第13話 悪魔発見

 ……でも。


「うわ、眩しい」


 あーしは目を隠した。外から西陽が差し込んできたのだ。


「そろそろ夕暮れですね」


 水族館の窓の外からは夕焼けの街の様子が見える。それは赤くて綺麗だったけど、同時に一日の終わりを意味している。


「悪魔、現れませんね……」


 ルクスたそはうつむいた。今日中に悪魔を見つけて倒さなければコンビ解散になってしまう。


 こんなに仲良くなったのに、まだカップル感が足りないのかな?


「……やだな」


 あーしは思わずこぼしていた。


「え?」


「七災星を倒したいとか、そーゆう夢もあるけどさ……あーし、今ここで、ルクスたそと離れたくないよ……」


「ポラリスさん」


 最初は、小悪魔系が好きな子を守りたい……そんな単純な気持ちだった。でも、こうやって一緒にデートして思ったんだ。いつも無茶して、自分のことを後回しにしちゃう大変な子だけど……一緒にいるのがすごく心地いいなって。


 それに、今まで興味のなかった水族館も、ルクスたそと一緒だと楽しいなって思えた。


 クマノミが泳いでいる前で、あーしとルクスたそは手をつないで見つめ合った。


 好きなものを分かち合って、好きじゃないものも好きになれる。そんな人と初めて会えた。


 あーしと、ルクスたそは一緒のタイミングで言った。


「もっと一緒に遊びたいよ……」


「もっと一緒に遊びたいです……」


 夕日の刺し来む水族館、水槽の前であーしたちの声が重なった。


 --そのときだった。


「『永遠』が……ほしいのかイ~?」


 海の底から響くようなくぐもった声がして、水槽の方を見た。


 中に、人型の『何か』が泳いでいる。その頭は、魚だ。熱帯魚みたいだけど、きれいというよりはけばけばしい色あいだ。そしてよく見ると……体が五メートルくらいある。頭には角、お尻には尻尾!


「ボクちゃんと契約してエ~、『永遠の幸福』、手に入れちゃわなア~い?」


 魚の口がパクパク言って、目がぎょろぎょろと見てくる。腕と足を動かし、平泳ぎをしながら水槽にはりついてきた。


 かかった。


「ルクスたそ、悪魔だ!」


「はいっ!」


 たそが、紙を取り出す。そこには、なかなか露出が多い二人の小悪魔系な絵が描いてあった。あーしは、それを着る自分を頭に思い浮かべる。


 すると、今着ているブラウスが光り、頭から順番に黒い小悪魔系ファッションに置き換わっていく。ルクスたそにも、角が生え、しっぽが出て、悪そうな感じになっていく。


 あーしの手に、巨大な鎌……『夜の杓』が収まった。ルクスたその手には弓がある。


 ルクスたその絵を使った、特製衣装でのパワーアップだ! 可愛ければ可愛いほど強い!


 それを見て魚頭の悪魔はびっくりしたみたいだけど、構わずこちらに話しかけてくる。


「げげ、エクソシストオ!? でもまあいいや、倒すだけだしィ……今まで会った十人と同じようにねエ……」


「魚クン、大した自信だね。ルクスたそ、気を付けて」


「はひ」


 大物だ。本当に十人もエクソシストを倒しているなら、牛クンや花チャンとは比べものにならない強さだろう。


 悪魔は続ける。


「ネエ……君たち、ずっと一緒にいたいんでしょオ?」


「まあ、そうだけど?」


「だったらボクちゃんが、『永遠』の『幸福』をプレゼントしてあげるよオ……彼女らのようにねエ」


「彼女ら?」


 魚クンがくいっと後ろを指さすと、熱帯魚が二匹一緒に泳いでいた。口をパクパク言わせ、それに合わせて声が聞こえるように感じた。


「アアア……」


 女性のうめき声だ。二匹はけばけばしい色に光り、目玉から水じゃない液体が漏れ出ている。そんな熱帯魚があたりに二匹ずつ不気味に光りながら泳いでいた。


「ウウウ……」


「キャアア……」


 デートスポットの水族館、二匹ずつ、女性の声。シリウス君の話を思い出した。


 --数ヶ月で何組かの行方不明者が出ています


 ルクスたそは震える手で口を押さえた。


「まさかっ!」


「まさかだよオ! 最近ここに来た女性同士のカップルさア!」


 うめく二匹の魚の組を、両腕を広げて示す。


 そうだ。デート中に行方不明になった女性たち。彼女たちは水族館に来て、ロマンチックな雰囲気の中で一緒にいたいと願い……そこを悪魔にだまされたんだ! 


「人間を、魚の姿に変えてるってことかっ! やっぱり行方不明の原因は魚クンなん

だね!」


 あーしはなおさら強く鎌を構える。


「な、なんでそんなことを……」


「決まってるでしょオ?」


 魚クン、得意げに言った。


「彼女らはみんな願ったんだア、この人とずっと一緒にいたいってエ! でも『永遠』はない……だからボクちゃんが、魚に変えて一緒にしてあげたんだア!」


「あのさ、意味わかんないんだけど!」


「彼女らの魂は魚の中にあるけど、その魚が死んだら別の魚に移っていくんだア……だからこの水族館、いや海がなくならない限り、『永遠』に彼女らは一緒にいられるんだよオ! 『幸福』なことにねエ!」


「アアア」


「オオオ」


 うめくつがいの魚たち。人間の姿を失った彼女たちは、これから未来永劫魚として過ごしていくってコト……? 吐き気をもよおしそうだ。ルクスたそも口を押さえて言った。


「ひ、ひどい」


「ひどくないよオ、むしろ幸せでしょウ? 願いをかなえてあげてるんだからア。ずっと一緒にいる幸福のためには、有限の時を生きる人間としての姿は捨てなければならない……当然でしょオ? ボクちゃん、その絶望が、さいっこうにおいしいんだよオ!」


 魚クンは、自らもけばけばしく変色していき、口の中から舌をべろべろと出した。目玉からは液体がたれている。彼は、つがいの魚たちを見ながら言う。


「ああ、いいねえ〜その姿! チミたち、『永遠』に『幸福』でいようねエ!」


 あーしは、ルクスたそに聞いた。


「ルクスたそ、どう思う?」


「はい、そうですね……」


 ルクスたそは、大きくうなずいて、弓を握り締めた。まっすぐな目で叫ぶ。


「最の低です!」


「うんっ」


「……一緒にいたいという気持ちは、当事者同士で決めるから尊いものです。外部が決定して、押し付けるなんて……解釈違いです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る