第30話 カレーライス

 朝日に照らされた午前零時三十分、半透明な煙に僕らは囲まれていた。

 結界煙と呼ばれる魔物が寄ってこないようにする特殊な煙幕だ。

 煙が始動した場所を中心に広範囲に及ぶ円形を形成し、結界煙は長時間、その場にしつこく居座り続けることになる。

 

 たき火の煙は空へ昇っていた。

 設置したテントがそよ風に揺らされている。

 スプーンを口に含んだ瞬間、真白は笑顔になった。


「おいしい……お家で口にするレトルトカレーと全然味が、もぐっ、違う」


「もく、ごくん、もくもく」


 湖身が口いっぱいにカレーライスを頬張っている。

 僕は、自分で持ってきていた食パンをたき火で焼いてみていた。

 焼けたパンの上にカレーを乗せ、かじりつく。


 カレーの辛い香りが鼻先をかすめていく。

 今日も一日頑張った甲斐があった。

 そう思いながらしみじみとしていると、真白と湖身が僕の方を見やっていた。


 僕は仕方なく、食パンの入った袋をそっちに投げてやった。

 二人は顔を見合わせ礼を言ってきた。

 不治野はカップ麺を食べている。

 しょうゆ味にカレーを上から注いで、啜っている。


「変わった食べ方が好きなんだね君は……」


「ぐッるせえよッ」


 湯気を立てるレトルト容器を口中へ傾け、不治野がスープを呷った。


「ぷはッ、――いいか、お前ら! 朝の六時には出発すっからな!」


 パンを食べ終えた僕は米とルーをぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたカレーライスを食し始める。

 僕のは辛口レトルトカレーだ。

 細かな肉が歯と歯の間に潰れる。


「これから先、中央部へ近づくほど、遭遇する魔物の強さの平均値が上昇するんですよね……?」


 真白がスプーンを持つ手を止めた。


「なんだ、真白? お前はもう怖気おじけづいちまったのか?」


「……こわくなんかないです。でも、わたしさっきのレベル一の魔物相手にだって、どたばたしちゃって……」


 不治野がフン、と嗤った。


「やっぱ怖気づいてんじゃねえかよ!」


「ちがいますっ!」


 食事を真っ先に完食した僕はロングソードの手入れを始めた。

 その間も彼らはカレーライスやらを口に運びながら、私語を楽しんでいる。


「二位之先輩」


 真白が僕を呼んだ。

 目を向けると彼女は僕が胡坐あぐらをかいている隣に立っていた。


「先輩の目から見てあのときのわたしの動きって、どう感じました?」


 僕はロングソードへと目線を戻す。


「……それは君が不治野の呼びかけを無視して、勝手に魔物へ突っ込んで行った時の話でいいのかな?」


「う!?」


「もし違うなら、残念だけど僕の記憶の中には当てはまる君の姿は残ってないみたいだ。よって何も答えられそうにない」


 彼女の存在を意識の外に追い出す。

 ロングソードを空に掲げた。


「先輩、その、本当にあのときはすみませんでした。わたし必死で……」


「そうじゃなくて……」


 僕は剣から目を離す。

 真白の姿を探して、瞳を動かした。

 不治野と湖身が遠くのほうで、なにやら二人で大きく身振り手振りを交えながら会話を行っている。


 僕は真白を見つける。


「君が僕に意見を求めているあの時っていうのがいったいいつの光景を指したモノなのかを僕は今、訊いてるだけだよ?」


 真白は両手を握りしめた。


「わたしが勝手にフウセンカエルに突っ込んじゃったときのことです。わたしの戦い……どうでした?」


「僕が助けに入らなかったらあの時、君はいったい何度、同じ敵の攻撃に直撃することになっていたんだろうね?」


 僕ははっきりと口にした。


「今の君は実践に立っていいレベルにないと思うよ?」


「…………わたし、どうしたら強くなれますか?」


 真白が尋ねてくる。


「僕は指導者じゃないから、そんなこと分からないよ」


 真白は顔を伏せた。

 彼女の背負っている大鎌に僕は目が行った。


「……さっきは悪かった。その大鎌を目にした時、無意識に君を睨みつけてしまっていたらしい。本当に申し訳なかった。今後はそういうことは絶対にしない。この通りだよ、許してほしい」


 僕は頭を下げる。


「……いいんです。そういう反応、慣れてるので、だいじょうぶですから」


「ありがとう」


 僕は言った。


「そういえば、君のその大鎌の威力だけは本物だと感じたよ。敵の攻撃に対処するとか今の君じゃ到底無理だ。となると自分の攻撃を相手よりも先に当てることに意識を割くべきなのかもね?」


 立ち上がり、僕はフルーツの缶詰を探しに向かった。

 

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