第12話 邂逅
到達した96層への階段前。
「これは、ダメですね。」
私は階段へと続く、とても軽傷とは言えない多量の目新しい血痕を見てそう呟いた。
<V2:モザイクかかってて分かりづらいけど、マズいのでは>
「ええ、そうですね。ああ、すみません。自動でモザイクはかかる設定にしていますが、苦手な人は気を付けてください。サイトの視聴者設定から、音声のみに自動切り替えとかもできたと思います。常連しかいないと思うので今更ですけど。」
非常に悩ましい状況である。
どう考えても、このまま配信を続ければ、配信に映すべきではない光景が配信に乗ることが確実と言っていいだろう。
生死は不明だが、突発的な遭遇で映り込むのと、わかっていて撮影を継続するのは別である。
これは、仕方ない。
「申し訳ないですけど、配信はここで終了とします。」
私は、通常の配信を終了する決断をした。
<V2:これは仕方ない>
<V3:とりあえず、今のところ遭難情報は無かったよ>
<F4:気を付けてね>
「はい、ありがとうございます。以前にも似たようなことはありましたけど、所属先のアカウントに切り替えて記録は残しますが、公開は多分できないと思います。
あと、今日の配信はアーカイブはロックします。解放するかはわかりません。
詳細は後日、とできるかどうかもわかりませんので、ご了承ください。
今回の件も吹聴したりしないようにお願いします。場合によっては訴訟とかあるかもですので。」
以前にも遺体を発見したりしたことはあるが、その時は即映像をカットして、同じような警告をしている。
その際のアーカイブも、ロックしたまま閲覧できないようにしてある。
配信に突発的に事故が映り込むという事例は、探索者の多い階層ではそこまで珍しいことではない。
同時に、うっかり遺体等を公開しその後の対応を間違えた結果、親族等から訴訟を起こされるということも、珍しくない。
突発的な映り込みならまだしも、故意に撮影すれば敗訴することになるだろう。
「では、本日はありがとうございました。
えー、251年5月19日午後3時12分。階層は95層。
配信を終了します。
関係者の人へは個別に連絡飛ばすので、対応お願いします。」
そう言って、私は配信を停止し、メッセージを関係者に送信。
接続先を所属している企業のクローズド配信サーバに切り替える。
これは外部に公開されていない、業務記録用の配信システムである。
ダンジョン内で業務を行う際に記録配信を行うにしても、機密などが映り込む可能性を考えると、配信サイト等のパブリックな場所に映像データを置いておくわけにはいかない。
その為、ダンジョン関係や映像記録を残す必要のある業務などを行っている企業は、自社サーバを置いていることは多い。
映像記録しか残さないものから、配信サイトのようにコメントを送ったりできるようなものまで色々な仕様が存在していて、所属先では、配信サイトと遜色ないシステムを採用している。
「バッテリーは…1番、3番、おいで。」
2機のドローンを手元に呼び、念のために消耗しているバッテリーを1本ずつ予備に交換する。
使わないといいな、と願いつつ、取り出したものはマウンタに差し込んでチャージ。
バッテリーチェック問題なし。
「よし、じゃあ戻って。よろしく。
配信停止OK。接続切り替えOK。」
先程送ったメッセージの返答は待たず、私は記録配信を開始する。
「251年5月19日午後3時12分、山梨第三ダンジョン、95層。
所属、九重ホールディングス探索者部門、九つ会、甲1級、朝山優里。
記録配信を開始。」
<HM/YUMIKO:データリンク接続確認。映像の確認権限なんかは九重の安達さんに渡してます。>
<ADACHICAT:状況確認してます。デスクに戻るまで少々お待ちを。生存者はいそうですか>
UAVのモニターをしていた弓子さんが接続してきている。
浜松は九重HDの協力会社という扱いのため、関係者としてパスが発行されたようだ。
そして、九重HD側の職員の安達さん。所属先はややこしいことになっているため、ここでは割愛する。
「状況から誰かが負傷者を運んでそうな感じです。足跡は2種。二人あるいは三人の遭難者がいる可能性があります。確認を開始します。」
私は、階段の奥に目をやる。
所々にある、明かり代わりの発光する水晶状の物体に照らされた階段が、奥まで続いている。
ボタボタと血痕は続いているが、人影は見えない。
そして、手を階段の空間へと差し入れる探知スキルを使用する。
「んー、一人は近い、奥にもう一人、いや、二人、かな。生存者3人だと思います。」
一般的な探知スキルは、階層をまたぐ、あるいはボス部屋などの扉の先を探知することがなぜかできない。
だが、このように次の階層である階段のある空間へと手を差し込めば、探知スキルを先の階層へ使用することが可能となる。
<ADACHICAT:了解。進む準備しちゃってください>
<HM/YUMIKO:都合により、浜松千一に業務を引き継ぎます>
<HM/UAVOP:浜松千一です。引き継ぎました。連絡はこちらまでお願いします>
「準備します。引き継ぎ了解。」
全てのドローンを、背後から少し離れて追従する設定にする。
探知の反応から、一人は階段を降り切ってすぐの左側に待機していそうなのだ。
できるかどうかは別として、ドローンを先行させて破壊されても困る。
そして、普段は使うことは無いが、腰の後ろに常に佩いている二振りの小脇差を確認する。
戦闘にならない方がいいのだが、念のためだ。
階段は広くないため、刀だと取り回しづらい。包丁では、相手によっては破壊されるだろう。
「では行きます。」
私は、階段をあえて音を立てながら降りていく。
はい、人が下りていきますよ。
その音に気付いたのか、警戒したような気配が階段にも伝わってくる。
私は、階段を5段ほど残して、足を止める。
「こんにちは。通りすがりの探索者です。できればその剣を下ろして欲しいんですけど。」
ボス部屋の前室、階段からは奥にボス扉があることぐらいしか分からない。
このダンジョンは明かりが外の時間と連動するため、前室は明るく、血痕が左方向へ向かっている事がわかる。
階段を出て左側すぐの見えない場所に、剣を構えて警戒している人間がいる。
声をかけるが、まともな反応が返ってくるかはわからない。
待つこと10秒ほど、男性の声が返ってくる。
「救助、か?」
「いいえ、通りすがりです。遭難者のようですが、救助が必要なら手伝えると思います。なので、姿を見せていただければ助かるのですが。ここは安全地帯なのでモンスターは入ってこない。私が信用できないなら別ですが。」
人の気配が奥へ下がるが、構えを解く様子はない。
「すまないが、降りてきてくれないだろうか。」
随分と警戒しているなぁ、と思うが、仕方ないかとも思う。
どこから飛ばされたのか分からないが、恐らく正確な階層は把握していないだろう。
ただ明らかに未踏階層のはずなのに、都合よく通りすがりの探索者がいるのが怪しいのだ。
万が一襲い掛かってきても、制圧は容易だ。
「あ、降りるのは構いませんが、配信に映るのは問題ないですか?業務報告用なので公開はしてませんが、停止はできないのですが。」
さりげなく、業務、つまり仕事で来ている企業所属者であることをにおわせる。
「俺だけなら。」
「はい、わかりました。降りるので、絶対に切り掛かって来たりしないでくださいね。」
切り掛かってきたことろで私の防御は抜けないだろうけど。
私は、階段を降り切り、ボス前広場へと足を踏み入れる。
ゆっくりと左を向くと、そこにはぼろぼろのアーマーを着た若い男性が剣を構えていた。
左腕は力なく下ろされており、負傷しているようだ。
私は、血痕が続いている先の、広間の柱の陰へ視線をやる。
柱の陰からは、血だまりらしきものが僅かに見える。
追従にしていたドローンを、通常の展開状態にする。
「探索者証です。確認してください。」
私は、ARデバイスの機能を使って目の前の相手に探索者証を提示する。
男性は剣を収めつつ、飛ばした探索者証を見る素振りをするが、反応が鈍い。
「あ、もしかして、デバイスを失いましたか?」
「いや、ランクG?なんでそんな低ランクの探索者がこんな場所に。」
「G以上なら入場制限はありませんからね。あと、こちらもどうぞ。」
九重HDの公開用のプロフィールを表示させる。名刺のようなものだ。
正式な所属は異なっており、公的にはそうなっている、というものではあるのだが。
「九重ホールディングス…。純企業系か…。」
企業に所属する探索者は、通常なら企業内ランクだけではなく、組合のランクも同時に上げるものである。
それは、上位ランクの特典や社会的地位であったり、非常時の権限であったり、色々な理由がある。
そういったものに一切興味を示さず、組合ランクはGのまま企業ランクだけを上げる探索者を、『純企業系』と呼ぶこともある。
<ADACHICAT:照会来ました。まだ非公開ですが、クラン『曙光』の遭難情報が出てます。所属確認してくれますか>
「えっと、あなたの所属と名前を教えていただいても?」
「ああ、すまない。クラン『曙光』の綾部晃(あやべあきら)だ。ポーションを持っていないだろうか、重傷者がいるんだ。譲ってほしい。」
ARに探索者証が表示される。
データをさっと確認し、安達さんへ送信する。
<ADACHICAT:確認します>
「かまいませんよ。ではまずはこれを。」
綾部氏の腕を見つつAランク相当のポーションを取り出し差し出すと、彼はそれを固辞した。
「ありがとう、ああいや、俺は後でいい。先にあっちの、」
そう言って振り返るも、口ごもる。
「すまない、血は大丈夫か?かなり酷い負傷なんだ。」
「大丈夫ですよ。準救命士の資格も持ってますし。」
「そうか、こっちだ。来てくれ。」
綾部氏が柱の方へ小走り気味に歩いて行くのを私は追いかける。
柱の陰にいたのは、二人の若い女性。
一人は治癒術師らしき女性で、もう一人の血塗れの虫の息に見える女性に、治癒スキルを使っている。
辺りには、二十本近いのポーション瓶が転がっていた。
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