あやかし婚活姫と霊感従者の恋結び

ちづ

第1話 あやかし婚活姫

「これより、駆け落ちするあやかしを募集する!!」


 宇治。貴族の別荘地。その一室で、やんごとなき姫君は叫んだ。

 端近はしぢかに控えていた従者は胡乱うろんげな顔をする。


「は? 結姫ゆいひめ。いまなんと?」

「聞いてくれ一縷いちるくん。父上がついにやりおったのじゃ。私を帝に入内じゅだいさせるとか言ってきたのじゃ!」

「はあ……今上帝きんじょうていといえば、すでに姫の姉君が入内じゅだいされて、お子も大勢いらっしゃる仲睦まじいと評判の間柄」

「しかし、がおらんからのう……そこで末娘の私も追加しようという魂胆よ。姉妹で一緒に嫁ぐとかありえなくない? 姉上は中宮ちゅうぐうだし、子ができたら姉上の養子にするらしいし、私の立場なくない?」

内大臣とのさまはなんというか、こう……分かりやすく権力者しぐさしていますね……」


 事情は分かりました、と一縷いちるは呟いた。しもべの者とも思えないほど、端正な顔立ち。童装束のため冠は身につけていないものの、艶やかな黒髪を後頭部で高く結い上げている。赤い髪紐を面白くなさそうにいじくる。


「それで──なぜ、駆け落ちなのです? それもあやかし相手などと」

「なあに、簡単よ。人間相手だと連れ戻される可能性が高いじゃろ? あやかし相手なら父上も帝も諦めると思うのじゃ」


 御簾みすの向こうから、ちょいちょい、と手招きされる。


「そこでは遠い。こっちに来い一縷くん」

「ちょっと、みだりに異性を招き入れるものではないと何度も」

「な~に。私と一縷くんの仲ではないか~よいではないか~あるじの言うことが聞けんのか~」

「姫も充分権力者しぐさしてますよ!!」


 一縷は胸元から人形ひとがたを取り出し、ふっと息を吹いた。途端に、一縷そっくりの式神ができる。偽物の自分に見張りをさせ、いつも通り、御簾の中に入ると結姫ゆいひめは好奇心旺盛な瞳を輝かせていた。


「いつ見ても、摩訶不思議な術じゃ。面白いの~」


 小柄で豊かな髪。重ね着した小袖は花開くように鮮やか。そんな結姫は左のこめかみを赤い髪紐で結わいていた。自分と同じ飾り紐。一縷は思わず緩んだ口元を引き締めた。


「それ、狐の妖術なんじゃろ。いいなあいいなあ。私も使いたいなあ」

「姫には使いこなせませんよ。私だって、天狐てんこから術を授かっただけで、現世うつしよではそんな長く使えません」

「でも、霊感あるし。一縷くん」

「鬼も霊も、見えていいことなんかありません姫」

「だってなんかかっこいいじゃん~」


 それより、本題は! と一縷が一喝すると、おおそうじゃった、と結姫は文箱から和歌を綴った紙を取り出した。


「と、いうわけで、こちらの恋文。幽世かくりよに届けてくれんかのう。狙い目は鬼か狐か天狗か。私的には美男子で高身長のあやかしがいいのう」

「あやかし相手にナンパする気ですか!? というか、人のこと、霊界通信に使わないでもらえますか!」

「だって、一縷くん、幽世にも渡れるし。あやかしにも顔が利くし。幼少期、神隠しにあったそなたを拾ったのはこの日のため……」

「あやかしとの婚活のために!? 知りたくなかったなー!」


 一縷が頭を抱えると、うるうると結姫は懇願した。


「お願いじゃ一縷くん。父上の道具になるのは嫌じゃ。帝と姉上の仲を壊す真似もしたくない。駆け落ちするしかないのじゃ」

「……っだったら! なにもあやかし相手と駆け落ちしなくたって……っ」


 思わず語気を荒げた一縷は、じっと結姫を見つめた。


「じゅ、従者とだって、よいではありませんか……?」


 目を見開く結姫の瞳の中、真っ赤になった一縷の顔が映る。まじまじと見つめ合い、そうして、結姫はフッと肩をすくめて笑った。


「身分違いは嫌じゃぁ……」

「無駄に矜持プライドが高いなあ!」

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