も上がる! 上昇青葉冒険者部! ぜったいに支配者格魔物ぶっ倒してやるぞー!」
後輩二人がその宣言に対して、いい返事を上げた。
僕は自分の髪の毛を指先で撫でた。
僕らのターゲットである支配者格魔物はレベル五だ。
レベル五の魔物は、レベル四の魔物が使ってきた魔力の集中を、全身に行き渡らせることができるらしい。
つまり何度も攻撃を弾かれた、あのレベル四ドロノビの集中状態の硬い魔力障壁よりもさらに上の防御力を誇る障壁を僕は何とかして小細工なしで真っ向から攻略しなければならない。
でなければ倒すことは叶わない。
後輩二人は素人だから仕方ないとして、不治野はこれでも三級冒険者だ。
いったいどこからこんな自信が湧いて出て来ているのか、僕にはさっぱりわからなかった。
真白が呼びかけた。
「部長」
「なんだ?」
「サンゲキガレキ廃村のことなんですけど」
「ああ……」
不治野が言う。
「いいか、お前ら、耳の穴かっぽじって今から話す俺の言葉をよく耳に入れろ! 特に二位之! お前が不安だ!」
「いちいち不快だね君って?」
不治野が構わず話し始める。
「俺らが討伐予定の支配者格魔物の出現地点から目と鼻の先の距離にサンゲキガレキ廃村ってダンジョンがある。支配者格魔物討伐の際は、あんまりよ、そっち側へは行きたくねえって話だ。だからよ、これはできればなんだが、逆方向に支配者格魔物を誘導してから戦いへ挑みたい」
真白が僕を見た。
「事前に先輩に説明したとおりです。サンゲキガレキ廃村に湧く支配者格魔物を今日、討伐予定の冒険者パーティーがあって、お互いに邪魔し合いたくないからって部長はこう話してるんです」
「意外だね?」
「あん?」
「いつもの君なら、そんなのお構いなしで、やる気がしてたけど」
「ダンジョンで一番怖いのは人間なんだよ」
「へー、なんかそれっぽいこというね?」
僕は感心した。
「茶化すな!」
不治野は吠えた。
真白が早口で言った。
「でも実際、部長の言う通りなんですよ、二位之先輩。終点世界もののドラマや映画とかでもそういう展開が描かれてることが多いですし、現実でも殺人事件を始めとするダンジョン犯罪に発展したケースがいくつもあります」
「たまにニュースとかで流れてるよね」
湖身が真白に相槌を打った。
僕は投げやりに言った。
「君たちの言い分は分かった。人間には気を付ける、そう意識を持てば文句はないね? それで不治野、そろそろ訊いてもいいかな? どうやって支配者格魔物を倒す気でいるのかを。まさか僕がなんとかす」
「支配者格魔物討伐のための切り札はこいつだ」
不治野は真白の両肩を背後から掴んだ。
「え?」
と真白が目を見開いた。
僕も流石に鳩が豆鉄砲喰らったみたいになった。
「真白の持つ武器なら、レベル五の魔物の魔力障壁だろうが構わずぶっ潰せる! 実際、こいつはあんときだってレベル四の魔物相手に普通にダメージ与えてやがった!」
僕は否定の言葉を吐き捨てる。
「いや、無理だから」
「できるよな、真白ッ?」
「わたし、やってみせます!」
「よし!」
「いやいや、よしじゃないよ?」
「うるせえ、二位之ッ! てめえはこいつのサポートに徹しやがれ! 真白はやる気なんだ! だったら俺様たちも協力するのが筋だよな!」
僕は肩を落とした。
ため息をつく。
「まあ、みんながそうしたいって言うんなら別にそれでも構わないよ、僕は別に」
真白の所持する大鎌は確かに強力な威力を秘めていた。
おそらく不治野は僕が知らないあの武器と真白の事情を何か知っているのだろう。
相当良い武器なのかもしれない。
ただ普通に考えて真白の攻撃は敵に当たらない。
彼女は魂による身体能力強化がド素人だ。戦闘に関してもド素人だ。
だからこそ、不治野は僕に攻撃を直撃させるための協力をしろというのだろうが、奇跡的に一発でも攻撃を命中させられたとして、それで僕らの勝ちになる、なんていう甘い現実はどこにもない。
敵からしても生死がかかる戦いなのだから。
必死に起き上がってくるはずだ。
「でも、本当に真白さん大丈夫なんですか?」
「大丈夫、わたし頑張るから湖身くんも応援してよ」
「う、うん……」
彼らのやりとりを流し見て僕は空を見上げる。
朝焼けが眩しい。
「それじゃ、てめえら! いよいよこの冒険の締めに入るとするぞ! 出発だ!」
盛り上がるパーティー内の士気。
後輩たちの明るい声を耳に受けながら、僕は不治野の促す目線に従い、先頭を歩き始める。
背後から聞こえてくる他メンバーたちの声をこの身に受けていると、先ほどまで考えていたこの作戦への否定意見が僕のなかでどうでもよくなってきた。
どうせ駄目で元々なのだ。
真白が不治野の期待に応えて、支配者格魔物を倒せるようならそれで良し。
無理そうなら僕がそれ以降の戦闘を全て引き受けて、たった一人で頑張ればいいだけである。
なにはともあれ、剣闘士だった頃の僕はアリーナで最初から孤独だったが、今は背中には彼らがいる。
無茶苦茶な奴らだな、と正直思ってはいるけれど、冒険者の当たり前なんてものを僕はまだ大して理解していない。
それならそれで、この状況はもうそういうものなのだと冷静に受け止めるべきだろう。
この先に待つ、レベル四ダンジョン・アサヤケ公園の支配者格魔物。
いったいどれほどの強さを有している魔物なのか……。
アサヤケ公園の遊具の群れを眺め見て、僕は笑みが零れた
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