風船少女/上埜深結

 憧れを吸い込んで膨らみながら舞い上がっては、現実にぶつかってバラバラと破れ散っていく。

 破れる痛みを知っても、吸い込む衝動を抑えきれない。


 上埜カミノ深結ミユの心は、そんな繰り返しで出来ている。


 深結は愛らしさと利口さで評判な女の子だった、みんな自分のことが大好きだった――というのは、幼児らしい思い込みだったけれど。


 保育園のお遊戯会では、歌も踊りも誰より早く覚えられた。周りの子よりも上手い、自信が芽生えた。

 男の子はみんな深結にそばにいたがった。周りの子よりもモテる、確信が固まった。

 

 両親は人を救う衛生魔技士だった。周りの大人たちはみんな両親を尊敬している、その視線が誇らしかった。

 そのひとり娘である自分にも魔術の才能があると、早くに分かった。周りの子たちとは違う、その証ができた。


 どこにいっても誰からも、愛され尊敬される両親と自分。全てが特別なまま輝く人生なんだと、疑っていなかった。

 特撮番組の魔法唱女マギドルのように、強く美しく輝く女性になれると信じて。勉強も、魔術も、ダンスも、全部に真剣に打ち込めていた。


 故郷が怪物たちに踏みにじられる日までは。



 8歳の冬、嶺上ミネカミ複災が起こった。深結たちは学校行事で県外に出ていたため、災害そのものに巻き込まれることはなかった。ただ、帰ることができなくなった。

 初めて訪れた新都に「帰りたくない!」とはしゃいだ、その願いが残酷な形で現実になっていた。ただの地震、よくある壊獣かいじゅう騒ぎ、すぐに収まる――という楽観を、ニュースは次々と打ち砕いていく。


 いつ帰れるかも分からない、地元のみんなが無事かも分からない。何より両親は、衛生魔技士として災害対応の最前線に立たなくてはならないのだ。まだ無事らしいと連絡は受けても、いつ危険に巻き込まれるか分からない。


 ようやく初動対応が一段落した頃、抗いようのない事実が深結に突きつけられていた。

 壊滅した故郷に児童たちは戻れず、他県に分散して避難生活を送ること。

 両親は任務中に負傷し、介護なしには生活できなくなったこと。頼れる親族もいなかったため、新都の集合介護施設にしか行き場がないこと。


 つまり深結は、両親とも離ればなれで、全く知らない信坂県で生きていくことになったのだ。

 これまでとは打って変わって、塞ぎこみ無気力な生活を送る深結を。同じ養護施設に避難した沙堂サドウ家の子供たちは、なんとか励まそうとしてくれた。

 四歳上の治美ハルミお姉ちゃんは、いつもそばで面倒を見てくれた。

 同い年の海凌カイリョウくんは、いつもアホなことをして笑わせてくれた。

 そして九歳も上の研護ケンゴお兄ちゃんは、魔術高専に通いながら、ずっと深結を気にかけてくれた。


「ミユがあんなに頑張っても、全部壊されちゃったもん」

「今のミユが何やっても、誰のことも助けられないもん」

 そう嘆く深結に、研護お兄ちゃんは道を示してくれた。


「深結ちゃんが頑張ってくれたら、俺も大人たちも頑張れるんだ」

「それが怖いなら、応援してほしいんだ。深結ちゃんが応援したから頑張れる人たちを、深結ちゃんに見せてほしいんだ」


 その宣言通りに。研護お兄ちゃんはMAXウォーズの信坂代表、そして嶺上からの避難者の代表として、チームを優勝に導く大活躍を見せてくれた。

 重そうなアーマーで大きな武器を振り回し、速く激しく動き回り、チームの先頭で戦い続ける姿も、たまらなく格好よかったけれど。


 君が応援してくれたから頑張れた――というストーリーを信じさせてくれたことが、何よりの救いだった。

 ただのスポーツでも、合戦ごっこでも、人の心が救われる。深結の心が成した証明が、深結自身を照らしてくれた。


 MAXウォーズで活躍する研護お兄ちゃんへの、初恋にも似た憧れで、深結の少女時代は再生し。


 そうして膨らんだ心は、さらに惨めに破れることになる。

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