第9話 杏仁豆腐

 中華料理のコースも最後のデザートになった。

 デザートは、杏仁豆腐。

 そもそも この店を予約したのは、この杏仁豆腐が目的だ。


 ひとくち食べて、中野は

「えーっ!!すごくおいしい!!」

 と、目を輝かせて俺の顔を見た。


 良かった。


「この店の杏仁豆腐、すごく有名でさ。

 この杏仁豆腐を食べる為に、コース料理を頼むんだって、テレビで観たことあったんだ。

 俺、ここは2回目だけど、前に食べた時、おいしかったから」


「そうなんだ!!

 ほんとにおいしい!!

 固さとか、のど越しとか、香りとか、甘さとか、風味豊かなところとか、ほんとに完ぺきに私の好みの味!!

 私、杏仁豆腐 大好きだから、うれしい!!」


「杏仁豆腐好きなのは、知ってるよ。

 だから、今日この店にしたんだから」


「えっ?知ってた?」


 不思議そうな顔をした。


「中学の時、聞いたよ。

 席 隣りになって、給食食べてる時。

 食べ物の中で、杏仁豆腐が一番好きだって。

 へ〜変わってんな?って言ったけど、実は俺も

杏仁豆腐好きだったから。

 うまい杏仁豆腐を一緒に食べたいなって、その時そう思った。

 この杏仁豆腐を中野に食べてもらいたかった」


 俺がそう言うと、中野は両手で顔を覆って、下を向いた。


 えっ?なに?


「ちょっと、どうした?泣いてんの?」


 鼻をすすり上げて、声をころすように泣いている。


「ごめん……杏仁豆腐食べて泣いてるアラ40の

オバサン。

 ヤバいよね?あははっ!!」


 泣きながら、笑った。


「杏仁豆腐、おいしくて感動したのと、でもそれよりも、田坂が、私が言った好きな食べ物を覚えていてくれたことが……

 うれしくて……うれしくて……

 大好きだった……

 もっと早く言えばよかった……

 ダメでも、それでも、気持ち伝えればよかった……

 大好きだって、言えばよかった……」


「中野!!まだもう少し、店変えて飲まないか?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る