偽りの霊能者(3ー1)

 葛木竜泉は特番のロケ地として指定された心霊マンションの前に立つ。

 彼は霊感なんてないと思っているし、適当にそれっぽいことを言って周囲を煙に巻きながらここまで上手くやり過ごしてきた。

 しかし、この緑ヶ沼マンションを前にして、何やら背筋に寒いものを感じた。


 ――何かいるのか? というか、いるってなんだ? いるもいねーもないだろ。いないいない。


 竜泉は嘘をつき続けているうち、無意識に自分もオカルトに染まってしまったのかもしれないと思った。


 ――馬鹿馬鹿しい。


「どう? この普通っぽさが逆にいいでしょ?」


 プロデューサーの織田が勝ち誇ったように言う。


「いかにもって感じの廃墟とかより?」

「そうそう。ヤラセ疑われるからね。そういうところよりこういう何の変哲もないマンションの方がリアルなのよ」

「そんなもんかねぇ。それにヤラセなんかどこでやっても疑われんだろ。実際ヤラセ純度百パーでやってるわけだしな」

「でも本気で信じてる人と半信半疑の人も沢山いるからね。今回はいつもの深夜じゃなくて二二時に放送するんだから、しっかりイケメン霊能者やんなさいよ」

「わかってるよ。オレは大丈夫に決まってんだろ。むしろ、他の連中の心配をしろよ。それに今回よく知らねー連中も呼ぶんだろ?」

「よく知らねーのはあんただけよ。ちゃんと本物だって評判の有名霊能者呼んでんだから」

「あぁ、そういう保険かけてるわけか」


 本物なんてものは存在しない。竜泉はそう考えている。

つまり自分以上に長いキャリアで上手くインチキ霊能者を演じてきたベテランが来るということなのだろう。

 織田がスカウトしてきた竜泉をはじめとした芸能人としてもインチキ霊能者としても素人に毛が生えた程度の知名度の連中だけにゴールデンの特番を任せることはできないということだろう。

 それでも織田は竜泉が一番のお気に入りだったし、こうしてわざわざロケハンにも同行させている。

 織田が当然のように絡めてくる腕も振り払うことはない。

 竜泉はカメラの反対側でも上手く立ち回り、織田の愛人ポジションにすっぽりと収まっていたのだった。


     〇


 そして収録の日――。

 竜泉と元地下アイドルの女子大生、占い師の似非霊能者に加え、新たに坊主とイタコの二人の似非霊能者が加わった。

 坊主の方は白い髭を生やし、貫禄はなかなかのものだった。

 イタコの方は色が濃いサングラスをかけているが、おそらく老けて見えるようにメイクをしている。普通の人間は若く見せようとするので、意図的に老けさせる方がバレにくいのだろう。一見すると六十歳か七十歳かといったところだが、実年齢ははるかに若いようだった。


 ――わざわざ老けさせた方が説得力が出るってことなのかねぇ。


 どちらもカメラ映りを過剰に気にした風体で、いかにも織田が好みそうな詐欺師だと竜泉は思った。



 出演者はそれぞれこの怪奇現象が起こるという噂があるマンションで霊視やらお祓いやらをするということになっている。

 ただ、今回は普段のスタジオ収録とは違う。

 いつもであれば霊能者全員で一つの正解――相談者と視聴者を納得させるためだけの――に向けてストーリーを作り上げていくのだが、ゲストの高名なインチキ霊能者の二人はそれを拒否したらしい。

 本心かどうかはわからない。織田の演出――あるいは誘導である可能性も十二分にある。

 つまり、彼らは竜泉たちとは違う怪奇現象をでっち上げて、それを祓うというパフォーマンスを求められているのだ。

 対立構造を作って番組を盛り上げようなんて織田の考えそうなことだ。


 ――これはなかなか面倒くせぇな。


 今回、自分たちが番組として主人公側に設定されているのか、それともゲスト霊能者を活躍させるための捨て駒にされるのかはわからないが、高名な霊能者を前にスタッフが自分たちの味方をしてくれることにあまり期待はできなかった。

 自力であの胡散臭い連中を陥れて、霊能者としては偽物でも、本物のスターになるしかない。

竜泉が元地下アイドルと占い師の方をちらりと見ると二人もだいたいこの状況とやるべきこと――いちゃもんをつけて相手を嘘つき扱いする――を理解しているようだった。



 竜泉は緑ヶ沼マンションを改めて眺めるも外観からは到底幽霊が出るようには思えなかった。小奇麗でなんの変哲もない。

 情報提供があったからとはいえ、ここを幽霊が出る事故物件に仕立て上げて、テレビで流すということには罪悪感がなくもないが、与えられた仕事をこなすだけだ。



「こちらです」


 通された部屋はがらんとしている。

 空き部屋を借りたのだろうか。


 ――それにしては人がいた気配? なんか残り香みたいなもんがあるな。


 最近まで人が住んでいたが、この周辺で起こった怪奇現象とやらのせいで、住人が出て行ったばかりなのかもしれない。

 まさかこの気配が幽霊だとか怪異なんてものかもしれない、という想像が一瞬だけ首をもたげたが、すぐにかき消す。


 ――アホらしい。幽霊なんてもんがいてたまるか。


「みなさん、一度外へ」


 ディレクターに促され、竜泉たちは外に出る。

 このマンションにやってくるところから撮影するのだ。その際はまるで初めて来たかのような反応をしなければならない。

 そして神妙な顔を作ってこう言うのだ。


「このマンションは呪われている」

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