第3話

「ねえ」


 しばらく沈黙したまま、各々持参した弁当を食べていると。


 先輩が俺に声をかけた。


「は、はい」

「矢嶋君って、いつもあの本屋に行くの?」

「ええ、まあ。俺、地元から離れてこっちに来たばかりなので通いだしたのは最近ですけど」

「そ。私は、昨日初めて行ったばかりだけどいいお店ね」

「そうですね、人は少ないですけど品揃えはいいし」

「うん。いつも本屋に行くのも一人?」

「え? まあ、そうですけど」

「ふうん」


 先輩は勘繰るように俺を見る。

 まだ俺のことを疑っているようだ。

 しかし俺がちゃんとぼっちだということを証明する方法なんて……


「じゃあ、今日は一緒に本屋へ行かない?」

「……え?」

「ダメ? やっぱり誰か一緒に行く人がいるから?」

「そ、そうじゃないですけど……あの、ほんとに俺と一緒に本屋行くんですか?」

「ええ。最新刊の感想も聞きたいし」

「そ、それなら別に俺じゃなくてもあの本を読んでる人はたくさんいますし」

「でも、姉派は皆無だから。それに、他の人にはこんな話できないもの」


 少し寂しそうに彼女は言った。

 まあ、姉派という立場で散々嫌な思いをしてきた俺には彼女の気持ちは痛いほどわかる。


 なるほど、和泉先輩がオタクだと周りに知られたくないのはそういう理由もあるからだろう。

 だとすれば俺と似たようなものだ。

 俺だって、ミーハーな妹派であればもっとオタクであることをオープンに出してオタク友達の数人くらい出来たかもしれないけど。

 それが叶わないのが姉派の宿命だ。


「わ、わかりました。じゃあ放課後、一緒に本屋へいきましょう」

「うん、裏門で待ち合わせにしましょ」


 心なしか嬉しそうな先輩を見て、俺は体が熱くなった。

 理由はどうあれ、学校中の人間が憧れるあの和泉先輩と放課後に一緒に本屋へ行けるなんて、嬉しくないはずがない。


 こんなラッキーが待っているなんて、ここまで姉派として苦労したきた甲斐があったってもんだ。


「ねえ」


 勝手に心の中で歓喜の声を挙げていると。

 また先輩が俺を呼んだ。


「は、はいなんですか?」

「ちなみに最新刊はもう読んだ?」

「ええ、まあ。昨日夜更かしして全部読んじゃいました」

「そ。私もなの。感想、率直にどうだった?」

「んー、正直に言えば妹を美化しすぎかなーって。最初はもっと天然で雑な子のはずだったのに、人気が出たせいでいい子にしようと必死に軌道修正してるのがなんとも、ですね」


 と、あの本を読んでいるほぼ全員を敵に回すようなことを言うと。

 先輩は何度か頷いてから。

 つぶやいた。


「……一緒」

「え?」

「私も、同じ事思ってた。最初から主人公を献身的に支えてきた姉のいいところはまるでなかったかのように扱われて、可哀想だった。ちょっとガッカリしたかな」

「で、ですよね。うわー、まさかそんな意見が同じ学校の人から聞けるなんて感動ですよ。結構気が合いますね俺たち」


 と。

 つい調子に乗ってそんな軽口が飛び出してしまうと、先輩は困ったように下を向いた。


「あ、す、すみませんつい……ええと、調子乗ってしまって」

「ううん、大丈夫。私も、同意見の人と話せて嬉しいから」


 言いながらもどこか困っている様子で、気まずそうに目を泳がせる先輩は「そ、そろそろ時間だから。またあとで」と。


 立ち上がって、先に行ってしまった。


「……やっちゃったなあ」


 すぐ調子に乗るのは俺の悪い癖だ。

 いくら先輩がオタクで俺と同じ意見を持っていたとしても、俺みたいな日陰者とあの学園のアイドルが同列になれるわけがないんだ。

 

 それなのに気が合いますね、なんて。

 身の程を弁えろって話だよな。

 グイグイ話してしまって先輩も困惑してたし。

 ちょっと引かれてたかなあ……


 まあ、でも放課後の約束はとりあえずなくなってないわけだし。

 ご一緒させていただく、くらいの気持ちで放課後は楽しもう。



「……どうしよう、ドキドキする」

 

 胸の動悸が限界を超えそうなところで彼の元を離れたけど、まだ心臓がうるさいくらいトクントクンと脈打ってる。


「矢嶋君……素敵」


 あんなに私と同じ考えの人、初めてだ。

 それに、おとなしそうに見えて実は熱いところとか、すっごく男らしい。

 私たち、気が合うんだね。

 すっごく気が合うね。

 こんなの、運命だよね。


 聞いた限りだと彼女とかいないみたいだけど。

 私が本屋に誘った時、ちょっと戸惑っていたのが気になる。

 好きな人とか、いるのかな?

 いたら、嫌かな。

 せっかくこんなにも自分を曝け出してお話できる相手が見つかったのに。


 きっと彼の周りの女子たちだって、オタクをバカにするような連中や妹派ばっかりだ。


 そんなつまらない人たちに、矢嶋君を渡したくない。

 矢嶋くんは渡さないから。


「……私だけのもの、だからね」

 

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