第9話 平和な日々
休日も終わり、再び忙しい授業の日々が始まる。
僕にとって体育の時間は大変残念なことに、不良生徒の不治野とペアを組むことになることが多い。
クラス替えなどが存在しなければこんな面倒なことにはならなかったというのに。
そんなこんなで僕と不治野は互いに無言で準備運動を行っていく。
簡単に言えば不治野はゴリラのような体格の男であった。
赤髪を逆立たせ、顔つきも勇ましい。
目つきは常に横暴さが見え隠れし。
いちいちガンを飛ばしてくる。
そんな不治野と顔を合わせていると、僕もストレスが溜まって仕方がない。
授業中とはいえ歯磨きガムを噛まないとやってられない。
味のしなくなったガムを僕は吐き捨てた。
地面に座り込み、ストレッチを行っていた不治野の顔面に不幸にも僕が吐いたガムが張り付いてしまった。
何やってんだ僕は。
「ごめ」
僕は不治野に首元を掴まれた。そのまま片手の力だけで持ち上げられる。
身長と筋肉は僕もそこそこなのだが、それでも不治野はさらにデカいのだ。
最早、謝るにも手遅れだ。不治野は顔を真っ赤にし、かんかんに怒ってしまっていた。
「てめえいい度胸じゃねえか、二位之!」
「……すまなかったね。この通りだよ。許してくれよ不治野君」
最早、僕の気分はげんなりだ。
「こら、お前たちなにやってる!」
教師が助けに来た。
こうして僕は救われた。
しかし僕も授業中にガムを噛んでいたせいで先生から怒られた。
放課後、靴箱に果たし状が入っていた。
もちろん、その場で破り捨てた。
中身も流し見ただけなので、もう内容は忘れた。
あえて僕は自分の靴箱に散り散りとなった果たし状の残骸を放置しておくことで、なにも知らない部外者を装うことした。
普通に考えたら、自分に届いた果たし状を破いて、わざわざ自分の靴箱に放置する人間なんていない。
愉快犯が僕より先にこの果たし状を発見し、破り捨て、放置したんだ、とそう思わせる感じで行こう。
そう、別に僕が果たし状を細かく破りすぎたせいで、持って帰るのが面倒になったとかそういう理由があるわけでもあるまいし。
さあ、冒険者の務めを果たす時間だ。
夕刻前の青空の下へ僕は飛び出した。
夜。
冒険者活動を終え、財布の中身を増量させ、ほくほく顔でギルドの外に出て来た僕は目を見開いた。
なぜなら燃え盛るような赤髪の不治野竜五が待ち構えていたからだ。
そういえば不治野も冒険者だったっけか。
となると、誰か知り合いと待ち合わせているのかもしれない。
不治野にも仲のいい人間とかいるんだな、とそう思いながら僕は彼の真横を通り過ぎた。
が回り込まれた。
「待ちやがれ! ぶっ殺すぞ! てめえ!」
「え?」
僕は背後を振り向いた。
それっぽい人影は見当たらない。
「お前だよ! お前! 二位之陽光郎!」
なるほど、彼の待ち人は僕らしかった。
改めて僕は不治野を見上げた。
「僕に、何か?」
冒険者ギルドの建物から人工光が辺りに漏れ出していた。
「俺と決闘しやがれ! 今すぐ殺し合うぞ!」
目を細めて僕は不治野を見つめた。
「なんでそんなことを?」
「てめえが俺様にガムを吹きかけやがったからだ」
「……ああ、そういえば!? あの時はごめん! 悪かったよ!」
僕はポケットからガムを取り出し、不治野に投げ渡す。
「なんのつもりだ?」
「君も僕にガムを吹きかけるといい。それでおあいこってことさ」
「ふざけるな! そういう問題じゃねえんだよっ!」
僕は冷たく突き放した。
「だったらどうしたい? 決闘がしたいとか言ってるけど、君じゃ僕には勝てないだろ?」
「……なんだとォ……!」
「知ってるはずだ。君と僕が体育でペアを組むことが多いのもお互いにクラス内で嫌われてるから嫌われ者同士組まされてるだけ。君は不良だから避けられ、僕は剣闘士時代のキャラクター性ゆえに嫌われてる」
僕は言い切った。
「そう元プロ剣闘士なんだよ、僕はさ」
「いきがってんじゃねえぞ! これでも俺は三級冒険者だ! てめえが剣闘士で強かろうが、なんてことはねえんだよ! 俺様は冒険者として魔物相手に戦ってんだからな!」
僕が一級で不治野が三級。
三級は駆け出しを脱したばかりの並みの冒険者評価。
中学生の僕の弟、闇弥が魔法の才能に目覚めてからあっという間にたどり着けた領域だ。
「そうかい。だったら今から五分間。僕はこの手前の道で動き回る。だからその間に君が一発でも僕相手に攻撃を命中させられたなら、その時は君の言う決闘ってやつを正式に受けてやってもいいよ」
「乗ったぜ。その約束、絶対違えるなよ?」
「もちろん」
不治野を完全に見下し、僕は高笑いしながら道路へと歩み寄った。
「さあ遊ぼうか!」
僕らは最早互いしか眼中になかった。
「うおおらあああああああ! 俺様がてめえを地に転がしてやんよおおお二位之!」
不治野が拳を振り上げて駆け走ってくる。
僕はひらりと彼が放った大振りな拳を余裕を持って躱す。
瞬間、僕の体を眩い光が満たした。まるで夜間の闘技場で浴びるスポットライトのようだった。
「見てるかい、不治野? 僕くらい有名な剣闘士になるとこんな道路の上にいても照明が勝手に用意され」
クラクションが鳴り響いた。
「邪魔だボケ! 道のど真ん中で遊んでんじゃねえぞクソガキ共が!」
僕が道に居座っていることで車がブレーキを踏んでいた。
運転手の男が窓を開き、車体から顔を出して怒鳴り散らしている。
「……す、すみません!」
謝罪しながら僕は露骨にテンションを落ち込ませた。
すぐに道路の真ん中から道脇にそそくさと避けて行く。
「わはははは! だっせえなあ二位之ォ!」
不治野が僕を指差し、大笑いした。
僕は顔を引き攣らせる。
「黙れ、不治野! こうなったのは君のせいだ! 僕は悪くないんだ!」
瞬間、僕は不治野に唾を吹きかけられた。
「それでガムの件はチャラにしておいてやるよ! しっかし、ざまあねえあねえよなあ! そんなとこで動き回りやがるからそういう目に遭うんだよ迷惑野郎がよ! あーばよ、くそださ二位之!」
踵を返して不治野は僕から離れて行く。
しかしすぐに彼の歩みは止まった。
歩行者と正面からぶつかったのだ。
不治野は尻もちをついた。
「ってえなあ……どこ見て歩いてやが……」
不治野が接触した相手を睨み上げた。
だがその相手は不治野よりもさらに怖そうな風貌で、とんでもなくガタイのいい男だった。
しかもスーツを着ているものだから、より一層身に纏う雰囲気が恐ろしい。
「おい、小僧、今なんつった? 気をつけるのはお前の方だろうが? 違うか?」
「ち、ちがわねえ……です」
学校での横暴さが嘘のように縮こまる不治野。
「っち、今度からはちゃんと前見て歩けよな、小僧!」
苛立たしそうにする大男。
小さな足音が近寄って来た。
「もうお兄ちゃん! 喧嘩は止めてください!」
僕らと同じ上昇青葉高校の学生服姿の少女だ。
緑色の長い髪が胸元の当たりに垂れている。
それも同い年を示す学年章。
「でもなあ、この小僧の態度が!」
「いいから! こっちに来て! ……あの、すみませんでした!」
少女は兄の腕を引っ張りながら、不治野への謝罪の言葉を残して去って行った。
二人の姿が冒険者ギルドの建物の方へ見えなくなると、この場に静寂が戻って来る。
僕と不治屋、互いに目線が合った。
「今度からは目の前を見て歩いたほうがいいよ、不治野」
「うるせえよ……」
不治野は疲れた様子でつぶやいた。
僕としても今日は散々だった。
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