―第九章:冬はまだ続く―

■サリーさんのお誕生日デート

 サリーさんの誕生日は平日だったので、当日はマッチングアプリでお祝いをし、デートは次の土曜日になった。


 サリーさんがデートっぽいところでデートをしたいというので、わたしは必死にインターネットで『デート オススメ』などと検索をしたものだ。


 結局わたしが選んだ行き先は、都内の水族館だった。近くに観光スポットもあるし、退屈はしなさそうだと思ったから。


「ヨウちゃんらしいチョイスだと思うわ」


 保身的と言いたいのだろう。


「今日はエスコートしてくれるのよね?」


 そんなこと言いつつ、水族館のチケットを買ってくれたのはサリーさんである。

 入口から動こうとしないサリーさん。わたしは少し考えてから気がついた。


「い、行きましょう」


 わたしからサリーさんの手を握ったことが今まであっただろうか。多分初めてだと思う。真冬なのに緊張で手汗をかきそうだ。


「ヨウちゃん、そんな気張らなくてもいいのよ」


 可笑しそうにサリーさんは笑う。

 そんなこと言われたって、緊張してしまう。


「どこから見たいですか?」

「うーん。ヨウちゃんの見たいところから」


 今日は全てわたしに投げてくるつもりらしい。

 わたしはフロアマップを見る。やはり定番はペンギンだろうか。


「ペンギンを見に行きましょう」


 サリーさんの手を引く。サリーさんはわたしの歩幅に合わせて隣を歩いてくれる。


「私、こう見えて水族館来たのかなり久しぶりなのよね」

「……前来た時はデートですか?」

「あら、嫉妬?」


 意地悪そうにサリーさんは笑うと、わたしの手を少し強く握った。


「今のデートの方がずっと楽しいわ」


 返しが上手いなと思う。

 そうか、前来た時はやっぱりデートだったんだ。


 どんな人とサリーさんは付き合っていたのだろう。知りたいような、知りたくないような……。


「すごい、ペンギンたくさんいるわよ!」


 はしゃぎながらサリーさんが水槽へと駆け寄る。


「可愛いわね」

「ペンギン好きですか?」

「好きか嫌いかなら好きになるわね」


 わたしも。特別好きなわけじゃないけど、可愛いなとは思う。


「ちょうど餌やりの時間みたいよ」


 飼育員さんが複数人やってきて、魚をペンギンに配り始めている。


「すごい食欲」


 ペンギンは我先にと魚を求め、勢いよく食してる。ちょっと怖いかもしれない。


「歩いている姿が一番可愛いかも」


 サリーさんが満足したようなので次のエリアに向かおうかと思う。


「次はクラゲのエリアに行きましょう。十種類以上のクラゲがいるらしいですよ」

「ちゃんとリサーチしてくれたのね。嬉しい」


 サリーさんがわたしの腕に抱きついてくる。柔らかな感触が当たって……、その、反応に困る。


「サリーさん、近いですよ」

「照れちゃって可愛い」


 多分わざと胸を押し付けられている。

 わたしは彼女から目線を逸らす。


「ふふ、行きましょうか」


 柔らかかった感触が離れる。

 はぁ、ドキドキした……。


「すごーい。イルミネーションみたい!」


 思わず小声になってしまうくらい神秘的な空間。


 デートっぽい雰囲気もある。自分でチョイスしておいてなんだが、結構成功してるのでは?


「見て見て、ヨウちゃん。床の下にも水槽があるわ」


 ペンギンエリアより、サリーさんのテンションが高い。


「海で見るクラゲは怖いけど、ここで見るクラゲはとても綺麗」

「色も形も結構違いますね」


 わたしたちは広いスペースをゆっくりと歩いて回る。


「なんか薄暗いところにいると……」


 サリーさんが笑いながらわたしを見てくる。


「キスしたくなるわね」

「サリーさん!?」

「しないわよ。人たくさんいるし」


 この人はいつもわたしを振り回してくる。


「ヨウちゃん、顔赤くなってる〜」


 頬を人差し指で突かれる。


「やめてください」

「可愛いなぁ、もう。ほんとキスしたい」


 サリーさんの肩が当たる。近い。


「ふふ、楽しいわね」

「……ですね」


 恥ずかしいけど、楽しい。もっとこの時間を堪能したい。


 はたから見たらわたしたちは異質な存在だろう。でも、そんなことを気にしないくらいに幸せな時間だ。


 わたしたちはゆっくりと水族館の中を回り、併設されているカフェで軽食をとった。


「軽食と言っても結構お腹いっぱいになるわね」


 青い色の液体を飲みながら、サリーさんが下腹部あたりを擦る。


「この後はどこに連れて行ってくれるの?」

「水上バスとかいいかなって思っていたんですけど……」

「けど?」


 わたしは口籠る。


 サリーさんが不思議そうにわたしを見ながら、「どうしたの?」と会話の続きを待っている。


「あの……デートプラン変更してもいいですか」

「もちろん。元々のプランを私は知らないし」


 ふーっと深く息を吐く。

 ここまで来たら言うしかない。


「か、カラオケとか行きませんか?」


 サリーさんはきょとんとした顔を見せてから、お腹を抱えて笑った。


「なんだ、ヨウちゃんもしたくなったのね」

「サリーさんがあぁいうこと言うからですよ……」


 耳まで熱くなるのを感じる。

 サリーさんはひとしきり笑った後、浮かべた涙を拭いてからわたしの手を握る。


「それならカラオケじゃなくていいところあるわよ」


 一瞬思い浮かんではいけないものが脳裏を横切る。


「ちょっと待ってね」


 手を離したサリーさんがスマホを操作し始める。


「あったあった。近いからタクシーで移動しちゃいましょうか」


 ドリンクを飲み干して、サリーさんは立ち上がる。


「どこに行くんですか?」

「ヨウちゃんが面白いから着いてからの秘密」



 呼び出したタクシーで着いた場所は普通のマンションだった。サリーさんの家でもないし、誰の家だろう。


「今はレンタルルームというものがあるのよ」


 わたしたちはマンションに入る前にコンビニに寄っていく。


「なぁに。ホテルにでも連れ込まれると思った?」

「……ちょっと思いました」

「それは卒業してからね」


 わたしの頭がパンクしている間に、買い物カゴに飲み物やお菓子が入れられていく。


「お腹は空いてないし、このくらいかしらね」


 あっという間に会計が終わってしまう。わたしは慌ててレジ袋を受け取った。


 マンションまで戻ってくると、サリーさんはスマホを見ながら手続きを踏んでいく。


 そして個室のドアが解錠された。部屋の中は家具の揃った普通の部屋。


「暖房つけましょう」


 二人でエアコンのリモコンを探して暖房をつける。買ったものはソファの前にあるテーブルにとりあえず置いた。


 サリーさんが家の中を探検しに行ったので、わたしは乾いた口内を潤すためにジンジャエールのペットボトルを開けて一口煽る。


 他人の家は落ち着かない。


 ひとまずコートとマフラーをハンガーにかけよう。

 それから……どうしよう。


「ボードゲームがあったわ」


 サリーさんが抱えて持ってきたのは、どれも大人数でやるやつばかりだ。唯一二人で出来るのはオセロくらい?


 ボードゲームをテーブルの端に置いて、サリーさんもコートとマフラーを脱ぐ。


 わりとぴったりしているセーターのせいか、体のラインが明瞭だ。胸にいきそうになる視線を慌てて下げる。


 サリーさんはコーヒーを片手にソファに座った。もちろんわたしが座るスペースもある。


「座らないの?」

「す、座ります……」


 縁の方に寄りながら、わたしは腰を下ろす。


「何するの?」


 サリーさんが楽しそうにわたしの顔を覗き込んでくる。


「えっと……」

「今日は私の誕生日祝いなんだし、リードしてくれるんでしょう」


 そこを突かれると痛い。

 わたしはとにかくサリーさんに近づこうと思い、彼女の手を握る。


 そこからどうすればいい?


 サリーさんはニコニコしながらわたしを見ているだけだ。

 当たって砕けるしかない。


 わたしはソファの上に膝立ちになり、今度はサリーさんの肩を掴む。そのまま片手をサリーさんの頬まで移動させ、為せば成る精神で唇を重ねた。


 しかし、緊張のせいかわたしはすぐに離れてしまう。


「ふふ、ヨウちゃんとちゃんとキスするのいつぶりかしらね」


 背中に手を回され、サリーさんに抱き寄せられる。すぐに唇が重なって、吸われるようにキスされる。


「ほら、ここ座って」


 サリーさんが自身の太ももを軽く叩く。スカートの下には黒いタイツ。そして細めの脚。


 わたしは言われるがまま向き合う形でサリーさんの上に跨った。


 子供の頃を除いて、他人とこんなに密着したことがない。わたしの心臓は爆発しそうなくらいドキドキしている。


「ヨウちゃん」


 乾いていた口内に湿った舌が割り込んでくる。

 舌と舌が久しぶりに絡み合う。


「んっ……」


 わたしの口から思わず息が漏れる。

 苦しいと感じる半面、息苦しさが気持ちよく感じられる。


 わたしの反応がお気に召したのか、サリーさんはわたしの後ろに回していた腕をキツく縛る。


 わたしの体感で数分間交わり続けると、やっと外の空気を吸うようにサリーさんが解放してくれた。


 と思いきや、サリーさんの舌はしまわれず、そのままわたしの首筋を這う。


「ちょっ、んっ、サリーさん!?」

「ヨウちゃん、ちゃんとネックレスつけてくれたのね」


 サリーさんがネックレスのチェーンを指先で伝いながら、唇を鎖骨に押し付ける。


 それからサリーさんはわたしのシャツのボタンを外していった。


「見えないところなら跡つけてもいい?」

「えっ、それは」


 わたしの答えなんてはなから聞く気はないようだ。ちょっと痛いくらい肩を吸われた。


「他人に見せなければないも同然でしょ」


 シャツをガバっとめくられて、二の腕を吸われる。


「ヨウちゃんも私に跡残してみる?」

「や、でも……」


 サリーさんが着ているのはニットセーターだ。見えないところに跡をつけるなら、脱がなければならない。


「脱がせてくれていいのよ」


 わたしは思わず固唾を呑んだ。


 サリーさんがニットの裾を摘む。


 震える手でわたしは裾へと手を伸ばしていく。そして摘んだ手を上へ上げると……下着は見えなかった。


「大丈夫。ヒートテック着てるから」


 可笑しそうにサリーさんが笑って、ニットセーターから袖を抜いた。


「ほら、このあたりなら大丈夫よ」


 ヒートテックの襟元を伸ばしながら、胸元を開くサリーさん。

 ちらっと華やかな下着が見えて、ドキッとする。


「なに? 胸がいいの?」

「いやいやいやいや」


 サリーさんがわたしの左手を掴み、自らの右胸に押し付けさせる。


「どう? お姉さんの胸は」

「や、柔らかいです……」

「ヨウちゃんのも触っていいかしら」

「でもわたし胸ないんで……!」


 サリーさんから手を離して、反射的に自分の胸を隠す。


「あるなしは関係ないのヨウちゃんがよく分かってるでしょう」


 サリーさんの手が伸びてきて、キャミソールの上からわたしの胸をそっと触る。


 このままあらぬ関係になったりしてしまうのだろうか。いやしかし、サリーさんが未成年であるわたしに手を出すとも思えない。


「可愛い」


 サリーさんを信じた矢先、ソファの上に押し倒される。つばむようなキスが三回ほど降ってきた後、サリーさんがわたしの左耳を舐めながら囁く。


「期待してる?」

「や、そんなことは……」

「ヨウちゃんまだ未成年だからね」


 サリーさんがわたしに覆いかぶさって、首元に顔を埋める。


「大丈夫、私は理性的な大人だから」


 しかし、サリーさんの吐息が首元にかかるのと、胸が押しつけられているのと、脚が絡んでいるのとで、わたしの理性は飛びそうだった。


「もう少しこのままでいていい?」

「どうぞ」


 ちょっと重いけど、心地よい温かさがある。あとシャンプーなのか分からないが、めちゃくちゃいい匂いがする。


「ヨウちゃん、いい匂いする」

「それはサリーさんの匂いでは」


 あまりくんかくんかしないでほしい。恥ずかしい。


「ヨウちゃんがこんな可愛くて、変な男が寄ってこないか心配だわ」

「生涯、告白されたことも恋人がいたこともないんで安心してください」

「……ちなみにあの子は?」

「あの子って、アイちゃんのことですか? 写真の」

「そう。付き合うとかないの」

「そうゆうのはないです。お互い利害が一致した仲というか……同士みたいなものですよ」


 サリーさんは安心したように「そう」と言うと、再びわたしの唇を奪った。



 二時間ほどサリーさんといちゃついたところで、わたしたちはオセロに興じていた。


 意外とサリーさんは容赦ない。今のところわたしの全敗だ。何も賭けていなくてよかった……。


「そうだ、サリーさん」


 二人きりの今がちょうどいいと思い、わたしは鞄から小さめの包を取り出してサリーさんに渡す。


「改めましてお誕生日おめでとうございます」

「ありがとう。何かしら。今開けてもいい?」

「もちろんです」


 サリーさんは未だにヒートテック姿のまま、わくわくと包を開けていく。


 中から出てきたのは、ピンクゴールドのピアス。シンプルな小さな花の形をしている。


 アクセサリーは趣味が出ると思って最初は敬遠していたが、ネックレスをもらってから身につけてもらえるものをあげたくなった。


「趣味じゃなかったですか?」

「いいえ、まさかヨウちゃんからアクセサリーをもらえると思ってなかったから感動しちゃって」


 サリーさんは今身につけているピアスを外し、わたしがプレゼントしたピアスをつけてくれる。


「ありがとう、ヨウちゃん。似合うかしら」

「とても似合っていると思います」


 多分、サリーさんならどんなものでも似合うと思う。


「大事にするわね」


 嬉しそうな表情をしてくれると何時間もかけて選んだ甲斐があった。


 本当は選ぶのにくるみに助けてもらおうかとも思ったのだが、誰にあげるのかというところで上手い嘘が浮かばなかったから一人で探した。


「ヨウちゃんはピアス開けないの?」

「校則違反なので在学中は開けないですね」

「開ける気になったら教えて。私が開けてあげるから」


 ピアスかぁ。耳たぶを無意識に触る。今のところ特別開けたい欲求はない。


「サリーさんはいくつの時にピアス開けたんですか?」

「家を出てからかしら。親が結構うるさかったのよね」


 うちも開けたらなんか言われそうだな。


「ヨウちゃん、そろそろ時間だから」


 あぁ、支度をしなきゃと思ったら、サリーさんにキスされた。


「ふふ」


 満足そうにしてサリーさんはニットセーターを被る。結局、わたしがリードされてしまった。


「じゃあ行きましょうか」


 やっぱりわたしは手を伸ばされる方が好きだなと思いながら、その温かい手を掴むのだった。

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