第11話 面倒事の気配
91層に入り、私はフィールドを駆け抜ける。
徐々にモンスターは強くなっているものの、私にとっては誤差でしかない。
折角なので、ちらりと視界に入った霊草等を小遣い稼ぎに採集しつつ、下階層へと駆け降りていく。
そして、94層。
単体で森の木を薙ぎ倒している巨大な二足歩行のトカゲの首を飛ばす。
「やたらと興奮したモンスターでしたね。残ってたのは単体でしたけど、縄張り争いでもしてましたか。」
<V3:縄張り争いねぇ>
「ええ、浅い階層はどうかわかりませんが、大体の階層では生態系が構築されてますすし、モンスター同士の縄張り争いもあります。んー、でも相手の姿が見えないんですよね。少し探索してみますか。」
少し気になった為、周囲の状況を確認することにする。
「んー。やっぱり戦闘痕はありますね。でも、どれもトカゲっぽい。あと小さ目の血痕かな。割と新しい。血痕が残ってるってことは相手は逃げたってことかな。」
モンスターは、死ぬとその体を構成している物質はドロップアイテムを残し光の粒子となって消えてしまう。
それは、血痕など本体から分離した一部も含めて、である。
それゆえに、通常の手段では解体等を行って素材を入手することはできない。
そして、血痕が残っているということは、そのモンスターはまだ生きている、ということになる。
ただ、モンスターではなく、探索者の血は残る。例え死亡していたとしても。
<V2:縄張りに入ってきたモンスターに逃げられてお怒りだった?>
「その可能性が高いとは思うんですが、この血痕が気になるんです。状況からして小型のモンスターのものだと思うんですけど。この階層に、あのトカゲと縄張り争いするような小型のモンスターなんていたかな、と。
それにこの血痕、モンスターっぽくないん気がするんですよね。誰かいる?でもこの階層だし。今まで見た事の無いモンスターがいたとしたら面倒ですね。」
<V3:どうせ首落とすだけでは>
「まぁ、そうなのですが。念のため注意しつつ進みましょう。」
この辺りの階層に出没するモンスターとは、全て遭遇済みのはずだ。
ただ、環境の多少の変化で新しいモンスターが出現することは無いとも言えず、遭遇率が極めて低い、未遭遇モンスターがいるかもしれない。
若干の不穏さを感じながらも何事もなく暫く進むと、95層への階段へ到着する。
「あー、これは何と言いますか。」
物陰から、階段へと血痕がポツポツと続いているのを発見してしまった。
階段の周囲は下草ではなく、平らな岩畳のようになっているためよく目立つ。
階段を覗き込むと血痕が階下へと続いてるのがわかる。
モンスターは、通常の状態では階層を移動しない。移動するとしてもいわゆるスタンピードなどが発生した時ぐらいである。
「血痕が続いてますね。階下へ。」
<V2:モンスターって階層移動しないよね>
「はい、その通りです。ダンジョンブレイクの兆候もなく、スタンピードの気配もない。この状態だと、多分階層移動はあり得ないとは思います。
血痕が下に続いてるってことは、やっぱり人がいるみたいですね。
でも、うーん。大人数でもなさそうで、少人数でここに来れるような探索者が、こんな痕跡を残すかと言われると。
考えられるのはトラップにでもかかったか。あるいは、モンスターに飛ばされたか。」
ダンジョン内で稀に存在する転移系トラップは、非常に凶悪なトラップの一つとして知られている。
同じ階層や上に戻されるならまだマシだが、下階層に飛ばされると非常にマズい。
多くの場合モンスターが強くなるため、適正階層より下に飛ばされると、死亡事故率が跳ね上がる。
更に、通信系がエラーを吐いて使用できなくなる事が多いため、救助も呼べなくなる。
特に、ボス部屋を跨いで下に飛ばされた際は深刻だ。
転移結晶は、自身がアクティブにした転移結晶しか使用できず、アクティブにするには、転移結晶のある階層のボス部屋を通過している必要がある。
倒していないボスをスキップして下に転移した場合、戻って転移結晶で脱出することができないのだ。
つまり、更に下に降りてボスを倒し、転移結晶に触れる必要がある。
他に探索者がいるような階層なら、ボス部屋前の安全地帯で待っていればボスを討伐に来た探索者に遭遇し、その人に救助要請をすればボス討伐を手伝ってもらうこともできるだろう。
一応の救護義務もある為、そうそう断られることは無い。
通信の開通している階層なら、安全地帯で暫く待てば通信も復旧し、救助を呼ぶことも可能だ。
だが、ここは94層だ。公的な最深踏破階層より更に深い階層。
ボス狩りに来る探索者など(本来は)存在しないことになっている。
血痕をその辺りに落ちていた棒でつつく。
鮮血ではないが、完全に乾いてもいない。
「昨日、ってことは無いですね。今日の最近、誰かがここを通った。ただ、ダンジョン内ですからね。1週間ぐらいは誤差があるかもしれません。」
<V2:本当なら不味くない?>
「ええ、そうですね。負傷しているのは間違いないでしょう。95層のボスを倒せるだけの実力がある人、って事は、無いですよねぇ。
普通は治療するでしょうし、厄介ごとですよね。どうにもならないですけど。」
私は、階下をのぞき込むが、少なくとも階段付近には動きはない。
定石に則って、ボス前を目指したと考えた方がいいだろう。
「とりあえず下に降ります。」
私は痕跡を確認しながら階段を降りる。
「少なくとも二人。」
血を踏んだのか、階段の途中に異なる靴の足跡が2種残されていた。
それ以外は特に何かが残されているということは無い。
「一応ここまで来れているということは、それなりにランクの高い探索者だとは思うのですが。」
階段を降り切った私は、辺りを見渡す。
しかし、階段から離れると血痕は下草に隠れ確認が困難になる。
「探知を打つしかないんですが、気乗りしませんね。」
広域探知を行うと、どうしてもそれに反応するモンスターが寄ってくる。
モンスターだけが対象なら弱め打てば反応もしないのだが、探索者はモンスターと比較すると検知し辛いので、どうしても強めの、いわゆる魔力の波動をばらまくことになる。
<V3:いっぱい来ても倒せるのでは>
「倒せますよ、ええ。でも、探知に反応したモンスターがイレギュラーな動きをして、先行してる探索者を発見したら目も当てられないですし。
それに、探索者の反応が無い場合、最悪死んでる可能性があるので。気が重いんですよ。」
<V2:ああ、そっか、遺体に探知は反応しない>
「はい。いえ、一応強めに打てば遺体でも多少の反応は。代わりに大量にモンスターが来て二次災害が起きるかもです。なので通常の探知ですね。打たないと見逃す可能性がある以上、仕方ありません。」
私は、広域探知を発動した。
広域用の出力の高い魔力の波が、私を中心に広がっていく。
「人間の反応無し。安全地帯に到達してるといいんですけど。
ああ、そうだ。だれか組合の遭難情報を確認してくれますか。期間は1週間前ぐらいからで。」
<V3:りょ>
生きた人間の反応はなかった。つまり、死んでいるか、次の階層の安全地帯には到達しているか。
そして案の定、探知に反応したモンスターが数十体、私のいる方へ移動を開始しているのもわかる。
「まあ、来ますよね。せめて食材を落とすやつであって欲しいものですけど。」
私はモンスターを迎え撃つ。
つもりだったが、突っ込んでくるモンスターがどれも昆虫型や死霊型等、食材としてはちょっと遠慮願いたいものばかりだったため、さっくりと処理することにした。
「食い出の無い方はご遠慮ください。」
近付いてきたモンスター達がある程度射程に収まった時点で、一気に切り飛ばした。
バラバラになったモンスターが、吹き飛びながら光の粒子になって消えていく。
ドロップ品も辺りにまき散らされてしまったが、どうしたものだろうか。
「一応回収しておきますか。」
走り回ってドロップ品を回収し、そのまま周囲を確認しつつボス層への階段を目指す。
この階層に初めて到達したであろう探索者が階段へ直行したとは考えにくいが、時間がそれなりに経っているかもしれないことから、既に安全地帯に入ってる可能性は十分にある。
しかし、いなかった場合は、一応遺品がないかある程度は探しておく必要があるかもしれない。
もしボスに突撃してしまっていた場合は、それすらも見つからないかもしれない。
探索者には、自身の安全を確保できる場合は、という但し書きが付くが、遭難者の救助義務がある。
この階層にはおらず、下層にも到達していなければ死亡したとみなし、組合へ報告を上げるだけでいいのかもしれないが、階層が階層だけに、遺品捜索はそっちでお願いします、とは言えない。
そもそも、報告を信用してもらえるか、という問題もある。
過去に配信中に遺体を発見したこともあるが、今回はどうなることかと気が重い。
「無事だといいんですけど。」
お肉探しが遺体の捜索に変更なんて、冗談じゃない。
私は、ボス部屋への階段へと辿り着いた。
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