第5話 魔法


 僕が暮らす、八十七の欠片大地かけらだいちと一つの塊大地かたまりだいちによって構成される世界・アドチヤモンドルを現世と呼ぶなら、この終点世界は滅亡した世界の残滓ざんし――ダンジョン――が集まる最期の場所だ。

 ダンジョンは、それぞれが滅亡前にあった個別の風景を宿して存在しており、だからこそダンジョン内の景色は一つ一つのダンジョンが撮影した、色褪いろあせない記念写真のようなものであった。


 僕はキバリール草原で引き続き、魔物を討伐している最中だ。

 腕時計が指し示す時刻は、夕暮れ時を指している。

 今頃、現世にある冒険者ギルドの外は夕日に包まれている頃だろう。


 しかしキバリール草原の空はずっと太陽が浮かぶ青空で固定されたままだ。



 僕はロングソードを振り下ろし、キサールを両断する。

 そうして一体仕留めた後も、剣速を早め、足を前へ踏み出し、もう一体のキサールの方も一撃のもと斬り伏せてやった。


「……もうこれで帰還しよう。明日からまた学校だし、放課後を利用するとしても昇級条件の達成は来週中、もしくは再来週以降ってところかな……」

 

 大籠にキサールの亡骸を放りこみ、僕は帰路へ着く。

 にしてもギルドとダンジョンを往復し、数十体は狩ったのにその間、世界結晶は一つしか出なかった。


 まさに世界結晶はボーナスのようなものだと考えておいた方がいいのかもしれない。

 それでいて大体の場合は千コゼニカ以下の価値にしかならないものらしい。

 やっぱり宝くじというわけだ。

 

 突然、金髪が数本はらりと宙を舞った。 

 僕の髪の毛だ。

 反射的に片足を下げた勢いに乗じて僕はその場から何度もバク転をし、距離を取った。

 ロングソードを正面に構える。


「……草原の中になにかがいる?」


 目を細めた僕の視界の端で、草原がざわめきを立てた。

 やがて四つんいになって草の根の中に姿を隠していた一体の骸骨が飛び出してきた。


「スケルトン? ――っと!?」


 僕は真横へ飛び退いた。

 直前まで己が立っていた空間を、緑色の波、が通り過ぎて行ったのだ。


 なるほどこれがレベル二以上の魔物が使用してくるっていう攻撃魔法か、と僕は思った。

 魔法の放たれてきた方角へ目線を向けると別のスケルトンがたたずんでいた。


「二体目……か!」


 慌てながらも僕はすでに地を蹴っている。

 狙いは今しがた魔法を放ってきた方の骸骨だ。

 一瞬で間合いを詰め、僕は骸骨の体を剣の一振りでばらばらに斬り飛ばす。


 残った一体のスケルトンが手のひらを前に突き出し、魔法を放ってくる。

 緑色の球体。

 おそらく魔力の色からして風魔法だろう。


 僕は意識を集中した。

 途端、ロングソードの刃に纏わりついた紫色の魔力が具現化する。

 人間は己自身の魂を用いて、世界中のあらゆる場所に漂う魔力と呼ばれる力を操作することで、武器などに纏わせることが可能だ。

 魔力操作と呼ばれる技術である。

 魔力を纏うとは、魔力操作を行い、対魔物の戦闘において攻撃力や防御力を強化する効果がある魔力の障壁――魔力障壁まりょくしょうへきを作り、己の人体や装備に張り巡らせるということであった。


 そして魔法を斬るためには、対象とする魔法と己自身がぶつかる瞬間、武器に張った魔力障壁の一部をタイミングよく四散させる。

 そうすることで、直前まで己の魂の支配下にあった魔力と、相手の魔法とがぶつかりあい浸食し合う。

 その混ざり合った状態の魔法へと、武器に残っている魔力障壁で接触することで打ち払うことが可能となる。


 ただしその際、強力な魔法を斬ろうとすればするほど、難易度は跳ね上がってしまう。

 地を駆けた僕は加速し、向かい来る風魔法の球体ごとスケルトンを斬り飛ばした。


 

「はあ……」


 当たり前だけど、いきなり骸骨が出てくるもんだから驚きもする。

 しかも魔法まで撃ってくるし。

 レベル二の魔物が放つ魔法程度なら、スポーツなどで使うそこそこの大きさのボールが勢いよく直撃する程度の痛みですむらしいのだが、自ら当たって確かめたくはないものだ。 


 とりあえず無事戦闘が終わってみれば突然スケルトンが襲ってきたことによる動揺なんてすぐに薄れていった。


 戦闘跡に残された骨拾いを優先したくなったのだ。

 この骨の山は一体、いくらになるのだろうか。

 結論から言えばあのスケルトンはレベル二の魔物であり、二体分で百二十コゼニカだった。

 

 そのお金は冒険者ギルドからの帰路、立ち寄ったコンビニでメロンパンになった。

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