新人編集者山城と心霊マンション(3ー1)

「宮司さんがなんで嘘つくんだよ?」

「それはわかりませんが、不自然でした。私は最初から本当のことを全部話してくれると思っていなかったので、そういう前提で観察してたんですよ」

「性悪説だなー」


 あまり他人を疑うということをしない山城からするとあの人の好さそうな宮司を嘘つきだと決めてかかるという発想がそもそもなかった。


「問題です。性悪説を首唱したのは――荀子ですが、性善説を首唱したのは?」

「出たよー、クイズ。あと〝ですが〟なんて引っ掛け問題にしなくても、そもそも性悪説が荀子っていうのから知らないから」

「とにかくなにか答えないと絶対当たらないですよ」

「孔子?」

「残念。孟子でした」

「惜しかったね」

「あはは、そうですね」


 山城は心の底から惜しいと思っていたのだが、小野寺には冗談と捉えられたようだった。


 ――次は当てたいな。


「ちなみに山城さんの性悪説の使い方は誤用です。先天的には悪だけど、その後の努力で善になれるよって意味です」

「あ、そうなんだ。勉強になったよ」


 短時間で二回も間違えたが、山城はちゃんと覚えておくことにした。


「それは置いておいてさ、なんで嘘ついてるって思ったの?」

「幾つか気になることはありました。神社でカッパがいつからマスコットとして使われているか定かではない、と言っていましたが、まったく記録が残っていないというのも変な話です。あと山城さんのマンションは事故物件として家賃が下がるほど怪奇現象が起こっています。それでお祓いや相談もないということがあるでしょうか?」

「あるかもしれないって思うけどなぁ」

「さらに私の質問に対して、一瞬間ができたとき、右上に視線をやりました。あれは人が嘘をつくときに無意識にやってしまう行動の典型です」

「そうなんだ?」


 山城も何かを思い出そうとするときに虚空を見つめてしまう気がするが、嘘が苦手なのであまり実感が湧かない。


「そうなんですよ」

「じゃあ、どうする? 戻って本当のこと話してくださいって言う?」

「そう言って教えてはくれないでしょうから、もうちょっと追加調査をしましょう。もし嘘をついている証拠をつきつけることができそうならもう一度行けばいいだけです」

「なるほどねー。で、どうすればいいんだろうね?」

「考えてみてください。どうすればいいと思います?」


 ――出た。またクイズだ。


 小野寺の中には一つの正解があるのだろう。


「すぐには答え出ないからちょっと考える時間がほしいなぁ」

「では、近くにお洒落なカフェ見つけたのでそこでお茶でもしながら考えてください」

「そんなのあったっけ?」

「ありましたよ」


 小野寺に誘導されながら、コンビニすらない閑静な住宅街を歩いていく。

 都会と田舎の境界のような場所だと思う。

 山城は田舎から上京してきて、今ではすっかり東京に染まってしまい、方言もどこか彼方へ消え去ったが、この街は都会的に洗練されているとも懐かしいとも感じない。

 最初にやってきた時には住みやすいかもしれないと思ったが、いまや居心地が悪いとしかいいようのない感覚だった。


「ここです」


 山城の目にはお洒落という形容が適切なのかはわからないが、喫茶店はあった。

 店内にはタイやネパールの何に使うのかわからない雑貨に、ガンが治る石だとか自然療法の本だとかが置いてある。


「ちょっと思ってた感じのお店ではなかったですね」


 小声で言う小野寺に対し、曖昧に頷く。

 最初から全くお洒落だとは思っていなかったので、そこは肯定できないが、思っていたのとは違うという点では完全に同意だ。

 他に客はおらず二人で貸し切り状態で、大きなテーブルが一つだけでそれを囲むような座席配置になっている。強制的に相席にさせるのも店主のこだわりなのかもしれない。

 白髪に髭の店主がいるカウンターから一番離れた位置に並んで腰かける。


「ここのメニューってなんでもオーガニックなんですね」


 メニューを眺めながら彼女が言う。


「オーガニックってなに?」

「有機栽培ですね。農薬とか化学肥料使ってませんよっていう」

「ふーん」


 ――多分、飲んでもその違いはわかんないだろうなー。


 そもそも山城にコーヒーの差はわからない。好きでも嫌いでもない。

 二人分のコーヒー、そして小野寺はグルテンフリーのチーズケーキを注文する。


「グルテンってなに?」

「小麦粉と水を混ぜるとできる成分ですね。パンとか麺類の食感のもとです」

「ダメなんだ?」


 小野寺は一瞬困ったような顔をして続ける。


「ダメ……といいますか、アレルギーが出たり身体に合わない人もいるみたいですね」

「へー」


 何を訊いても正解を返してくれる彼女の賢さに改めて感心する。

 そして、なかなかにこだわりが強い店のようだ。

 小野寺が注文したチーズケーキもあまり食感がよくないのではないかと山城は思いながら、彼女が口に運ぶのを観察する。

 もともとあまり表情に出る方ではないので、あまりよくわからない。

 この店内に入ってからもっとも潜めた声で尋ねる。


「美味しい?」

「まずくはないです」


 そう言って悪戯っぽく笑う小野寺が好ましく思えた。

 コーヒーを飲みながら、山城はふと思いついたことがあった。


「さっきの話なんだけどさ。宮司さんに噓つかれてたとして、どうしたらいいかっていう」

「はい」

「答えてみていい?」


 正解かどうかなんてわからない。でも、答えてみなければ一生正解することはできないし、今回の取材で自分は彼女に対しても頼れる正社員であり先輩であるということを示したいと思っているのだ。


 ――答えるだけ答えてみよう。考えがしっかりまとまっているわけではないが、小野寺さんが言っていたことを下敷きに話していけば正解にたどり着ける気がする。


「どうぞ」

「さっき小野寺さんが言ってたことを整理したというか消去法で考えると一つしかないんじゃないかって思うんだよね」

「といいますと?」


 山城はこんなにうれしそうな彼女の姿を初めて見たような気がする。

 自分の中で整理しながら彼女に説明する。


「まず宮司さんが何かを隠しているっていう前提で考えることにした。実は嘘をついてないっていう可能性もあるんだけど、俺には現時点でどっちか確定させることはできないから小野寺さんが感じた違和感をまずは信じてみるよ。で、最初に嘘つきは右上を見るっていうところから嘘を突き崩すのはどうやっても無理じゃないかと思った。録画してたわけでもないし、虫が飛んでたとかちょっと肩が凝ってたとかなんとでも言えるからね。そもそもこれは冗談だろ?」

「そうですね」


 彼女は静かに相槌を打つ。口元が僅かに緩んでいたが、そこは気にしないことにする。


「次にもし怪奇現象に悩む人がいた神社に相談やお祓いに来るはずだっていうのは個人情報の守秘義務を盾にされたらそれ以上の追及は難しいよね。聞き込みしているうちにお祓いに行ったって人に会う可能性はあるけど、まぁ現実的ではないかな。っていうのは多分俺が言うまでもないことなんだろうけど」

「いえいえ、そんなことないですよ」


 小野寺ならどう考えるだろうと思考を整理していく。


「でもいつから河童がマスコットになったかわからないっていうのが嘘だとしたらなんとか切り崩せる可能性あるんじゃないかな?」


 と小野寺なら考えるのではないかと山城は思い至った。


「どうしてです?」

「もしそんな逸話とかメタファーとして妖怪が生み出されるくらいの大きな災害なら何か記録が残ってるんじゃないかと思うんだよね。公的な。それを見つけることができたら、どうして〝いつから河童が祀られるようになったかわからない〟なんて嘘をついたのかって問い詰めることができる。記録の内容からこのマンションの怪奇現象の噂につながるヒントも見つかるかもしれない。つまり、資料があれば宮司さんが俺たちに嘘をついていたかどうかがわかるはず。どうだろう?」

「私も同意見です」


 小野寺は胸元で小さく拍手をする。


「ヒントと考える時間もらったからね」

「でも私が言わなくてもちゃんと自力でこの結論には辿り着いたと思いますよ」

「だといいんだけどなー」


 この頭の回転が速すぎる後輩に追いつける日がまだしばらく来そうにないが、多少なりとも先輩らしさを見せることはできたかもしれない。


「図書館に行って郷土資料を探してみよう」


 山城は率先して後輩を調査に誘った。


「いいですね。調査っぽくなってきました」

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