嫌われ者剣闘士引退 二位之陽光郎アマチュア冒険者日常

森山休郎蔵

1章

第1話 日常の終わり


 僕こと二位之陽光郎にいのようこうろうは四十九番目の都市オオバネにある上昇青葉高校じょうしょうあおばこうこうに通う十七歳の現役学生である。

 

 そんな僕には学業以外にも取り組んでいることがあった。

 

 それは闘技場で日々、勝敗の結果を求めて戦い、時には命の奪い合いを行わなければならない、剣闘士としての生き方だ。

 今日も僕はロングソードを相手剣闘士の喉元に突きつけ、決め台詞を吐いたのだった。


「もう終わりだよ? さっさと負けを認めなよ、君?」


「っうあ……」


 相手剣闘士は顔を青ざめた。

 僕と相手剣闘士、たった二人だけの空間。

 

 しかし僕らは見世物であり、観客席がぐるりと周囲を取り囲んでいる。

 罵声が飛びこんできていた。


「くたばれー、二位之ー!」


「相手の人ー、そんな奴に負けないでー!」


「二位之死ねー!」


「くたばれー二位之ー!」

 

 それら一言一言の大半が僕に対する誹謗中傷であった。

 相手剣闘士が言った。


「……こ、殺せよ!」


「はい?」


 僕は思わず訊き返した。


「借金があったんだ。負けた俺はこれ以上生きててもなんの意味もねえんだよ。だから勝者のてめえがその手で俺の命を終わら」


 どさり、と相手剣闘士は地に崩れた。

 僕が肘鉄を食らわせたからだ。


 これにより、いっそう観客席の罵声が強烈なものとなった。

 こんな騒々しい中でも、審判員は黙々と自分の仕事を全うする。

 

 判定が終わると、二位之陽光郎の勝利が確定した。

 すかさず僕は大声を張り上げた。


「あーあー今日もいるんだろうねー! 僕に賭けなかった、馬鹿者どもがさー!」


 アリーナの出入り口へと去りながら僕は高笑いするのだった。


「いい気味だねー! アッハッハッハッハッハッハ!」 


 当然、観客の誹謗中傷は最高潮となっていた。

 この歓声とも本日限りでお別れだ。

 そう思うと、少しだけ寂しくもあった。


 選手控室に戻ると、マネージャーの春日さんが待機していた。


「よくやったぞ、二位之! 最近は剣闘士としての腕前だけじゃなく口先も絶好調じゃないか! これからもお前のために悪役台詞を追加で考えてきてやるから期待して待っとけよ!」


「ありがとうございます、春日さん」


 僕は愛想笑いを浮かべた。


「この調子ならもっともっと大きな大会で活躍するのも夢じゃないぞ!」


「そのことなんですけど」


 と前置きをしてから僕は春日さんを見つめた。


「僕は今日で剣闘士を引退します。というわけでそういった大会には万に一つも出られません」


「はあ!?」


「アリーナに上がるの疲れたんですよ」


「ふざけるな! そんなこと社長が許すわけが!」


「もちろん許可は頂きました」


「嘘だ!」


「嘘じゃありませんって。社長は、戦う意思のない剣闘士はうちには必要ない、勝手に出ていけ、とのことでした」


 帰り支度を整えた僕は、笑顔で春日さんに頭を下げた。


「春日さん、これまで本当にありがとうございました。お世話になりました。さようなら」

 

 それから早々に控室を後にする。

 だけど声が後ろをぴたりとついてきた。


「なぜだ! なぜなんだ二位之! お前の剣闘士としての栄光への道のりはこれからじゃないのか!」


 僕は背を向けたまま春日さんに言葉を返す。


「最初の頃はこの仕事、自分に合っている気がしていたんですけどね。ただ最近の対戦相手ときたらやれ、娘の命がかかってる、やれ家族のために金が必要だのと喚く、こうなると、いい加減、人の命を奪わずにこの仕事をやって行く自信がなくなってしまう」


「殺せばいいだろ! 殺せばいいんだよ! 簡単な話だろ!?」


「僕も自分のために百億コゼニカ必要なんです」


「だから殺して、稼げよ! 流血試合は盛り上がるんだ! なんだったら確死かくし試合をばんばんやっていいんだよ! それになあ! 幸い、俺が考えたキャラクターを忠実に演じ切るお前の試合は人気があるんだよ! 上へ行けば行くほどメディアはお前をこぞって取り上げ出すぞ! 百億だってお前ならこれからさして苦労せずに生み出せるようになるんだよ!」

 

 僕はもう言葉を返すつもりはなかった。

 別に、人を絶対に、殺したくないと考えてるわけじゃない。


「スラムにまた戻りたいのかあー! 二位之っ! 一緒に暮らしてる弟がいるんだろうがっ! この無責任やろうがあっ!」


 ただ対戦相手の胸に秘めた想いに気づいてしまったら、どうも剣筋が鈍る。

 だからけっきょくのところ剣闘士という職業は僕には向いていない働き先だったのだろう。

 僕は闘技場を後にした。


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