第3話:隠密行動

ジークフリートとヴェローニカの謀叛9日前


「第3皇妃の所に泊まる」

 

 この世界の私、フェルディナンドが言った。

 私が魔術の改良、思い通りに元の世界に戻れる魔術を研究している間は、フェルディナンドが後宮に仕掛けられている罠を探してくれる。


「目途がついたら第1皇妃の宮を探る」


 大魔術の改良研究をするとは言ったが、私は魔術の大天才だ。

 その私が同じ場所に2人もいるから、魔術の改良研究がとんでもなく早く進む。

 2人で問題点を話し合ったから、夜も半ばに研究が終わるのは目に見ている。


「自分で自分に言うのはおかしいが、焦っているのではないか?」


 この世界の私、フェルが遠回しに注意してきた。

 

「焦ってはいないが、怒りで性急になっているかもしれない。

 とはいえ、謀叛の準備が1番進んでいるであろう第1皇妃の宮から探るべきだ」


「私が探っているのに気づかれたら、謀叛を中止すると分かっているよな?」


 この世界の私が言う通りだが、それでもやらなければいけない。


「分かっている、だから細心の注意を払って調べる。

 絶対に見つからないように、使える魔術や技は全て使う」


「自分で自分に言うのはおかしいが、信じよう」


 この世界のフェルディナンド、フェルがそう言ってくれたので、時間遡行、時間移動、次元転移魔術を完成させてから第1皇妃の宮を探りに行った。


 この世界のフェルは愛する妻子が殺されないようにしている。

 皇妃の宮を周り、謀叛の可能性を皇妃だけに打ち明けている。

 今は第3皇妃と愛し合い、秘密を共有している。


「陛下が昼に第2皇妃の宮を訪れたのは知っている?」


 第1皇妃宮を探りに行く途中で見廻り兵を見かけた。

 夜の後宮を見廻る女兵士が相方に話しかけている。

 親衛騎士に叙勲できるよう女性は少ないので、別に女性兵士がいるのだ。


 彼女たちも最低3年間は勤めないと後宮から出られない。

 私の行動を話題にしなければいけないくらい、変化も娯楽もない場所なのだろう。


 見廻りの女性兵士、皇妃が住む独立した宮の女性夜警、中級や下級の後宮女官が住む長屋の女性夜警の目を欺きながら、第1皇妃の宮にたどり着いた。


 他の皇妃宮は、私と皇妃が細心の注意を払って警備魔術を刻んだ。

 第1皇妃の手先だけでなく、あらゆる敵を撃退できるような魔術を刻んだ。

 だが第1皇妃の宮は、アシュタウン王国の魔術師が刻んでいる。


(コンプリート・アプレイザル)


 細心の注意を払って、微量な魔力で第1皇妃の宮を探る。

 何度も探ったが、なかなか魔術阻害魔法陣を見つけられなかった。


 5度も探って、何とか書き換えられた魔術を見つけた。

 感心するくらい見事な細工で、手間も時間もかかる偽装をしてあった。

 後宮密偵を差配するジークフリートが裏切っているからやれた事だろう。


 細心の注意を払って本気で探ってみて、自分が驕り高ぶっていた事を痛感した。

 少々の探知では分からない絶妙な細工で、既存の魔法陣を魔術無効化の魔法陣に変化させる仕掛けが施されていた。


 十分以上の警戒をしていると思っていたが、そう思った時点で油断しているのだ。

 罠に嵌めようとする者は、どれほど警戒しても更に上の罠を仕掛けて来る。


「どうだった?」


 翌日、この世界のフェルディナンドが第3皇妃の宮から戻るなり聞いてきた。

 私以外の誰も知らない、誰も入れない、中宮の地下に造った秘密研究室で2人きりだ、何でも話せる。


「まだ外から探っただけだが、既存の魔術陣を微妙に変えている。

 警備や警報の魔術陣に見せかけて、魔術阻害や魔術無効の魔術陣を刻んでいた」


「私も同じだ、効率はとても悪いが、既存の魔術陣に上書きする形だった。

 専門の優秀な魔術師でなければ、上書きしてあることは分からないだろう。

 まして調べるはずの密偵たちが裏切っていたら、絶対に見つけられない」


「人間爆弾にされている者はいなかったか?」


「第3皇妃の宮に務めている者の中にはいなかった。

 少なくとも私が見分けられる自爆魔術陣を体内に刻んでいる者はいなかった」


 この世界のフェルディナンドにできないなら私にもできない。


「私たちに見つけられないような魔術陣まで警戒する時間はない。

 それよりは、発見した魔術陣を破壊するか無効にする魔術陣を作るべきだろう?」


「いや、それでは連中が謀叛を思いとどまってしまう。

 破壊するのはもちろん無効にするのも、直前にやった方が良い」


 何時もなら自分の心の中でだけ自問自答して策を考えるのだが、今は生きた自分がもう1人いるので、言葉に出して策の優劣の検討ができる。


「魔術陣対策はそれで良いが、全ての人間を疑うとなると、人手が足りないぞ」


「クローン体を造って傀儡魔術で操るか?」


 俺はこの世界のフェルディナンドに確認してみた。


「それは危険過ぎる、別の魂や人格が入り込んだらとんでもない事になる」


 俺が危険だと思っていた通りの答えを返してくれる。

 自分の能力が人間離れしているのは誰よりも分かっている、ジークフリートやグラオザムのような魂が私のクローン体に入ったら、とんでもない被害をまき散らす。


「そうだよな、だったら人手が足りなくても私たちだけでやるしかないだろう?」


「いや、クリスティーネとソフィアは協力してくれる

 明日から他の皇妃たちにも協力してもらう。

 君の話では、皇妃や子供たちは全員狙われているのだ。

 仕えている者の中に裏切り者がいるかもしれないが、君の世界で殺された当人たちは、謀叛に加担していないと断言できるだろう?」


「そうだな、こちらが気が付いている事を敵に悟られたくないが、彼女たちなら敵に悟られるようなへまはしないだろう」


「君も考えただろうが、外から味方を入れる方法はどう思う?」


 この世界のフェルディナンドが考えた策も悪くはないが、絶対の信頼はできない。

 私は謀叛で殺されているが、この世界の私は謀叛を言葉で聞いだけで、愛する妻子を殺された絶望を体感していない。


「絶対に裏切らないと思う戦友はいるが、確かめてからでないと安心できない。

 これまでの私は、自分が信じたいように人を見ていたと猛省している」


「君は実際に、心から信じていたジークフリートに裏切られて殺されかけている。

 皇妃たちや子供たちが殺されるのも体感している。

 私は話に聞いただけ、知識で分かっているだけだから、未だに甘く考えているかもしれない、分かった、信じている戦友も疑おう」


 やはり私だ、体感した事と知識として知っている事の違いを分かっている。


「そう言ってくれると助かるよ。

 外の味方を連れて来るのではなく、外の敵を排除するのはどう思う?」


 私はこの方が確実だと思うのだが、この世界のフェルディナンドはどう考える?


「君も何億手も考えたのだろうが、それでは敵を警戒させる可能性がある。

 謀叛を未然に防げても、謀叛させて言い逃れられない証拠を掴めなくなる可能性があるが、それでも好いのだな?」


 私の気持ちを優先してくれるとは、今の私よりも優しく思い遣りがあるな。


「私は謀叛させて確実な証拠をつかんで皆殺しにしたい。

 だが君は、愛する皇妃たちや子供たちの安全を優先したいのではないか?」


「そうだな、同じ魂を持つが、体感した事が違うと優先順位が違ってくるようだ。

 確かに私は皇妃たちや子供たちの安全を最優先にしたい。

 ジークフリートとヴェローニカが謀叛を企んでいるのが分かっているのだ。

 暴君と呼ばれようと、謀叛する前に殺す方が安全確実だ」


「この世界のフェルディナンドよ、この世界では、私は客でしかない。

 この世界にいるのが私の魂だけだったら、好きにしていた。

 だが君がいて、私の世界とは別世界だと分かった。

 だから私は君の助っ人に回ろう、君の考えを優先する」


「そう言ってくれると嬉しいし、助かる。

 だが、他の世界とはいえ、愛する皇妃たちや子供たちが殺されたのは許せん!

 できる限りの協力はする、少しでも君の気持が晴れるように、ギリギリまで待つ。

 君が元の世界に戻って愛する者を蘇生させ、裏切り者たちを皆殺しにするには、全ての敵と仕掛けた罠を把握していた方が良いだろう?」


「ありがとう、助かるよ。

 次元転移魔術は完成した、元の世界から物も生物も送り迎えできた。

 ここにどれだけいても、この世界に来た直後に戻れるだろう」


「分かった、だったらもっと大胆にやるか?」


「傀儡魔術か自白魔術を使うのか?」


「やはり同じ事を考えていたな」


「魔術で自白させた事は証拠として薄いが、皇帝として強権を振るう事はできる」


「傀儡魔術と自白魔術を併用すれば、裏切っている連中を全員吐かせられる。

 だが、ジークフリートとヴェローニカの能力次第では、傀儡魔術や自白魔術をかけられた事を自覚するぞ」


「それも心配だが、問題はジークフリートとヴェローニカが走狗だった場合だ。

 ジークフリートとヴェローニカが真の黒幕を知らず、操られていた場合は、2人の態度で見抜かれ、真の黒幕に逃げられる可能性がある」


 心の中で自問自答するよりも、言葉に出して討論する方が良い。

 敵味方の策を読む速度は自問自答の方が早いが、実際に言葉に出した方が見落としを防げるし、信頼関係が深くなる。


 同じ魂を持つ人間だが、全く同じではない、別の世界で生まれ育っている。

 言葉に出して話し合わないと、本当に分かり合えない。

 その後も十分に話し合って皇城から出る事にした。

 

「アシュタウン王国の大使館に忍び込んでみる」

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