第10話 新たな困難

梅雨が明け、夏の強い日差しが校舎を照らす季節がやってきた。

蝉の鳴き声が響く中、生徒たちは夏休みを前にした高揚感でいっぱいだった。

佐藤芽衣は、放課後の音楽室で高橋莉奈と一緒にピアノの練習をしていた。二人は「雨の約束」をさらに磨き上げ、新たな曲のアイデアも出し合っていた。

「夏休みの間も、できるだけ練習したいね」

芽衣が明るく言うと、莉奈は少し曇った表情で答えた。

「うん、でも家の用事もあるから、あまり出かけられないかも」

「そっか…じゃあ、時間が合うときに連絡取り合おう!」

「そうだね、また連絡するね」

莉奈の様子にどこか元気がないことに気づいた芽衣は、心配になりながらも深くは聞けなかった。

その日の帰り道、莉奈はいつもより足取りが重かった。家に帰ると、リビングで母親が待っていた。

「莉奈、話があるわ」

母親は真剣な表情で娘に向き合う。

「何?」

「あなた、最近また音楽に熱中しているみたいね。学校から連絡があったわ。成績が少し落ちているって」

「でも、ちゃんと勉強もしているよ」

「前にも言ったけれど、音楽は趣味の範囲にしておきなさい。将来のためには、もっと現実的なことに力を入れるべきよ」

莉奈は拳を握りしめながら反論する。

「でも、私にとって音楽はとても大切なの。音楽をしているときが一番自分らしくいられるの」

母親はため息をつき、厳しい口調で言い放つ。

「また前の学校のようなことになってもいいの?噂話やトラブルで、あなたも私たちも苦しんだじゃない」

その言葉に、莉奈は言葉を失った。過去の傷が再び疼き始める。

「もう決めました。これからは音楽の活動を控えなさい。ピアノのレッスンも中止します」

「そんな…!」

「これはあなたのためなの。理解しなさい」

莉奈は泣きそうな顔で立ち上がり、部屋へ駆け込んだ。

部屋に閉じこもった莉奈は、ピアノに向かって座ったものの、鍵盤に触れることができなかった。

「どうして…どうしてわかってくれないの…」

涙が頬を伝い、静かな部屋にすすり泣く声が響く。

一方、芽衣は自宅で莉奈のことを考えていた。昼間の元気のない様子が気になって仕方がなかった。

「何かあったのかな…。明日声をかけてみよう」

しかし、翌日学校に行くと、莉奈の姿はなかった。

「今日はお休みなのかな…」

芽衣は不安な気持ちで一日を過ごし、放課後になると莉奈に電話をかけてみた。しかし、何度かけても繋がらない。

「どうしちゃったんだろう…」

心配になった芽衣は、友人の美咲に相談することにした。

「美咲、莉奈が今日学校に来てなくて、連絡も取れないんだ。何か知ってる?」

美咲は首を振りながら答える。

「ううん、でも前に家のことで悩んでるって言ってたから、それと関係あるのかも」

「家のこと…」

「直接お家に行ってみたら?芽衣ならきっと力になれるよ」

芽衣は決心した。

「そうだね、ありがとう」

その日の夕方、芽衣は莉奈の家を訪ねることにした。住所は以前、連絡先を交換したときに教えてもらっていた。

玄関のチャイムを押すと、中から莉奈の母親が出てきた。

「はい、どなたでしょうか?」

「初めまして。私、佐藤芽衣と申します。莉奈さんと同じクラスで友達なんですが、今日は学校に来ていなかったので心配になって…」

母親は少し驚いた表情を見せたが、すぐに厳しい表情に戻った。

「わざわざありがとうございます。でも、莉奈は体調を崩しているので、お会いすることはできません」

「そうなんですか…大丈夫でしょうか」

「ええ、ただ少し休めば良くなると思います。それよりも、申し訳ないのですが、これからはあまり娘と関わらないでいただけますか」

芽衣は戸惑いながら尋ねる。

「どうしてですか?私、何かご迷惑をおかけしましたでしょうか」

「いいえ、そういうことではありません。ただ、娘には勉強に専念してもらいたいのです。余計なことで気を散らされたくありませんので」

「そんな…!私は莉奈の力になりたいだけなんです」

「お気持ちはありがたいですが、これは親としての判断です。どうかご理解ください」

そう言って、母親はドアを閉めた。

残された芽衣は、胸の奥が締め付けられるような思いだった。

「莉奈…」

どうすることもできず、その場を立ち去るしかなかった。

一方、部屋の窓からその光景を見ていた莉奈は、涙を流していた。

「芽衣…ごめんね…」

彼女もまた、母親と言い争った後、スマホを取り上げられてしまい、連絡ができない状況にあった。

夜になり、芽衣はベッドに横たわりながら考えていた。

「なんとかして莉奈を助けなきゃ。でも、どうすれば…」

翌日も莉奈は学校に来なかった。芽衣は授業に身が入らず、放課後になると再び莉奈の家を訪ねた。しかし、返事はなかった。

悩んだ末、芽衣は音楽の先生である山本先生に相談することにした。

「先生、実は…」

事情を話すと、山本先生は深刻な表情で頷いた。

「そうだったのか…。実は私も莉奈さんのことで心配していたの。彼女のお母さんから、音楽の授業を受けさせないでほしいと連絡があったのよ」

「そんな…!どうにかならないですか?」

「家庭の事情に深く介入することは難しいけれど、学校としても放っておけないわ。私からももう一度ご家族と話をしてみる」

「ありがとうございます!」

芽衣は少し希望が見えた気がした。

その夜、芽衣は手紙を書くことにした。自分の想いをすべて綴り、何とかして莉奈に届けようと考えたのだ。

「莉奈が戻ってきてくれるまで、私ができることをしよう」

手紙を書き終えた芽衣は、それを封筒に入れ、大切に鞄にしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る