第2話:復讐の下準備、話し合い
ジークフリートとヴェローニカの謀叛10日前
(そうか、そうだったのか、許せん、絶対に許せん!)
魂をかけた時間遡行に成功した!
時間遡行した先にも私がいたので、事情を説明したら激怒した。
(この身体を明け渡す訳にはいかないが、復讐には手を貸す。
その話を聞いたら、穏便に治める事などできない!)
1つの身体に2つの魂が同居する事になったので、言葉にする事なく心の中で会話できたが、それが強烈な失望ともなった。
その気持ちをこの世界の私、フェルディナンドも分かってくれていた。
(そうだな、ここに2つの魂があるという事は、同じ世界の時間を遡行した訳ではなく、別の世界の過去に戻った可能性がある)
この世界の魂が私の考えを認めてくれる、だから自分で自分に提案した。
多元宇宙論で別世界だった場合でも願いをかなえられるように、先ずはこの世界の謀叛を防ぎ、次に私の世界で家族を蘇生させて復讐する提案をした。
(私に禁じ手を使えと言うのだな?)
若くして大帝国を建国した私だが、少しは自分を縛っていた。
謀略や政略結婚は良心を押し殺してやったが、絶対にやらなかった事もある。
(分かっているだろうが、クローン体を造っても魂を移せるとは限らないぞ)
良識に従って禁じ手にしていた、クローン体を造る提案をした。
だが、この世界の自分が言う通りだ、自分の細胞から造った自分と全く同じ身体でも、別の魂が宿るかもしれない、魂を移せないかもしれない。
(分かっている、分かってはいるが、私たちが力を合わせるのに必要だからな)
話し合いは必要だったが、同じ自分だ、考えは一致していた。
最悪の体験は一致していないが、想像して理解してくれた。
この世界の私が同意してくれたので、直ぐに自分の細胞からクローン体を造った。
(入ってみてくれ、駄目だったら戻ってくれればいい、他の方法を考える)
この世界の私が言ってくれたが、心配は杞憂だった、何の問題もなくクローン体に魂を入れる事ができた。
(復讐は、これからの記憶がある君がやった方が良いだろうが、問題がある。
元の世界とのつながりがあるのは君の魂だ。
元の世界に戻る魔術の研究も、君が主になった方が良い)
この世界の私が言う通りだが、全て自分でやる事はできない。
この世界の私、フェルディナンドに手伝ってもらう方が、やれる事が増える。
私が元の世界で妻子たちを蘇生させ、復讐できるのが1番良い。
(ただ、今の魔術だと、必ず元の世界に戻れるとは断言できない。
戻れたとしても、思い通りの時と場所に戻れるとは限らない。
だから、できるだけ君の好きにさせてやる。
それと、君が別の世界の私でも、この世界の妻たちに手出しするのは許さない)
この世界の自分、フェルの言う通りだ。
私だって別の世界の自分が妻に手を出したら絶対に許さない。
(人として常識を弁えた行動をしているあいだは、私は助太刀に回る。
君がジークフリートとヴェローニカの謀叛を防いでくれ。
いや、2人に協力している獅子身中の虫も探し出してくれ)
役割分担が決まった、私は最初に元の世界との繋がりを強化した。
元の世界に戻れるように、時間遡行魔術で辿った道には印を残してある。
それを強化して、少々の事では途切れないようにした。
「第2皇妃に宮に行く」
元の世界とのつながりを簡単に強化できたので、魔術の研究はこの世界の自分、フェルに任せた。
この世界の自分、フェルが元の世界に転移する魔術を研究している間に、私が各皇妃の宮に仕掛けられた罠を探し出す事にした。
「はっ」
私が皇妃たちの宮を訪れる時は、先振れが知らせに行く事になっている。
私が行きたくても、皇妃の体調が優れない場合がある。
だから事前に都合を確認するのだが、今回は愛し合いたいからではない。
「今日は皇子と皇女の顔を見たいだけだ」
先触れが私の願いを伝え、第2皇妃クリスティーネの都合を聞いてくれた。
何時でも大丈夫という返事が来たので直ぐに行った。
女性親衛騎士5人に護られて、後宮用の馬車に乗って行った。
「皇帝陛下、好くおいで下さいました」
第2皇妃の宮を護る女性親衛騎士が言う。
私の戦友でもあるクリスティーネの宮は、彼女と私が厳選した女性騎士を親衛騎士団に所属させて護らせている。
平和の為に仕方なく政略結婚した第1皇妃の宮は、激しい交渉を経てアシュタウン王国の女性騎士が護る事になったが、他の皇妃宮は女性親衛騎士が護る。
「ああ、急に悪いな、子供たちに会いたくなってしまったのだ」
「とんでもございません、皇妃殿下も皇子殿下も皇女殿下も喜んでおられます。
ご案内させていただきます」
私は細心の注意を払いながら、第2皇妃の宮に罠がないか探った。
集中して探したが、見つけることができなかった。
私自身がまんまと騙されたのだ、無いのではなく見つけられないだけだ。
「皇帝陛下、よく来てくださいました」
「皇帝陛下、お待ちしておりました」
「こうていへいか、おまちしておりました」
クリスティーネと子供たちが満面の笑みで迎えてくれる。
宮廷作法は守らないといけないが、溢れんばかりの家族愛だ。
第1皇妃の宮とは天地の差がある。
「会いたかったよ、愛しているよ」
この世界の自分との約束があるので、クリスティーネには軽くハグだけした。
だが、謀殺された記憶があるので、思わず子供たちを抱き上げてしまった。
力を籠め過ぎないように気を付けなければいけないくらい、愛情が溢れた。
「まあ、まあ、まあ、いったいどうされたと言うのですか?
何か身体に不具合でもあられるのでしたら、癒しを差し上げますが?」
私の行動が何時もと違うのを不審に思ったのだろう。
クリスティーネが探るように言う、流石歴戦の聖女治癒術士だ。
癒しを与えると同時に鑑定魔術を使う気だろう。
「そうしてくれると助かる。
私自身で治癒魔術を使うよりは、クリスティーネにかけてもらった方が、同じ治るにしても心まで癒されるからな」
自由に探っても好いと言って疑念を解いておく。
クリスティーネほどの凄腕なら、オリジナル体とクローン体の違いを見抜けるかもしれないが、その時はさっきのハグの遠慮が効いてくる。
「皇帝陛下の疲れを致したまえ、身心両方を癒したまえ、パーフェクト・ヒール」
言葉で唱えたパーフェクト・ヒールだけでなく、心話で使ったコンプリート・アプレイザルが身体を探るのが分かる。
「まあ、本当にとても疲れておられるのですね」
クリスティーネが探るような目で問いかけてきた。
クローン体であることや、魂が別世界の私だとまで見抜けたかは分からない。
だが、何か重大な事が起こっているのは分かってくれている。
「新しい魔術の研究をして疲れたのだ」
私は親友だけが知る隠語を使って身近に敵が入り込んでいる事を伝えた。
『新しい魔術研究をして』と言うのは、裏切者を探していると言う隠語だ。
「あまりにも危険だから、家族や親友にも詳細は言えない秘密の魔術だ」
親兄弟はもちろん、戦友や親友が裏切っているかもしれないと伝えた。
「帝国を建国されて平和な世を築かれた陛下が、そこまで危険な研究をしなければいけないのですか?」
クリスティーネが信じられない、信じたくないと言うのも当然だ。
誰だって心から愛する家族や、肩を並べ命を預けて戦った友を疑いたくはない。
「大帝国を建国したからといって安心してはいけない。
いや、大帝国を建国したからこそ魔術の研究が必要なのだ。
ああ、ごめんよ、お前たちに会いたくて来たのに、クリスティーネとばかり話をしてしまっていたね」
「いえ、とんでもありません、皇帝陛下と母上様には帝国の為に大切な話があると、乳母や傅役から教えられています」
「わたくしも、ワガママはいけないとおしえられています」
「おお、おお、おお、好い子だ、好い子だ、本当に好い子だ。
2人は私の宝物だ、何があっても護らなければいけない宝物だ」
私がここまで言えばクリスティーネは分かってくれる。
うかつに家族や親友を信じてしまったら、子供たちが殺される可能性があると。
私が女性親衛騎士にまで警戒しているのを分かってくれる。
「そうなのですね、皇帝陛下がそこまで必要だと言われる魔術なら、私もできるだけ協力させていただきます」
「いや、先ほども言ったが、親兄弟はもちろん親友に言うのも危険な魔術だ。
クリスティーネであろうと、この子たちであろうと、明かせない。
だからクリスティーネは、独自に1人で魔術を研究して欲しい。
私が考えつかないような魔術を研究してくれ」
「承りました」
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