偽りの霊能者(4-2)
カメラマンが後ろ向きで歩きながら撮影する姿に竜泉はいつも感心する。よく転ばずに歩けるものだ。
「竜泉さん、先ほどはお見事でしたね」
ディレクターが媚びた声で話しかけてくる。
「いえ、オレは当たり前のことをしただけで。それにあんなインチキは許せませんからね」
それを聞いて、元地下アイドルと占い師が声をあげて笑った。
画面のこちら側と向こう側で笑いの意味はまったく違う意味にとられるだろう。
普通に考えればどちらか片方が本物だと思うだろう。
――両方共が嘘つきなんだもんな。
「さすがですね」
「いえいえ。さぁ、行きましょう」
――どこに? 知らねぇよ。適当だ。
「あちらの方角から嫌な気配を感じます」
竜泉が足を踏み出すと、遠くで子供が手を振っているのが見える。
この辺りの子供だろうか。
――ちょうどいい。あいつを幽霊ってことにしちまうか。
「子供の霊が見えます。我々をどこかに誘おうとしているようです」
竜泉がそういうと、元地下アイドルと占い師は少し困惑したような表情を浮かべる。
近所の子供をいきなり幽霊扱いするということに抵抗があるのかもしれない。
あの子供をそのままテレビで晒し者にするというのであれば竜泉もこうは言わなかっただろうが、どうせモザイク処理されるのだ。
「あとで画像処理してもらうから合わせてくれ」と伝える。
どうせここは編集で切られるからはっきり口に出しても問題ない。
「私にも見えます」「えぇ、何かこの先に邪悪なものがあるのかもしれません。お二人とも気を付けて」
竜泉は子供が近づいてこないのをいいことにしばらくは子供の後ろをついていくことにした。
時々こちらを振り返りはするものの、距離は一向に縮まらない。それはむしろ好都合だった。話しかけてこられると、流石に幽霊でも心霊現象でもないことがはっきりしてしまう。つかず離れずの距離を保ってくれている間は番組の演出として使える。
見失ったり、帰宅してくれるならそれはそれで構わない。
竜泉たちはありもしない気配を感じているフリをしながら、都会と田舎の境界線上を歩いていく。
この辺りはこのまま均衡が保たれるのだろうか、それともこの田畑は街に飲み込まれてしまうのだろうか。
竜泉は二度とこの地へ来ることはないだろうと思いながらも、そんなことを考えていた。
田舎の風景に対しての思い入れもなかったが、完全に都会化してしまうとそれはそれで寂しいような気がする。
子供は境界線から山の方に向かっていった。竜泉たちも都会の気配を背後においてついていく。
カメラクルーを引き連れてのんびり距離を保って移動していたがそろそろあの子供に追いついてしまうかもしれない。
徐々に距離が詰まっていく。
――どこかであの子供は消えたことにでもするか。カメラ止めてる間に出演料ってことで小遣いやってもいいな。
しかし、竜泉は前を行く子供の姿をはっきりと視認して大きな違和感を覚える。
「雨、降ってたか?」
よく見ると子供は濡れているようだ。
水が滴っているわけではないが、髪の毛がべったりと頭に張り付き、洋服も重たそうに見える。
竜泉は誰かに対して問いかけたわけではないが、元地下アイドル霊能者が反応する。
「降ってないですよ」
「だよな」
竜泉は急にあの子供が何らかの意図を持って、自分たちを誘導しているのではないかという気がして、薄気味悪くなってきた。
――風邪ひいても良くないし、そろそろとっ捕まえるか。
竜泉が少し足を速めると、周囲も何も言わずに速度を合わせてくる。
そして角を曲がったところで、子供は忽然と姿を消していた。
「山に入ったのか」
小さな山が幾つか連なっており、子供は山中に足を踏み入れたと思われた。
「どうします? ここで何か適当なパフォーマンスやってお茶濁します?」
小声で占い師に問われるが、竜泉は首を縦には振らなかった。
「少しだけ山に入って、適当な祠とか岩みたいなものに何かをこじつけて終わりにしよう。山全体だと対象が大きすぎて視聴者もピンと来ねぇだろ」
「たしかにそうですね」
占い師は口ではそう言いながらもあまり納得はしていなさそうな口ぶりだった。
――不満そうにしやがって。じゃあ、お前が仕切れよ。オレだって、着物で山なんか入りたくねーって。
山には車道が通っており、一同は端を歩いて登っていく。
車とすれ違うことなく、ある程度まで進んだところで竜泉が立ち止まる。
「ここだ」
彼が指差したのは獣道のような登山道だった。そこに小さな子供の靴跡のような凹みがある。
先ほどの子供はここから山中に入っていったのかもしれない。
そうだとしたら本格的に暗くなる前に見つけないと大ごとになる。
怪奇現象だ霊能だとかふざけたことをやっている場合ではない。
行方不明事件を解決したとなれば織田は番組が盛り上がると喜ぶだろうし、万が一のこと――怪我や最悪命にかかわるようなことがあった時にはさらに喜ぶだろう。
完全にメディア側の人間である織田の倫理観は狂っているが、竜泉は染まりきることはできていなかった。
ふざけた子供を泳がせて、番組に利用はしたがこれ以上のことを求めてはいない。
「急ごう」
竜泉は自分の履物が下駄であることに歯噛みしながらも、藪の中へと足を踏み入れていく。
「ちょっと待ってください」
背後からはスタッフから制止する声が聞こえてくるが、どうせちゃんと追いかけてくるに決まっていると高を括って歩みを止めない。
ほんの数分歩いたところに〝それ〟はあった。
沼。
池と呼ぶには濁り、淀んでいる。木々の間を縫って差し込む光もそのどす黒い水に吸い込まれているかのようだ。
このロケが始まる前から感じていた嫌な気配がこの沼とぴったり重なる感触があった。
そこで竜泉は見た。
沼の中からこちらをじっと見つめるあの子供を。
まるで泥人形のようだ。
泥の間から覗く目には何の感情も読み取れない。
――あれは、人間じゃない。俺には……わかる。
「おいっ」
竜泉は息を切らしながらも、きちんと背後にくっついてきていた二人のインチキ霊能者たちを振り返る。
そして彼女たちの目を見て、すべてを理解した。
――あぁ、そうか。そうだったのか。
彼女たちには見えていないのだ。
沼からじっとこちらを見つめるあの子どもが。
そして見えていなかったのだ、ここまで自分たちを誘導してきた濡れ鼠のような子供の姿も。
「竜泉さん、何が見えてるんですか?」
彼の顔を見て、地下アイドルはそれが演技ではないことを悟ったのだろう。
「お前らには見えてない……〝何か〟がだよ」
そう答えるより他なかった。
沼の方を振り返ると、沼からこちらを覗く目が増えている。
この辺りの水辺で殺された人間が怪異となってここに集まっているのだろうか。
一人、二人と泥に塗れた顔が増えていく――そして、中心の一人は異彩を放っていた。
――1匹デカいのがいる。
緑の汚泥にまみれた長い髪の毛の間から覗く怒りと悲しみに満ちた瞳。
竜泉はこの瞳と目が合った瞬間、この地で何が起こったのかを感覚的に理解した。
――あいつは人を殺している。ここに引きずり込んでやがる。
これまでも何度かこういう得体の知れないものを感じた経験はあるが、それをすべて勘やなんとなくといった曖昧な言葉に押し付けて目をそらし、自らインチキだイカサマだと嘯いてきた。
本物は誤魔化しや見て見ぬフリなど許さない。こちらの首根っこを掴んで、目の奥をのぞき込むように額を押し付けてくる。
脚が震え、立ってはいられない。
生まれてはじめて腰が抜けるという感覚を理解した。
膝が湿った土に沈み込む。
衣装が汚れることにも気が回らない。
だが、化け物は外に出てくるでも、何をするでもない。
泥まみれの怪異が自分をすぐさま引きずり込もうとはしていないらしいということに気づくと、少しだけ気分が落ち着き、なんとか立ち上がる。
――値踏みされているのか?
「カメラ一旦止めます」
その声で我に返ると――。
「良いところじゃない。気色悪くて。番組のクライマックスにはうってつけね。今の演技も流石じゃない」
ふと気が付くと、隣に織田が立っていた。
「この場所知ってたの? 子供が誘ってるとか適当なことを言いながら、いつまで連れまわすつもりかと思ったけど」
「いや、知らなかった」
しかし、本当にここに導かれたんだ、とは言えなかった。
「この後どうするつもり?」
「ここでお祓いをしよう。それで終わりだ」
しかし、沼に潜む怪異に対して、どういった行為が適切なのか竜泉にはわからなかった。
感覚は本物でも、本物の知識など持ち合わせてはいない。その場を取り繕うだけの偽物の経験だけだ。
――意味なんてない。
自身の知識をはじめとした何もかもの不足が情けなかった。
何をしたって、あの化け物の気持ちが収まることはないだろう。
きっとこれからも怒りや憎しみに駆られて人を殺すに違いない。こんな嘘っぱちのお祓いで納得するなら最初からこんなことするわけがないのだ。
織田の合図で再びカメラが回される。
「皆さん、謎が解けました。この地に蔓延る怪奇現象の原因はやはりここにあります」
竜泉はこの先、口にすることが果たして正しいことなのかどうかわからないでいたが、始めてしまった以上はもう後戻りはできない。
「この沼には怪異――おそらく人魚、いや河童のようなものが住み着いており、怒っています。あのマンションで起こっていた怪奇現象はおそらくこの沼を穢した者への復讐でしょう。これより我々がその怒りを鎮めます。それでもうおかしなことは起こらないはずです」
しかし、どうやら本当の意味で霊視ができる竜泉も、勿論あとの二人も、怪異を鎮めるための儀式の方法も呪文も知りはしない。
お祓いの知識がないわけではないが、本物の化け物を前にできることなどないということだけはわかった。
ただ三人で手を合わせて祈るだけだ。
竜泉は自身が何をしたわけでも、恨まれているわけでもないが心の中で必死に謝った。
――ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
この理由なき謝罪であの化け物に許されたのかどうかはわからないが、竜泉は沼に引きずり込まれることはなかった。
そして、彼はどうしたらいいのか必死に考えるも、結局何も思い浮かばないまま番組収録は終わった。
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