第2話 まさかあなたは?
ほかほかのごはんにかけられたお肉お豆おいもにソーセージの具だくさんのママの得意料理のフェイジョアーダとたまねぎのお味噌汁、よそのおうちから見ると不思議な取り合わせかもしれないけど、我が家では定番のごはんを食べてから、私はさっさとお風呂に入って、部屋に引っ込んだ。
いつもならリビングでケーブルテレビの海外番組とかを観ながらママとおしゃべりしたりするんだけど、今日はそれどころじゃないんだ。
だって、明日はずっと楽しみにしてたゲームのイベントがあるんだもん!
レアグッズの引き換えに、主題歌を歌う声優さんのライブ、制作陣によるトークショー、キャラのカフェまで限定でオープンされる!
二か月前に抽選があったときはめっちゃドキドキして、二週間後に結果が出るまで授業もずっと上の空だったくらい。
まぁ、授業が上の空なのはいつものことではあるんだけど。
ロザリオの庭、それが私の大好きな乙女ゲーのタイトル。
主人公のお母さんがきれいなロザリオを大事そうに持っていたという思い出話が一度ふわっと出てくるだけで、キーアイテムというわけでもなんでもない謎タイトルなゲームだけど、ふらりと入った駅前のゲームショップで、ジャケットの隅に描かれている真っ黒なドレスを身に着けゆるくまとめた赤いウェーブヘアに黒いバラを挿した女の子のイラストが気になって手に入れて以来、めちゃくちゃはまってしまってもう何回やったか覚えていないくらいやり込んでいるんだ。
私が一番好きなキャラは、恵まれない環境にいるところを良家の子女たちが学ぶエリート学院の理事長に見いだされ、愛らしい笑顔とその素直さで老若男女を次々にとりこにする主人公でヒロインの純朴キャラのリズベールではなくて、敵役として登場するドアンナ、王家にもつながる名門の悪役令嬢だ。
そう、私がこのゲームをジャケ買いする原因になったあのイラストの女の子だ。
主人公の名前は自分で変更できるようになっているけど、私は主人公に感情移入することは全く持って全然ないから、アニメでも使用されていたデフォの名前のままにしている。
そもそも、主人公の名前は好きな名前に変更可なのに、なんでドアンナは固定なのさ! いくら主人公と敵対する役だからって、彼女に自己投影する人が一人もいないとでも! うーん、そこは結構なむかつきポイントだ。
リズベールの幸せにおいて唯一にして最大の邪魔者として描かれているドアンナなのに、かなり重要な役どころなのに、ジャケットで用意されていたのは隅っこ、何て扱いの悪い……でも彼女はそんな場所でも、背筋を伸ばして気品あふれる凛とした表情をしていたんだ。
一度プレイしただけで、私は彼女にすっかり夢中になった。
そして、初めてのプレイの結末は、ドアンナ大勝利、リズベールがキーッっとハンカチを噛んで主人公とはとても思えないすごい表情で終わるいわゆるバッドエンドだった。
でも、私にとっては、胸のすく思いがする、バッドエンド上等! って感じのスカッとさわやかな結末だった。
それ以来私は、ドアンナがんばれとの思いで毎回毎回必ずバッドエンドへと導けるように選択を考え、さまざまなリズベールの悔し顔を楽しんだ。
ドアンナの方は、どんなことがあろうと毎回クールな表情で終わるんだけどね。
ゲームの楽しみ方を間違えってるって思う人もいるかもしれない。
でもさー、大体ね、リズベールのキャラ自体がかなり怪しいんだから。
ライターさんが実は悪女っていう裏設定用意してるんじゃないかなって思うくらい、セリフにふぁっと棘があるし。
例えば、ドアンナがヒロインの相手役ポジションの王子たちに次々に告られると。
「美しい深紅のバラの香りには、すべての殿方が惹かれてしまいますわ、誘う香りなどない地味な野の花の蜜がどれほど甘くともバラの豊潤な香りの前では無力なのです、ただバラに触れそうとする優しい指先がするどい棘に刺されてしまわぬように、陰ながら祈るばかりなのです」
そして、目はきらきらうるうる。
はー、そうですか、そうですか、お前さんの蜜は甘いんですか、何気に自信満々だし、ドアンナは見た目と香りだけみたいにディスってるしさ、これで心優しいとかみんなが味方しちゃってさ、冗談じゃないっつーの。
こいつ、絶対腹に一物あるだろって思っちゃうんだ。
そもそも、ドアンナってそんな悪いことしているのかな? 自分に正直なだけじゃん。
王子連中だって自分から尻尾振ってドアンナに傅いてるくせにさ、ヒロインのリズベールは相手を奪われたって体で被害者面だし、もーめっちゃイラっとする。
私の道をいつも塞ぐドアンナって何? うつむいて端っこ通れよ! って感じなんだもん。
でもさ、リズベールちゃんけなげでかわいい、ドアンナはビッチって、ネットのファンサイトではそんな意見ばっかり、みんなちゃんとシナリオ読んでるの?
ライターの人、絶対リズベールの隠れ設定性悪あっかんべえー女にしてるっぽいのにさ。
リズベールは優しくて何でもやってくれる友人に恵まれているのに、ドアンナの横にはモブキャラの地味地味地味子の侍女だけ。
モブ侍女はセリフもほぼないし、相談にも乗ってくれやしない。
たまーにうっかり行動を間違えまくって、悪役令嬢大惨敗、ほかのみんなでお手々つないでにっこにこの大団円なんて結末見ちゃうと、キーってコントローラーぶん投げちゃいたくなる。
あぁ、イライラすること考えちゃった。
明日は折角、楽しみにしてたイベント本番だもん!
私が欲しいドアンナグッズの列はどうせガラガラだろうけど、すぐに欲しいし、早く寝なくちゃ。
さっさとベッドにもぐりこんではみたものの、私はドキドキしてなかなか眠れなくて、バッドエンドに導くために絶対にやってはいけないNG選択特集のページ目当てで購入したロザリオの庭の攻略本のドアンナのページを見ながら、数時間後やっと眠りについた。
その夜に見た夢は最悪で、ドアンナがひどい目に合うシーンの数珠繋ぎ、合間合間にリズベールのドヤった風味満点のあっかんべえー顔が現れて、ちっともぐっすり眠れなかったんだ。
「あんなちゃーん、もう起きなさーい」
「うーん、あと五分だけぇ」
「出かけるんでしょー、いいのー」
ママに起こされた後も、私の頭はぼんやりしてて、朝ごはんのトーストをかじり昨日の残りの溶けた玉ねぎでほんのりと甘くなったお味噌汁をすすりつつ、何度もあくびをしてしまった。
でも、スマホに送られてきたイベントの当選メールをじーっと眺めていたら、どんどん気持ちがワクワクしてきて、ドアンナのトレードマークである黒バラをまねて作ったコサージュを髪につけて鏡を見ると、すっかり気持ちは舞い上がって口角も自然に上がり、スキップするような足取りで家を出て、私の住む東京都下の西の端っこから会場の池袋へと向かう電車に乗り込んだ。
電車のドアに貼られた広告のステッカーには、ロザリオの庭の文字、真ん中にドーンといるのはやっぱりヒロインのリズベールで、右サイドには相手役の筆頭、アニメ版でも最後にくっついたイケメンで優等生心優しい完璧男のユニファール第一王子、左サイドにはリズベールに心ひかれつつも素直になれずわざとポイ捨てされた元カノのドアンナをまた誘惑しリズベールの反応をうかがい、第一王子にもいちいち反発するやんちゃで剣術に優れたシシュリー第三王子、背後には隠しエンディングで相手役になるリズベールへの秘めた思いを決して表には出さず、彼女を陰ながら守り続ける大人の魅力むんむんの影のあるイケメン騎士団長のランティウス、そして周りにはリズベールの可憐な魅力にピッタリだと男どもがちょいちょい差し出すイメージ花のひなぎくが咲き乱れてる。
あれ、ドアンナはどこどこーって探しても、どこにも見当たらない!
メインキャラの一人なのに、なんでいないのー!
爪でカリカリとステッカーを剥がしてしまいたい衝動にかられながら、必死で息を整えている間に電車は目的の池袋駅に到着した。
「ねー、彼女―かわいいねー、高校生? 大学生? ひょっとして社会人」
いつもならつい話を聞いちゃうチャラい若い男の間をすり抜け、早足で会場のゲームランドパークに急ぐ、今日はいちいち男のくだらない話に付き合ってる暇はないんだ。
「ねー、ちょっとぉー、話ぐらい聞いてよぉー」
でも一人の男は早足でも撒けずにずっとついて来て、私の肩に手をかけた。
うざっ、こっちは急いでるってのに!
どうしよう、適当に元カレと使っていたグループチャットのサブアカでも教えてやれば、おとなしくいなくなってくれるかななんてつらつらと考えを巡らせていると……
「よっ、お待たせ」
私よりちょっと背の低い女の子にいきなり腕を組まれ、どんどん引っ張って行かれた。
呆気に取られてされるがままについて行くと、彼女は私が目指していた場所であるゲームランドパークの前で足を止めた。
「私の目的地ここだから、そっちは自分の行きたいとこ行って」
女の子はパッと腕を離して、入り口前の行列目指してすたすたと歩いて行った。
あーそういえばあの子の胸にも黒バラ柄のバッジが、もしかしてドアンナファン!?
うわー、貴重! お話してみたい。
しかし、あの子の顔って、どこか見覚えがあるような。
てくてくとその後ろをついてゆき、まだ一人しか並んでいない選べる入場プレゼント、ドアンナキーホルダーの列に並んだとき、私の頭の中にはピカーンと一人の顔がひらめいた。
あっ! 眼鏡外してるから一瞬わかんなかった!
あれって、モブ子じゃん!
あのいつもの赤い眼鏡って意外と存在感あったんだな、その下の顔がぼやーっとしか浮かんでこなかったもん。
しかし、モブ子もこのゲームが好き、しかも数少ないドアンナ派だったなんて!
同好の士がすぐ近くにいたといううれしさですぐに声をかけたかったけど、考えながらゆっくり歩いていたせいで、二番目に並んだモブ子と私の間には中年のサラリーマンらしき男性が一人挟まってしまった。
四人しか並んでいないとはいえ、ここで飛ばして声をかけると、横入りって思われちゃうかも……悶々と悩んでいるうちに入場が始まり、席も離れてしまったせいで、私は夢にまで見たドアンナの可動式フィギュアつきのキーホルダーをニマニマと眺める余裕もなくぎゅっと握りしめたまま、二列先のモブ子の後頭部を眺めながら、声優さんの歌やゲームファンによる制作陣への質問コーナーをただぼんやりとやり過ごしてしまった。
「ではー、第二弾もおっ楽しみにぃ―!」
監督さんの元気な締めの挨拶声にハッとした時には、既にイベントは終わってしまっていた。
もうっ、何やってるんだろう私、質問コーナーで第二弾にドアンナの出番があるかとかキャラデザのことについてとかいろいろ聞きたかったのに……
しょんぼりしながら会場を出ていこうとすると、後ろからぽーんと肩をたたかれた。
「奇遇だな、百目鬼さん」
ぱっと振り向いたそこにいたのは、イベント中ずっと私の頭を占めていた彼女、モブ子その人だった。
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